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    meepoJlo

    @meepoJlo

    呪術の狗🍙棘 夢小説をこそこそ書いています。

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    meepoJlo

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    卍夢

    ご主人様と猫。私は此処にいた。



    今時分日本で、こんな事って本当にあるんだな、なんて。

    知らない方が幸せな事は、世の中にはいくらかあるんだ。例えば、裏の社会。
    どうしようもなく思いながらとぼとぼと歩いて、華美な舞台の真ん中にひとり立ち置かれた。

    パチンと音が鳴って、ライトが眩しく当たれば、おお、と会場から歓声が上がる。
    絵画に宝石、彫刻から個人情報、裏帳簿…
    そして何らかの形で此処に辿り着いた私たち人間。


    カランカラン、とベルが鳴り会場が静かになると、司会の男性の声が辺りに響いた。

    「では、本日の目玉、最後の商品です」

    眩しい舞台端にマイクを持った司会者。
    形式的に落ち着いて文を述べる。

    「こちらは珍しい日本人、女性。__歳。
     戸籍は削除済ですので、御安心してお求め下さい。では、1千万から始めます」


    テレビとかで聞いた事のある掛け声だった。

    ーー別段、この世に未練もないが。

    唯は僅かに目を伏せた。

    ーー私は訳も分からず此処にいて。

    目的地も知らないまま気が付けば車に乗せられ、運ばれて来た。バイヤーだと言われた男性が、ぴったりと唯の横に着いていた。

    逃げようにも逃げられる訳もなかった。
    会場内は警備も厚い。舞台上には唯ひとりきりだが、舞台袖には幾人かの人間が居るのを見て知っていた。観客も、こんな所に出入りして金を落とす人間だ。“商品”である唯を逃がしてはくれないだろう。
    元より無防備で何の取り柄もない一般人の唯では、行動を起こしてもすぐに捕まるのが目に見えていた。

    それでも唯の手首には重圧な鉄の手枷が嵌められている。少し動く度にじゃり、と重い鎖が音を立てた。
    手枷には売買の為の識別コードが付いている。




    「二千万!」

    大きな声に唯は我に返る。
    薄暗い会場内に男性の声が響いた。明るい舞台からは声の主をハッキリ見る事は出来ないが、身なりの整った男性が手を挙げているのが見えた。

    「三千万!」

    横から声が上がる。
    やはり男性の声。

    「四千万!!」

    また違う声がした。

    「五千万!!」
    「七千万!」
    「七千五百」
    「八千!」



    順調に値は上がり、会場が盛り上がりを見せる。

    「八千五百!!」

    男性の声が大きく響いた。
    少し小太りの男性が手を挙げている。

    「八千五百。八千五百万です!他にいらっしゃいませんか?」

    手を上げた男性は笑った。
    では、と声を上げる司会者の声に、ニヤリと笑うその笑顔。ぞくりと背筋が泡立つ。



     「 二億 」



    会場の後方から静かな声が響いた。

    大きな声ではないがハッキリと響いた低い声。
    会場内は一瞬で凍りついたようにしんとした空気になる。それからしばらくして、ザワザワと煩くなっていった。

    唯もその値に驚きを隠せず、大きく顔を上げる。会場入り口の壁にもたれ掛かるひとりの男性が、小さく手を上げていた。
    薄暗くてよく見えないが、おそらくスーツを着た派手なピンクの髪色の男性。

