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    ひすい

    ・mhyk小説。革命組と愛憎、東など。
    ・hsr小説。応楓/刃丹中心、五騎士など。
    +から×まで色々書きますが、こちらは少し際どいかな?と思った時や進捗用です。

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    ひすい

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    「アレクがいない世界」である妖怪世界と、その中でファウストに付き纏う違和感の話。
    (CPは特にないです)

    『きみだけがいない世界』 ずっと、何かを探している。


     ……そうは言っても、そんな気がする、というだけで、本当に自分が何かを探していると断言できるかというと、それはできない。
     というのも、ファウストにはそもそも探しているものが何かがわからないからだ。

     それが物なのか、妖怪なのか。
     物だとしたら古いのか新しいのか。妖怪だとしたら雌雄はどちらなのか。
     それの見た目や印象、探す理由すら、ファウストにはわからない。

     ……ただ一つだけわかるのは。

     ふとした瞬間に上げた視線の先に、「そこにある」はずだったものがないと気づく、という漠然とした感覚だ。

     そこにあるはずだったもの。
     他のどんな世界でも、自分にあったはずの「何か」がない。

     漠然としながらも、脳に突き刺さるような鋭い感覚をおぼえる度、ファウストは胸がつきりと痛むのを感じて。

     そうして少し、寂しくなるのだ。



    ***



    「……並行世界にいる僕たち?」

     口に付けていた湯呑みを下ろし、怪訝そうに眉を顰めながら返したファウストに、リケは「はい!」と翠の瞳をきらきらと輝かせながら大きく頷いた。
    「ムルが言ったんです。並行世界があるなら、そこに別の僕たちが暮らしていてもおかしくない、って」
     続けて語られる言葉に、ファウストは黙って再び湯呑みを傾けた。熱いお茶を少しだけ口に含みながら、言われた言葉の意味を考える。

     ……そもそも、なぜ山に引きこもっているファウストがリケと部屋の中で向き合って、奇怪な話をしているのか。
     その疑問を解消するには、少しだけ時を遡らなければならない。

     ——おおよそ四半刻前。

     久々に山から降り、いつものごとく真っ直ぐ薬種問屋に向かって薬を卸したファウストは、これまたいつものように真っ直ぐ山に帰ろうと暖簾を持ち上げ店を出た先で、その足を止めた。
     目の前に優美さと妖艶さをきれいに纏った四つ尾の妖狐、シャイロックが立っていたのだ。
     まるでファウストが出てくるのを待ち構えていたかのような彼の登場に、ファウストは眉を顰めた。……なんだか、嫌な予感がする。
     警戒と不機嫌さを全面に押し出した彼の表情を、しかしシャイロックは柔らかな微笑みだけで受け流し「お久しぶりです」と声をかけた。
    「先日はありがとうございました」
     にこやかに礼を言うシャイロックに、ファウストは眉間に寄せた皺を少し増やした。いったい、何についての礼だろうか?
     しかしそれをファウストが尋ねるよりも先に、シャイロックが「屋根に上がったリケの紙風船を取ってくださったでしょう」と付け加える。
    「あぁ……」
     ようやく納得がいって、ファウストは小さく呟き、眉間の皺を解いた。
    「改まって礼を言われるほどのことでもないよ。それに、あの後礼として食事をいただいている」
     僕の方から食事の礼を言うならともかく、きみが何度も礼を言うようなことでもないだろう。
     頭を軽く振りながらそう言えば、シャイロックは「言われてみれば、そうですね」とその笑みを深くした。
     紅く彩られた目元に宿った妖しい光にしまった、と思った時にはもう遅い。
     いつの間にか隣に移動していたシャイロックに、ファウストはしっかりとその手を掴まれていた。
    「では、この前差し上げた食事のお礼として、今日は私の店に寄ってくださいな」
     蕩けるような息の音と共に「私からお誘いしているんです、もちろんお金はいただきませんし、お土産もお付けしますよ」とシャイロックが耳元で甘く囁く。
     首裏がぞわりとする感覚に思わずそこを手で庇いながらファウストは振り向いた。眼前に迫ったシャイロックの顔にもたじろがず、高貴な紫の瞳をきっと吊り上げて「嫌だ」と短く断る。
    「その誘いできみが得をすることなんて何もないだろう。そんな裏がありそうな誘いに誰が乗るか」
     山に帰らせてもらう、と漆黒の羽を広げかけたファウストは、しかし次の瞬間、風を掴みかけた羽を止めた。
     シャイロックが口を開いたのである。
    「——せっかく、青鬼の清酒をお出ししようと思ったのに」
    「……何?」
     ため息に紛れるように囁かれた言葉に、ファウストは思わず声を上げて背けかけていた顔を戻した。
     そんなファウストに、シャイロックはにっこりと微笑んで、「青鬼の清酒です」とファウストが耳を疑った言葉を的確に反芻する。
    「異世界からお客さまが来られた折に、城の竜の方々が幾つか鬼族の拠点を制圧しましたでしょう? その時、彼らの持ち物の中から青鬼の清酒の樽が幾つか見つかったようで。その出来を見極めに参上した礼にと、店の方にも一樽譲っていただいたんですよ」
     淀みなく言うシャイロックに、ファウストはひとつも言葉を挟めない。
    「青鬼の清酒は、鬼族が作る酒。粗野だと言われる彼らが作ったとは思えないほど繊細な旨味が広がる逸品ですが、鬼族の手元にある以上、私たちがお目にかかれる機会は一生に一度、あるかないか……」
     流石のあなたでも、まだお目にかかったことがないのでは?と囁かれて、ファウストはぐっと歯を食い縛った。
    「……酒で釣るなんて、卑怯だぞシャイロック」
     やっとの掠れ声で呟いたファウストに、シャイロックは「あら」と笑みを深めた。
    「あなたがそれを言いますか?」
     
