もうすぐ死んでしまう私と君のお話 1 私※死ネタを含むオリジナルです。
自己責任でご覧下さい。
何でも許せる方向け。
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唯が死んだ。
彼女は優しくて。
強くて、脆くて。
でも、弱くて。
本当は人一倍、生きたかったんだと思う。
『 いつか死んでしまう私と君のお話 』
任務から帰った翌日の事だった。
任務と言われれば聞こえは良いが、唯がやる事は基本的に後ろに控えて周囲を警戒したり、いざと言う時に備えるくらいの事。4級くらいの呪霊を払ったりもするが、それ以外は大体が補助監督でも事足りるものがほとんどの任務で。
呼出のかかった五条先生を訪ねる。
今回の任務はそれでもかなりの体力を消耗した。怪我はないが、まだ身体は重い。
少し痛む頭を抑えて、ドアをノックする。
はいはーいと軽い声が聞こえて、応接室のような部屋に通された。唯は椅子を進められ、言われた通りにそこに座る。向かい合うように彼も座り。
「お疲れさま。調子はどう?」
「…あまり」
短く応えた。
「今日の授業は休んだみたいだね。お休み中にわざわざごめんね。疲れてるでしょ?」
任務後は、体力の消耗が人一倍激しいのはいつもの事なので、大丈夫ですと告げるに留めた。
「じゃあ。端的に短く話すね」
彼の声は飄々としていた。
でも、いつもの笑顔はない。
「君に、退学を進めるように上から言われてるんだ」
低い声で言われて少し目を見開くが。
「あれ?あんまり驚かない?」
「いえ…予想はしていたので」
目を伏せる。
唯は机の下で私服のズボンをぎゅっと握った。
「勘がいいね」
雰囲気で、気付いてはいた。
自分はいつも、他人のサポートにしか回れない立場の人間だ。一応の階級は4級。
もう2年生になって1ヶ月も経つのに、単独で動く事は勿論、任務もまともにこなせない。呪術師としてすら認めてもらえてはいないと思う。完全にお荷物だ。
真希の4級とはまた訳が違う。自分は本来なら4級以下だ。
「君の強さは知ってるよ。きちんと術式が使えるのであれば、棘にも並ぶ術師になれる」
隠されたその瞳は、一体どこを見ているのか。
彼は静かに言葉を続ける。
「でも、呪術師には向いていないんだとも思う」
唯は頷く。
そんな事、言われなくとも自分が一番分かっていた。
「君には茗荷家の後楯があるから、表立って退学を言い渡す事は出来ないけどね」
「厄介な家系だね」
柔らかい夕陽が窓から降り注ぐ。
五条先生はそちらに目を向けた。
茗荷家の呪術師は必ず短命に終る。
それは例外なく。
術式を使う度に、何らかの形で寿命を消費していく。
思えば入学前から、一部の教師…特にこの五条悟には、あまり良い顔はされなかった。
本当に入学するの?と事あるごとに何度も聞かれたし、唯の親にも話していたから茗荷家からは嫌われている。
けれど、何度聞かれても唯の決心は変わらない。
私は呪術師になる。
その為に産まれたのだから。
現代科学で言えば、アレルギー反応のようなものではないかと、以前家入さんに言われた事があった。
言い得て妙だと、感じた。
元々、茗荷の家系には呪力は合わないのではないか、と。家系図を遡ると、短命なのは術式を持って産まれた者だけらしい。
それは大きく呪力に影響して命を落とす者や、少しずつ寿命を削る者、ある日急に反動の来る者。そして、身体が力について行けず、幼い内に亡くなる者。
「察するに、君はたぶん茗荷家の中でも、特に呪力に影響を受け易いんじゃないかな」
五条先生の顔に、笑顔はない。
「今のままだと、卒業出来るかもわからないよ」
唯は何も言えずに俯く事しか出来なかった。
おそらく唯は、最後の“幼い内に亡くなる者”。
今生きているのはたぶん偶然で。
元々家でも、呪術師になる為に訓練を受けて来た。
けれど、入学してから任務に着くようになって、とりわけ呪力や術式を駆使するようになって、違和感を感じた。入学して半年も経たない頃だった。
しばらくしすると、任務の後、帰る頃にはかなりの体力を消耗するようになった。術式を使っていても、いなくても。
「正直、あまり無理もさせられない。でも、ここに居る以上、任務や実地訓練には着いてもらわなきゃいけない」
顔を上げて、五条先生を見た。
「それは承知しています」
表情の分からないその顔を、真っ直ぐに見て問う。しばらく逡巡して、口を開いた。
「五条先生も、私の退学に賛成ですか?」
言われた彼はこちらを見て、うーんとわざとらしく唸った。
唸った、けれど、続く言葉はしばらくない。
少し考えたように、告げた。
「正直、対応には困ってる」
腕を組んだ五条先生は、たぶん唯を見ている。
「今は昔とは違う。お家がどうとか…そんな事で呪術師を目指すのなら、オススメはしないよ」
否僕もだけど、とツッコミつつ笑う五条先生。
「ですが、呪術師は元々危険な仕事です。死と隣り合わせなのは、何も私だけじゃない…」
言って、唯は目を伏せる。
「ごもっとも。でも、死ぬ事を前提として学ぶ君と、呪術師になる事を前提に学ぶみんなとは、やっぱり違うよ」
「諦めろ、と仰っているのですか?」
「否。それでも君が呪術師になりたいのであれば、それなりにサポートはする。それでなくとも人手不足の業界だから、補助監督なり何なり仕事はたくさんあるしね」
唯は唇を噛む。
「呪術師でなければ…」
ーー意味がない。
小さく口の中で呟くその声は、目の前のその人に届いたのだろうか。
まぁ、と五条先生は続ける。
「唯はもう少しだけ、広い世界を見てみてもいいんじゃない?」
言って笑った。
「まだ16歳の女子高生でしょ。焦って答えを出す必要もないよ」
たぶん、ーー…
「何にせよ、決めるのは君自身だからね」
「失礼しました」
と、軽く頭を下げてその場を離れた。
頭が痛い。けれど、そんなのはいつもの事で、唯にとっては大した問題でもなかった。
寮の近くにたどり着く頃には陽が沈み、徐々にオレンジ色を暗闇が飲み込んでいく。
春の風はまだ冷たい。
唯はその場に立ち止まった。
あと少し。
後少しで、部屋に着くのに。
涙が堪え切れなかった。
ぽたり、ぽたりと、雫が地面に落ちる。
俯いたまま動けない。
なんで?
何で私だけ?
足から力が抜けて行く。
唯はその場に疼くまった。
涙が次から次へと溢れて止まらない。
膝に顔を埋めて、只ひたすら流れる涙を袖で拭った。
不意に、人の気配を感じた気がして顔を上げる。
「ツナマヨ?」
唯のすぐ後ろに、同級生がいた。
口元まである襟の制服に、少しだけ驚いたような、戸惑ったような顔をして。
鞄と、手にはコンビニの袋を提げていた。
寄り道の帰りと言った所だろうか。
棘は唯の隣に座り込み、静かに鞄の中からタオルを取り出して手渡す。
「…ありがとう」
ハンカチの代わりだろうか。
小さく呟いてそれを受け取る。
唯はそのタオルで目元を抑えた。
「ツナマヨ」
ぐいっと、棘が唯の袖を引っ張って、道の端を示す。少し先に、座れそうな段差があった。
彼は何も言わずに、柔らかく笑ってくれた。