    「聞こえなかったのか、あァ?二億だっつってンだろ」

    男性は目を細めて不機嫌を露わに舞台に目をやる。司会者は慌てて場を仕切った。

    「二億…。二億です!二億が出ました!他にいらっしゃいませんか?」

    司会の声に、八千五百万の男性は悔しそうに座り込んだ。

    「他にいらっしゃらないようでしたら、これにてニ億で落札とさせて頂きます」

    ザワつく会場からぱらぱらと疎に拍手が起こる。次第にそれは、落札を認める大きな拍手へと変わっていった。

    「では、これにて二億で落札とさせて頂きます!」





    唯は駆け寄って来た係の人間に促されて立ち上がる。
    僅かに足が震えていた。


    ーー決まったのだ。

    今のこの一瞬で、自分の運命が。
    唯は今この時から、金を払った男性の所有物となった。


    ちら、と男性が立っていた入り口を見れば、彼はもうそこにはいなかった。







    ちゃり、と鳴る冷たく重い鉄の音。
    手枷で擦れた手首が鈍く痛む。

    唯は係の人間に手枷に繋がれた鎖を引かれて扉の前に立つ。大きな扉だった。
    コンコン、と鎖を手に先導した男性が扉をノックして中から声が掛かる。唯の後ろにはまた違う人間が二人。
    ギィと重い扉の音が辺りに響いた。



    人身売買。
    そんなもの本当に存在するんだな、と改めて思った。

    そして唯は、あの男性に買われたのだ。





    手枷の鎖を引く人間は、部屋に向かう途中唯に告げた。

    「お前を買った人は、噂じゃ犯罪組織の幹部だそうだ」

    犯罪組織、と口の中で小さく呟く。
    テレビのニュースで聞いたことがある言葉だ。現実味がまるでない。

    「良かったな。八千五百の方じゃなくて」

    「………?」

    どちらにせよ、買われた事実に変わりはない。
    けれど。

    「アイツ結構界隈では有名でさ。定期的に少女を買いに来るんだよ」

    な?と唯の背後の二人に声を掛ければ、二人も頷く。あまり好かれた人ではなさそうな雰囲気だ。
    言われた意味が理解出来ずに唯はただ首を傾げた。

    「定期的に、だ。買われていった少女が、何処でどうしてるのかは誰も知らないんだと」

    「………?」

    可哀想にな、と吐き捨てるように言った。
    だから犯罪組織の幹部であるその人が良い、と言う意味でも勿論ない。


    二億。一体自分の何にそんな価値があるのだろう。臓器?それとも…?
    売られた人間がどうなるのかは、買った人間にしか分からない。


    元より返る場所もない。
    だからこそ、こんな所に居るのだが。




    「失礼致します」

    先まで唯に話し掛けていた人間は、鎖を引いて口を一文字に結び、唯に対するそれとは異なる丁寧な口調で室内に入る。

    「お持ちしました」

    華美すぎない落ち着いた調度品の並ぶ広い室内。
    扉が開けば、大きな窓で意外にも明るい部屋だった。応接室に相応しく、部屋の真ん中にはローテーブルと大きなソファが向かい合わせにふたつ。

    そこには黒スーツの男性と、先の派手なピンクの髪の男性が向かい合って居た。


    顔を上げ、此方を見たその人。
    綺麗に染められたウルフカットの髪が揺れる。間近で見ると、長い睫毛が際立ち、口元には左右に菱形に似た傷があるがそれでも綺麗な整った顔をしているのが分かる。


    黒スーツの男ーー売人は立ち上がり、こちらに、と係の人間に告げる。唯は軽く鎖を引かれて歩み出た。

    「此方で間違いありませんか?」

    「ああ。ソイツだ」

    唯を買った男性が、机に置かれ、既に数字が書き込まれた小切手を差し出した。机ひとつ挟んで、黒スーツの売人が受け取る。

    「確かに、受け取りました。では、今領収書をーー…
    「ンな証拠が残るもん、いらねェだろ」

    「そうですか。では」

    売人の男性も慣れているのか、軽く受け流す。
    後ろに控えた違う人物に合図して、手枷のコードを読み取る。ピッと機械音が鳴り、盆に乗った鍵を唯を買った男性に掲げた。
    その人は鍵を指で摘み持ち上げる。

