最後の一呼吸までも「お前に、私が作る影の下だけで呼吸してほしいと思うことがある」
「ずいぶんと君には似合わない言葉だね、エンシオディス。まるでロマンス映画の悪役のようじゃないか」
「悪い人間だろう、私は。なにせ国家転覆をほぼ完遂した希代の悪人だ」
「今日の君は甘えん坊だな。ほら、おいで。ハグしてあげるから」
背中に回された太い腕にはギリギリこちらをつぶさない程度の力が込められ、もはやどちらがハグしているのかという状況になってしまってはいるのだが、あれ今のこれはまさしく彼が望んだ姿そのものじゃあないか?
「結論からいってしまうと、かなり悪くないねこれは。君はいい匂いがするし」
「お前の薫香にはかなうまい」
「ふふ、そうかな」
ふすん、と首筋に彼の高い鼻梁が這うのはくすぐったかったけれど、彼の声が幾分元気を取り戻していたから我慢することにする。背中に感じるもふもふとした暖かい感触は、おそらく先ほどまでぺしょんと床に垂れてしまっていた彼の尻尾だろう。広いはずの彼の背をゆっくりと撫でながら、のんびりと私は口を開く。
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