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    chimi_no_rabai

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    【2022.04発行「drops」より】
    凍土エルネスト+凍土パスカル
    (再録本の再録……)

    ##アルラス

    雪解けのように 一目その姿を見て、厳しくも美しい故郷エスカトルそのものだ——そう強く感じた。

     方舟にやって来たのは巨神戦役の英雄であり、エスカトルの先代族長でもある、つまり僕の父だ。
     その報せは瞬く間に方舟中へと広まった。
    (父上が、やって来た……)
     喜ばしい事であるはずなのに、なぜか心にどんよりと重たいものが広がる。とにかく気持ちを落ち着けたくて向かった屋上庭園、そこで父の友人だったというフーゴから背中を押してもらった。
    『僕から見たら、君たちは親子そのものさ』
     父をよく知る彼が言うのなら、そうなのだろう。

     エントランスには人集りができていた。その中心にいる男の頭には、僕と同じ冠が添えられている。
     族長の証、僕にとっては重くて煩わしくて仕方なかったそれも、父の頭上ではしっかりと輝いているように見えた。
     ここまで来たのだから、何か声をかけないと。
     そう思いはするが、一体何を言えばいいのだろうか。
     ……会いたかった? どうして僕を遺したの?
     思い浮かぶ言葉はあれど、どれも自分の本心とは違うように思えた。本当は会わす顔などないのだ。父が、先代族長が、その身を挺して守ったあの地を、僕は守ることができなかった。ずっとそのことを謝りたかったのかもしれない。謝ったとして、許す許されるではないことも分かっているのに。それでも、誰かに許されたかった。

     項垂れていたところに視線を感じて顔を上げれば、父と目が合った。
     もう、逃げられない。そう思い、言葉なく見つめ返す。
     先に口火を切ったのは父だった。
    「……パスカル?」
     ああ、父はこんな声をしていたのか。
     呼びかけられて、随分と見当違いなことを思った。
    「はい」
     一歩ずつ、父が僕に近づいてくる。
     父は僕の目の前まで来ると、その手を伸ばそうとして、そして何かを迷うように手を引いた。
     僕よりも大きく力強いその手を、つい目で追ってしまう。これが父の、族長の、民を守る手。
    「大きくなったな」
     父は僕にそう言った。変わることのない表情からは、何も読み取ることができない。
    「はい」
     何か言わなくては。言いたいことも聞きたいことも、山のようにあったはずなのに。思い浮かんでは消えていく思いを言葉にすることができない。それでも、これだけは聞いておきたかった。
    「……父上、とお呼びしてもいいですか?」
     絞り出した声は思った以上に弱々しかった。
    「……私は父親らしいことが何一つしてやれなかった。それでも、父と呼んでくれるのなら」
     ほんの少しだが、その顔を綻ばせて父はそう言った。
     ああ、父も同じなんだ。そう思うと、胸が暖かくなる。
    「はい。父上と話したいことがたくさんあります」
     僕もかなりぎこちなくはあったが、笑ってそう答えた。

     ふと、背中に暖かさを感じる。オレリアだ。ずっと側に控えてくれていた彼女。
     周囲に目を向ければ、エルオンズもこちらを見ていた。きっと、僕の背を押してくれた彼もどこからか見ているのだろう。
     一人じゃない、大丈夫。
     そう思うと自然と言葉が出てきた。
    「お茶にしませんか? 屋上に綺麗な庭園があるんです」
     今度こそ、笑顔で返すことができた。

     父のことを知れば、僕も何か変われるだろうか。
     この冠はまだ僕には重いかもしれないけれど、一人じゃない。そのことに気付くのも遅すぎたかもしれない。でも、ここには、方舟には、長い長い時間があるのだから。
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