     幻の酒の誘惑には抗えず、隣にあるシャイロックの店に入ったファウストだったが、通されたのは店の表側ではなかった。
     少し前に異世界からのマレビトを連れて訪れた時と同じように店の奥、襖が幾重にも続く部屋に通されたかと思うと、次々と開いていく襖に部屋の最奥へと招かれる。
     そこにいたのは、この前その場所を訪れた時と同じ二人の幼い妖狐——リケとミチルだった。
    「ファウスト!」
    「ファウストさん!」
     ふさふさの尻尾と耳をピンと空に立て、待っていましたよ、と声を合わせる二人に、ファウストは眉を寄せてシャイロックを振り仰いだ。
     視線だけでファウストの混乱を察したシャイロックは一つ頷くと、「今回あなたをお招きしたかったのは、私ではなくリケなのです」と口を開いた。
    「異世界からのお客さまと、リケが神通力で得た平行した世界の話をムルにしたところ、何やら面白い話を聞いたようで」
    「その話を、是非ファウストと一緒にしたかったんです!」
     最後は身を乗り出すようにして言ったリケに、ファウストは僅かに身を引きながら「なぜよりにもよって僕なんだ……」とため息を溢した。
    「もっと、話して面白みのある妖怪が他にいるだろう」
     眉間を指で押さえながら言えば、「だって」とすぐさまリケが言い返す。
    「他の世界のお話は、これ以上広めてはいけないと、城の竜の方々から命令されたじゃないですか」
     話せる妖は限られていますよ、というリケの言葉にファウストは口を噤んだ。
     妖怪たちを不用意に混乱させるだけだから、とマレビトに関わった数名の妖怪に対して緘口令が敷かれたのは記憶に新しい。
    「……だとしても、僕よりレノックスの方が適任だろう」
     ミチルは彼とはよく会うんだろう?とリケの後ろに座っているミチルに水を向ければ、ミチルは「はい」と笑顔で頷いた。しかし、ファウストがだったら、と口にするよりも先に「……でも、レノさんにはもうお話したんです」と少しだけ申し訳無さそうに視線を逸らしながら伝えてくる。
    「ムルさんに話を聞いてすぐ、お会いした時にここにお誘いして……」
    「…………」
     子供に気を遣わせる結果になり、申し訳ない気持ちになってファウストの方も視線を逸らす。
     僅かにできた沈黙は、しかしそう長くは続かない。
     「それに」とリケがさらに前のめりになって口を開いたのだ。
    「ファウストにもその話をして欲しいと言ってきたのはレノックスなんですよ?」
    「は……?」
     思わず口を開いたファウストに対し、リケは「ねぇ、ミチル」と金の髪を揺らして勢いよくミチルを振り返った。突然の呼びかけに目を見開きながらも「はい!」とミチルも大きく頷く。
    「レノさんは『そのお話は是非ファウストさまにして欲しい。お悩みごとを解決できるかもしれないから』って……」
    「悩み……?」
     口に出しながら、ファウストの頭に浮かんだのは、幼い頃から付き纏う感覚だった。