    「今時手枷なんて、趣味悪ィな」

    目を細めてその鍵を見ながら、小さく独り言のように言う。

    「喜ぶお客様も多いのですよ」

    ゾッとするような事を売人は笑顔で言う。
    それに、唯を買った男性は不快そうに眉間に皺を寄せた。それから鍵と唯とを見比べる。

    唯もやや遠慮がちにその人を見た。よく見ればやはり綺麗な顔立ちの男性だった。
    その瞳が唯の顔を捉える。

    目が合って、唯は口を結んで俯く。

    綺麗な顔のその人は、笑うでもなく無表情に売人を振り返った。

    「部屋をひとつ借りたい。ンな小汚ない服じゃ連れて帰れねェからな。新品の服、たぶん何処かに用意されてるんだろ?無いなら今すぐに用意しろ。何でもいいから一式持って来い」

    言われて売人の男性は、かしこまりました、と立ち上がり頭を下げる。

    「では、此方の応接室をお貸ししますので今しばらくお待ち下さい」

    「あんまゆっくりする義理もねェ。早めに持って来い」

    その人はソファで足を組み替えて売人に言う。

    「かしこまりました。何かございましたら、扉の前に見張りがおりますので何なりとお申し付け下さい」

    では、ともう一度頭を下げる。あくまで売人と客なのだろう。
    そのまま周囲に居た係の人間を連れて大きな扉から出て行った。






    唯は身体のひとつさえ動かす事が出来ないままそこにいた。
    ふたりで残された広い応接室。

    ピンクの髪は彼が動く度に小さく揺れる。整った紫のスーツ。近くで見ると、耳にはいくつもの黒のピアスが刺されていた。
    綺麗な顔に似合わず口調は荒い。長い睫毛が伏せた顔に影を作る。


