雪解けのように 一目その姿を見て、厳しくも美しい故郷エスカトルそのものだ——そう強く感じた。
方舟にやって来たのは巨神戦役の英雄であり、エスカトルの先代族長でもある、つまり僕の父だ。
その報せは瞬く間に方舟中へと広まった。
(父上が、やって来た……)
喜ばしい事であるはずなのに、なぜか心にどんよりと重たいものが広がる。とにかく気持ちを落ち着けたくて向かった屋上庭園、そこで父の友人だったというフーゴから背中を押してもらった。
『僕から見たら、君たちは親子そのものさ』
父をよく知る彼が言うのなら、そうなのだろう。
エントランスには人集りができていた。その中心にいる男の頭には、僕と同じ冠が添えられている。
族長の証、僕にとっては重くて煩わしくて仕方なかったそれも、父の頭上ではしっかりと輝いているように見えた。
ここまで来たのだから、何か声をかけないと。
そう思いはするが、一体何を言えばいいのだろうか。
……会いたかった? どうして僕を遺したの?
思い浮かぶ言葉はあれど、どれも自分の本心とは違うように思えた。本当は会わす顔などないのだ。父が、先代族長が、その身を挺して守ったあの地を、僕は守ることができなかった。ずっとそのことを謝りたかったのかもしれない。謝ったとして、許す許されるではないことも分かっているのに。それでも、誰かに許されたかった。
項垂れていたところに視線を感じて顔を上げれば、父と目が合った。
もう、逃げられない。そう思い、言葉なく見つめ返す。
先に口火を切ったのは父だった。
「……パスカル?」
ああ、父はこんな声をしていたのか。
呼びかけられて、随分と見当違いなことを思った。
「はい」
一歩ずつ、父が僕に近づいてくる。
父は僕の目の前まで来ると、その手を伸ばそうとして、そして何かを迷うように手を引いた。
僕よりも大きく力強いその手を、つい目で追ってしまう。これが父の、族長の、民を守る手。
「大きくなったな」
父は僕にそう言った。変わることのない表情からは、何も読み取ることができない。
「はい」
何か言わなくては。言いたいことも聞きたいことも、山のようにあったはずなのに。思い浮かんでは消えていく思いを言葉にすることができない。それでも、これだけは聞いておきたかった。
「……父上、とお呼びしてもいいですか?」
絞り出した声は思った以上に弱々しかった。
「……私は父親らしいことが何一つしてやれなかった。それでも、父と呼んでくれるのなら」
ほんの少しだが、その顔を綻ばせて父はそう言った。
ああ、父も同じなんだ。そう思うと、胸が暖かくなる。
「はい。父上と話したいことがたくさんあります」
僕もかなりぎこちなくはあったが、笑ってそう答えた。
ふと、背中に暖かさを感じる。オレリアだ。ずっと側に控えてくれていた彼女。
周囲に目を向ければ、エルオンズもこちらを見ていた。きっと、僕の背を押してくれた彼もどこからか見ているのだろう。
一人じゃない、大丈夫。
そう思うと自然と言葉が出てきた。
「お茶にしませんか? 屋上に綺麗な庭園があるんです」
今度こそ、笑顔で返すことができた。
父のことを知れば、僕も何か変われるだろうか。
この冠はまだ僕には重いかもしれないけれど、一人じゃない。そのことに気付くのも遅すぎたかもしれない。でも、ここには、方舟には、長い長い時間があるのだから。