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    chimi_no_rabai

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    【2022.04発行「drops」より】
    破壊者とイロンデール

    ##アルラス

    いいイロンデールの日 今年もまた、やってきた。
     ここ数日、何処となく落ち着かない方舟を見渡して、イロンデールはそう思った。

    「逃げないでちゃんと待ってなさいよ!」
     朝、食堂で会うなりそう言ってきたのはシュカ様だった。誰が、何から、なのか、全く詳細を欠いた言葉である。しかし、その言葉で俺は今日行われる何かを確信した。
     ここに集まる連中は、何かと祝い事を好む。複雑に世界が入り組んだここでは、各々が自分の世界の祭りや祝い事を持ち込み、あれこれ理由をつけて一騒ぎしている。祭りは嫌いではないし、神事にも馴染みが深い。誰かが祝われる姿を見るのも悪くないと思う。しかし、それが自分のこととなれば、話は別だ。
     そもそも、俺に誕生日なんてものはない。大昔、それこそサイラスに拾われてすぐの頃は数え年だなんだと言って正月に祝ってもらったような気がしなくもないが、そんなことも記憶の彼方だ。だから、正直祝われるのは慣れていない。どんな顔をしていいのか分からない。
     シュカ様には悪いと思いながら、俺はそっと食堂を抜け出した。

     ◇

     方舟にいると落ち着かない気がして街へ行った。新しい武具や手入れ道具を見ては興味もそそられたが、方舟に戻ればラクチがいることを思い出して静かに店を出た。甘味屋を見かければ思わず足を止めたが、食べさせたい顔ばかりが浮かぶのでこちらも踵を返した。そうやって、結局一通り街を見たものの手ぶらで戻ることになった。
     方舟に戻ると中へは入らず、屋根の上へ登る。いつの間にか日も短くなって、目の前の湖が紅く染まっていた。
    「別に、俺のことはいいんだがな」
     どんな顔をして戻ればいいのか分からず、目の前の夕日を眺めていた。

     ◇

     視界は紅から藍へと変わり、水面のきらめきの代わりに夜空には星が瞬き始めた。
     いい加減に戻らないとな。誰に言うわけでもなくそう思っていた時、トン、と足音がした。
    「イロンデール、見つけた」
     クロウ様はまるで隠れ鬼に勝ったような顔をしていた。
    「……よく分かったな」
    「ウーヤが教えてくれたんだ。多分見晴らしのいい場所にいるだろうって」
    「くそっ。旦那に聞かれちゃ仕方ないな」
    「ヴァローナもコルネイユもシュカもウーヤもルクもルカも、みんな俺が行けば戻ってくるって言うんだ。誰が探しに行っても変わらないと思うんだけど。みんな忙しそうだったから、俺が来た」
     ——ダメだったか?
     首を傾げるクロウ様に、俺は完敗だな、と思う。
    「さぁ、帰ろう。イロンデール」
     差し出された手を取らない理由はもうなかった。

     ◇

    「あーっ、イロンデール! やっと帰ってきたわね!」
     食堂へ入るなり、シュカ様の声が響く。それから周りの視線が一斉にこちらへ向くのが分かった。
    「あら残念。あと少し遅かったらクマちゃんにお仕置きしてもらおうかと思っていたのよ」
    「……間に合って良かった」
    「イロンデールよ、諦めろ」
    「もう、僕たち待ちくたびれたんだからね!」
    「ルク、貴方は遊んでばかりだったじゃないの」
    「分かった、分かったから。皆いっせいに話すな」
     思わず後退りすると、後ろに立っていたクロウ様に背中が当たった。
    「なぁ、イロンデール。俺たちで考えたんだ。どうすればイロンデールが喜ぶか。素敵な贈り物もいいかもしれない。でも、物を貰うよりもイロンデールが喜ぶ時があったんじゃないかって」
     そう前置きをして、クロウ様は言葉を続けた。
    「今年はみんなでご馳走を食べることにしたんだ」
    「貴方、食べることが好きでしょ?」
    「……誰かと分け合って食べるのも好きだと思う」
    「みんなで食べたらもっと美味しいわよね!」
    「賑やかなのも存外嫌いではなかろう」
    「まぁ、僕も悪くないかなって」
    「ルクも乗り気だったじゃないの」
     食堂には方舟の料理人たちが腕によりをかけたご馳走が山のように並んでいた。
    「……確かに、これはいいな」
     俺の言葉を聞くと、目の前に満面の笑みが連なる。
    「イロンデール、おめでとう!」
    「……ありがとう」
     重なった声にガラにもなく嬉しいと思った。
     
     ——さぁ、乾杯しよう!
     どこからか湧いたその声で、食堂内は一気に活気付く。
     さて、俺も楽しむかな。そう思い、輪の中へ向かった。
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