     ——ずっと、何かを探している。

     そんな、うまく言い表せない感覚。
    (……だけど、僕はその話を人にした覚えなんてない)
     だとすれば、彼の言った僕の悩みとはいったい何なのだろう?
    「……まぁ、ひとまずお座りになってくださいな。お茶をお出しします。話はそれから」
     シャイロックのその言葉に、思考の海へと潜りかけていたファウストは、はっと我に返るように意識を引き上げた。大人しく「あぁ」と頷き、促されるまま移動する。
     何はともあれ、ここまで来た以上、リケの話をしっかりと聞いてみようと思ったのだ。
     ファウストが席に着くと、小さな机を挟んだ反対側にリケとミチルも並んで座った。遅れて湯気の上がる湯呑みと茶菓子を人数分持ってきたシャイロックがファウストの隣に座って、ほっとひと息吐いたところで、時間は冒頭に戻ってくる。

    (並行世界に暮らす、僕たち……)

     リケの言葉を頭の中で数回反芻しながら、ファウストは熱いお茶で口先を湿らせた。頭の中で一定の情報整理を終え、それでも分からず眉を寄せたまま「どういうことだ……?」と素直に疑問を口に出す。
     そんなファウストの姿に、シャイロックはくすりと笑みを溢した。「突然言われても驚きますよね」と眉を下ろしながら口を開く。
    「異世界からのお客さまがこの世界にいらっしゃったのは、偶然ではなく必然……という話は、始めにリケが神通力で言い当てましたね?」
    「……あぁ。その後、酒呑童子の企みで召喚されたとわかったな」
     頭に疑問符を浮かべたままファウストが答えると、シャイロックは穏やかに頷きながらも「しかしムルが言うには」と言葉を続ける。
    「必然は、それだけではないのだそうです」
    「……?」
     さらに眉を顰めるファウストに答えたのは、シャイロックではなくリケだった。満足そうに頬張っていた茶請けの桜餅をごくりと飲み込んで口を開く。
    「ムルは、召喚されたのがあの方だったこと。そして、その場に駆けつけたのがファウストだった事も必然の出来事だ、と言いました」
     私たちとの出会いも必然だった、と。
     そう続けるリケに、ファウストは目を瞬いた。取り落としそうになった湯呑みを机の上に置いて、「どういうことだ」と居住まいを正して問い直す。
     そんなファウストに倣うようにぴんと姿勢を正しながら、リケは「はい」と頷いて口を開く。
    「僕が神通力で知った並行した世界たちの話と、異世界からのお客さまの話をムルにすると、ムルはそんな無数にある世界からあの方が選ばれてやってきたのも、この世界にいる無数の妖からファウストと出会ったのも、偶然では片付けられない縁があるはずだと言いました。そして、ある仮説を話してくれたんです」
     両手を握りしめ、目を閉じながらリケは続ける。
    「『世界が無数にあっても、存在するモノとその間に育まれた縁は有限かもしれない。だとすれば、世界の数に反してそこに住むモノの数が圧倒的に足りなくなる。……その結果、言い方はよくないけど、世界が存在するモノと縁を使い回して、それらが複数の世界に跨っていてもおかしくはない』と」
     澄まし声で語ったリケに、ファウストは沈黙した。頭の中で、リケの言葉——ムルの仮説を反芻する。
    「……つまり、その仮説を信じるなら、妖怪ではなく人間が住んでいる世界にも僕やリケ、ミチルやシャイロックが存在するかもしれない、ということか?」
     ようやく最初に言われた言葉の意味を理解しながらそう尋ねれば、リケは「そうなんです!」と顔を輝かせた。