    ーー唯を買った男。

    彼は犯罪組織の幹部だと聞いた。
    ついさっきまで自分には関係がなかった世界に足がすくむ。




    「オイお前」

    不意に低い声が唯を呼ぶ。
    ビクっと身体が反応して震えた。

    「名前は?」

    短く聞いて、彼は座ったまま唯を見た。

    声が上手く出ない。
    乾いた唇をはくはくと動かせば、掠れた小さな声が何とか出て来た。

    「……唯、です…」

    「……は?」

    俯いて見た床は無機質な色をしている。

    「…ミョウジ唯、です」

    意識して声を出すが、恐怖から上手く口が回らない。それでも彼は何とか聞き取ったようで、小さく独り言のようにその名前を繰り返した。

    「ミョウジ唯。ふーん、唯…、か」

    彼はソファから立ち上がる。


    「 唯 」


    名前を呼んで、唯の前で立ち止まった。

    「顔上げろ」



    ーー顔。

    顔を上げるのが怖かった。
    相手が全く理解出来ない。
    初めて出会って僅か数十分程。彼が唯に何を望んでいるのか、これから何をされるのか。

    考えれば考える程理解が出来なくなる。


    ぐっと奥歯を噛んで、小さく浅い呼吸を繰り返す。重たい頭をゆっくりと持ち上げた。


    ーー買われたからには、自分はこの人の物だ。

    どう扱われようと、拒否権はない。


    恐る恐る顔を上げてその人を見れば、瞬間、


    ヒタリと冷たい氷のような感触が額に触れた。



    「…………っ」


    初めての感覚だった。
    真っ直ぐに伸びた彼の手には、テレビドラマなどでよく見る銃らしき物が握られている。

    突き付けられた物が銃口だと、唯にもすぐに理解出来た。


    「俺は三途春千夜。今さっき2億でお前を買った。お前のご主人様だ」

    冷たい銃口が、唯の命を握っていた。三途春千夜と名乗った彼の人差し指。その指先ひとつで唯の世界が終わる。


    此処に来た時から、捨てたような命だった。

    でも、今目の前でこの命が握られている現実に、身体が強張った。奥歯をぎゅっと噛んで恐怖に耐える。

    「下ばっか見てんじゃねェよ。ご主人様を見ろ」

    突き付けられた銃口をそのままに、三途は何て事のない当たり前のような顔をしていた。
    笑うでもなく、怒るでもなく、ただ唯を当たり前のように見ている。

    「逃げようなんて考えねェ事だ」

    三途は銃口を軽く額に押し当てる。

    「まぁ、高い金出して飼ってやったんだ。逃がしゃしねェけど」

    言った三途の口元がほんの少し歪む。
    身体中に、冷たい汗が滲んだ。

    「生憎、俺に女を痛ぶる趣味はねェ。万が一の事があれば、一発でその頭ぶち抜いてやる」

    持っていた銃を玩具のように動かして、バーンと打つ真似をする。言葉とは裏腹な無邪気なジェスチャーに、更に恐怖が込み上げた。

    ーーこの人は多分、本気だ。

    気に入らなければ、ただ捨てるだけ。


    身体が小刻みに震える。
    心臓がぎゅっと痛んだ。苦しいくらいに脈打っている。

    「分かったら、返事」

    彼は銃を手にしたまま、何でも無いように唯を見た。

    「……はい」

    震える唇を噛んで小さく頷く事しか出来なかったが、三途はそれを見て満足そうに笑い銃を下ろした。
    慣れた手付きで銃を片付けるのを見て、小さく息を吐いた。
    そんな唯に構わず、三途は続け様に先に受け取った鍵を持って唯に見せる。

    「痛てェだろ、その手首」

    まだバクバクとなる心臓。
    一瞬何を言われているのかわからないくらいには混乱はしていたが、手首を顎で指されて手枷を見た。

    「お前が逃げねェって言うんなら、そんな無意味なもんはいらねーだろ」

    唯が反応するよりも早く、三途は鍵を鍵穴に差し込む。カチッと小気味良い音が鳴った。
    外された手枷は重たい音を立てて床に転がり落ちる。その下にある唯の手首は擦れて赤くなっていた。

    「酷ェ事しやがるな」

    赤く擦れた傷口を見て三途はひとり呟く。
    唯はその言葉に違和感を感じて僅かに目を見開いた。

    彼の指先が、赤い傷口にそっと触れた。
    触れられた傷口がピリリと痛んで、身体が小さく跳ねた。

    「……痛むか?」

    そのまま三途は唯の掌を取った。
    痛みよりも恐怖に身体がすくむが、唯よりも大きな男性の掌は、意外にも優しく包み込むようにそっと唯の手を持ち上げる。ゴツゴツと骨張った男性特有の手。けれど、その指先は細く長い。

    ーー温かい。


    「擦り傷だな。まぁ、このくらいなら後は残らねェだろ」

    抵抗も出来ないまま握られた唯の小さな手。壊れ物に触れるのように優しく引き寄せ、手首の傷をじっくり見た。

    「痛むンなら後で薬も用意させてやる」

    言って唯の顔を見た。
    その顔は、銃口を突き付けていたあの時の表情と変わらない。

    「…大丈夫、です…」

    返事をしないと言う選択肢がないように思えた。


    この人を怒らせたら、恐らく唯に先は無い。

    彼は当たり前のように銃を取り出し、当たり前のように優しく唯の手を取る。
    まだ何が彼の正解なのかよく分からないが。


    「ンなら構わねェけど」

    三途は唯の手を下ろして静かに離した。

    「あんま跡残るような傷は作るんじゃねェぞ」


    その白く長い指先が、唯の髪を一束掬い上げる。
    “商品”として、一応手入れのされた髪と身体。
    その上から包むように簡素な服を着せられている。買った人物が“どんなふうにも扱えるように”。

    「今日から俺のもンなんだからな」

    掬った指先から唯の髪が溢れ落ちていく。
    三途は表情なくそれを眺めて、指先の髪が無くなるとその指で唯の頬に触れた。親指がゆっくりと、唯の唇をなぞる。


    「大人しく飼われてる内は、可愛がってやらない事もねェ」


    言って笑った。
    怖いくらいに綺麗な笑顔。


    何か間違えれば、きっと簡単に捨てられてしまう。

    彼にとって私はたぶん、そんな存在で。
    けれど私にとっては、もう縋るしかない存在。


    それはまるで、ご主人様と猫のような。




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