    「ムルさんはお客さまが元いた世界でも、妖怪ではない僕たちと何らかの繋がりがあったから、迷い込んだこの世界でもその縁を頼って僕たちに出会えたのかもしれない、とも言っていました」
     とっても夢があるお話ですよね、と頬を染めて笑うミチルに、リケも「すごく夢があります」と大きく頷く。
    「だって、別の世界の僕もきっとミチルと仲良しだってことでしょう? ミチルとずっと友達だと思えると僕はすごく嬉しいです」
    「リケ……」
     感動したように一度口ごもりながらも「はい、僕もです!」とミチルが頷く。
     その言葉に満足そうに頷きながらリケは「シャイロックも」と視線を斜め向かいのシャイロックに向けた。
    「シャイロックとこの場所で暮らすようになってから、僕は毎日がとても楽しいので、シャイロックとも別の世界でも仲良くできると思うと嬉しいです」
    「ふふ、ありがとうございます」
     私も同じ気持ちですよ、と答えるシャイロックの顔もどこか嬉しそうだ。
    「…………」
     それらのやり取りを微笑ましく眺めながら、ファウストは湯呑みを持ち上げた。ちょうどいい温度に冷めた茶をこくりと飲み込みながら、別の世界の自分とも繋がりのありそうな人物を思い浮かべる。一番よく顔を合わせるレノックスや薬を卸に行く先で言葉を交わすヒースクリフやシノ……少し癪に触るが、縁の深さという点ではフィガロとも繋がりがあるかもしれない。
     そこまで考えて、ファウストはくすりと笑みを溢した。これは、確かに考えるだけで楽しいことかもしれない。
    (……だけど、この話がレノックスが言う僕の悩みをどう解決するんだ……?)
     そもそも、彼が指摘した悩みがどういったものかすら、僕にはわからないんだけど……
     心の中で首を捻りながら湯呑みを抱えていると、ふさりと柔らかな気配が背中に当たった。
     顔を上げて左を見れば、穏やかに微笑むシャイロックと目が合う。
     細められた紅の瞳にファウストが視線を逸らすよりも早く、シャイロックが口を開く。
    「レノックスから、あなたが悩みごとがあるのではという話を、お聞きしています」
     向かいで話が盛り上がっているリケとミチルには聞こえないよう、声を低められた囁き声に、ファウストは小さく息を呑んだ。
     それは今まさに、ファウストが一番気になっていた話だ。
     シャイロックがどれほどの年月を生きている妖狐なのかファウストは詳しく知らないが、相手の心や考えを読み取る術にかけては、もはやリケの神通力に勝るとも劣らない力のような気がする。
    「……レノックスは何て」
     同じように声を低めて囁き返せば、シャイロックはさらに目を細めた。
    「詳しい話は、伺っておりません。……恐らくは彼もはっきりとしたことはわからないのでしょう」
    「ただ」とさらに声を低めてシャイロックは続ける。
    「レノックスは、昔からあなたがどこか遠い目をすることがあること。……そして、その時なぜか寂しそうな顔をすることがある、と。そう言っていました」
    「…………」
     思わず息を呑んだファウストに、シャイロックは眉を落として「勘違いだったら申し訳ない、ともおっしゃられていたのですが」と微笑んだ。
    「その心配は要らなかったようですね」
     柔らかなその声に、ファウストは曖昧な笑みを返して息を吐いた。……子供だからと思っていたが、彼は自分の想像以上に相手のことを観察していたらしい。
    「……まぁ、間違ってはいないよ。レノックスに遠い目をしているように見えたのならそうなのだろうし、その時の僕が寂しげに見えたのならそうなんだろう」
     おや、と笑みを深めるシャイロックに、ファウストは邪推を妨げるように「だけど」とぴしゃりと付け足す。

    「それと、並行世界の話がどう関係あるんだ?」
     
     囁き声ながらも固いその言葉に、シャイロックは「少々説明不足でしたね」と薄く目を閉じた。
    「ムルが言うには、並行世界でも繋がりがある人物同士は、出会った瞬間にどこか懐かしい感覚をおぼえる可能性があるらしいのです」
     その話を聞いたリケとミチルも、レノックスもあなたに対して初対面の頃そのような感覚をおぼえた、と言っていました。
    「……認めるのは少々癪に触りますが、私もムルと初めて出会った時そのように感じましたから、まぁこの可能性はかなり高いのでしょう」
     僅かに肩を竦めながらそう言って、シャイロックは再び目を開いた。
     紅の瞳が真っ直ぐにファウストを射抜く。
    「短刀直入に言いますと、」

    「あなたのその寂しさや遠くを探すような視線は、そこに原因があるのでは?」

     視線に比例するような鋭い切り込みに、ファウストは僅かに息を呑んだ。しかし、大きく表情を動かすことなく息を吐くと、薄く笑みを浮かべて口を開く。

    「……僕のこの感覚が、並行世界の僕が出会っている懐かしい誰かを探しているせいだ、と?」

     そう真っ直ぐな視線を向け返されたシャイロックは「そう考えられるかもしれない、という可能性のお話ですよ」と小さく肩をすくめる。

    「……ですが、すぐに言い当てられたところを見れば、あながち的外れな指摘ではないのでは?」
     
     再び上げられた視線の鋭さに、ファウストは僅かに目を逸らした。薄く瞼を閉じ、考える。

     ——ずっと、何かを探している。

     まだ鴉天狗の里にいた子供時代から、竜に弟子入りした修行時代。ある日ふと全てが煩わしくなって山に篭った後も、つい助けてしまったレノックスの面倒を見ている時も、ずっとその感覚はファウストの後を付き纏った。
    (……その探している何かが、並行世界の僕が親しかった誰か、だって?)
     心の中で小さく呟く。
     不思議とありえない、という思いは湧かなかった。むしろ、どこかすとんと腑に落ちたような気さえする。

     ——自分がずっと探してきたのは、出会うはずだった「誰か」なのだ、と。
     並行世界の自分には確かに縁があったはずなのに、この世界では未だ出会えていない誰か。
     その誰かを、自分はずっと探してきた——

    「……たとえ、本当にそうだったとして。探しているのが誰かだとわかったから、何になるんだ」
     気づけばファウストは、そう口を開いていた。
     目を開け、真っ直ぐにシャイロックを見る。
    「並行世界でも縁のある存在とは、きみたちのように、普通であれば出会うべくして勝手に出会っているんだろう。——だが僕は、その誰かには未だ出会ってはいない」
     そこまで言って、ファウストはシャイロックから、視線を正面に座るリケとミチルへと向けた。
     二人は、先ほどと変わらず、別の世界の自分達の話で大盛り上がりしている。
     互いにとってその存在は何かと聞けば、満面の笑みで「親友だ」と返してきそうな幼子たちに、ファウストは目を細めた。
     ——自分には、幼馴染も親友も、いなかったから。
     二人が少しだけ、羨ましい。
     胸に僅かな痛みを覚えながら、再度シャイロックに目を向ける。
    「……きっと、その方が良いこともあるから、出会っていないというだけだろう。天の神さまが定めたことだ。僕はわざわざそれに抗おうとは思わない」
     はっきりと断ってから、ファウストは口元に小さく笑みを浮かべた。
    「呪いでもないんでもないなら、これ以上追及する必要はないよ」
     再度そう断言する。
     ……てっきり、そう言えばまたあの刺すような痛みが胸を襲うのかと思ったが、そうはならなかった。
     探しているという感覚を認められたからだろうか。不思議なくらい穏やかな気持ちで、心からわざわざ探す必要はない、と言える。
     ……そして、ファウストのその思いは、シャイロックにも伝わったのだろう。
     華やかさの中に混じっていた鋭さをすっと消して、「あなたがそうおっしゃるなら」と微笑んだ。
    「このお話は、もう終わりにいたしましょう」
     驚くほど呆気なく引き下がったシャイロックに、ファウストはふふ、と思わず笑みを溢した。
    「意外だな。あれだけ腰を据えて踏み込もうとしていた君が、そんなにあっさり身を引くなんて」
    「原来私は他人の心に土足で踏み込むような真似は嫌いですからね。……今回はレノックスからの頼みでしたから。あなたが望むのなら、リケの神通力の力を貸してやって欲しい、と」
    「あいつは……僕のことは気にしないで良いと言っているのに」
     ため息を吐くファウストに、シャイロックは「あら、健気ではないですか」とくすくすと笑みを溢す。
    「彼のように真っ直ぐな若者は好みです」
    「…………」
    「別に取って食べやしませんよ」
     ご安心くださいな、と笑みを深めるシャイロックに、ファウストは「どうだか」と笑いつつ湯呑みを手に取った。いつのまにか、熱かったお茶は冷めきっている。
     そして、それをシャイロックも気がついたらしい。
    「新しくお茶をお持ちしましょうか。それとも、何か別のものを?」
     店主らしい口調で尋ねてくるシャイロックに、ファウストは少し考えて「それじゃあ熱燗を」と答えた。その答えに、シャイロックが僅かに眉を落とす。
    「……無理は、していませんか?」
     僅かに心配するような色が滲んだ声音に、ファウストは何に対する答えか知りながらも「何の話だ」と穏やかに微笑んだ。
    「僕はいつだって、酒が好きだろう?」
     その言葉に、シャイロックも首を竦めて「そうでした」と頷く。
    「あなたは昔からそれなりの呑兵衛でしたね」
     くすりとそう言って、少々お待ちください、と下がっていく。
     その背中を見送って、ファウストは冷めた茶を静かに啜った。
     温かい時はほのかな甘みが広がっていたそのお茶は、冷めたせいか沈殿物が溜まっていたせいか、ほんの少しだけ苦かった。


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    ひすい

    PROGRESSメイン展示の現パロ刃丹:https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21879322
    から1年前の応楓出合い編……の冒頭です。※本編を読んでなくても問題なく読めます。こんな続きが書けたら良いな〜の進捗。

    応星と景元がお喋り&丹楓が姿形だけでます。
    現パロ応楓1、

    「単刀直入に言おう。きみ、うちのモデルのカメラマンになってくれないか」

     チェーンの喫茶店の席に着いて三分。残暑の厳しさで滲んだ汗も止まりきらないほどの短時間で告げられた言葉に、応星は届いたばかりのアイスコーヒーを迎えようと開いた口を一度閉じた。
     そうして、目の前に座っている柔和で人好きする笑顔を浮かべる男——景元を見つめる。
     あまりにも突然の言葉にその真意を探ろうとしてみるが、芸歴=年齢の実力派俳優だ。顔どころかストローの袋を破る些細な動きまでを余裕のある演技で覆われては、心の内がわかるはずもない。
     結局、応星は二秒で音を上げて「おまえはいつから事務所の営業にまで駆り出されるようになったんだ」と口を開いた。そうすれば、景元はほんの少しだけ純粋な喜びを混ぜて「まさか。毎回やっているわけじゃないよ。まぁ、うちの社長は私が営業に一枚噛むことを望んでいるみたいだけどね」と言いながら、スマホを取り出した。そうして軽くスワイプしてから画面を応星の方へと向け、今回の依頼の詳細を語り出す。
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