もうすぐ死んでしまう私と君のお話 13 もうすぐ死んでしまう私と※死ネタを含むオリジナルです。
自己責任でご覧下さい。
何でも許せる方向け。
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棘くんと一緒に任務なんて久しぶりだなぁ、なんて。
車の中で目線を上げれば。唯の隣で静かにタブレットに目を通す棘。制服でいつものネックウォーマー。伏せた瞳に長いまつ毛が影を落とす。
傍にはドラッグストアのビニール袋が用意されていた。急な任務要請だったから急いで買って来たのだろうか。
唯はいつもと変わらず使い慣れたポーチを腰に巻いている。中には昨夜自分で作ったお札と、白紙のお札に筆ペン。それから、白、青、赤、黄色のチョークをまとめた布のペンケース。呪具の脇差サイズの短刀を一振り持っていた。
滑らかに画面をスワイプして動く指が、不意に止まる。
「すじこ?」
首を傾げた棘がこちらを見た。
…見ていた事がバレたのだろう。目が合えば、恥ずかしさで唯は頬を染める。
「…あ、ごめん。何でもない。気にしないで」
「おかかー」
パタパタと両手を振って笑うと、棘は目を細めて唯を見た。タブレットを膝に置いて、横にあるドラッグストアの袋を手に中身を探る。
「ツナマヨ」
差し出されたのは、のど飴だった。
黄色のパッケージに蜂が描かれた見覚えのあるのど飴が1つ。
「しゃけ〜」
伸ばした棘の手が、唯の手を取った。
唯の掌にのど飴を乗せる。唯がそれを受け取ると、棘は満足そうに笑った。
何だか遠足のお菓子みたいだ。のど飴だけど。
「ありがとう」
「ツナツナー」
唯は小さな小袋を開いてのど飴を口にする。ハチミツの甘さがいっぱいに、口に広がって。
「美味しい」
隣を見れば棘も唯を見ていた。小さく頷いた棘はまた、タブレットを手に目線を落とした。
いつもこうやって人を気にして。
気を遣って。
優しい棘くんが、
ーー…大好きだな。
なんて。
胸の中で呟く。
言葉にするのは少し恥ずかしくて。
あまり伝えた事はなかったけれど。
伝わっていると…思う事はある。
甘い飴を舐めながら、流れて行く窓の景色を見る。
後何回、私は彼に“好き”を伝えられるんだろう。
少しだけ眠たくて重い気がする頭を背もたれに預けて、唯は目を閉じた。
また、何かが、
こぼれ落ちる音が聞こえた気がした。
重い瞼を開かずに、このまま眠ってしまえば…、全部が楽になるんだろうか。
何もかもがなくなっていくような。
**
帷が降りて、景色が暗く夜の闇のように広がって行く。世帯数も少ない小さな山間の村で、ガス漏れの危険性と銘打って人払いをしたと聞いている。
「すごい…」
誰も居ない村を2人で歩く。
村の深部に近付くにつれて、呪霊の数は増えて行った。そこここに居る呪霊の多くはおそらく2〜4級相当のもの。数はいるけれど、難なく2人で祓っていく。
唯はいつも通り、相手の動きをお札で『止』めつつ、呪具を振るって祓って行く。抜刀術は使えないので、竹刀のように抜き身で構えた。
呪具を受け取る前は、相手の動きを『止』めながら『消』す事が多かった。大きな相手や強力な呪霊は、地面や壁に文字を書いて『誘』い誘き寄せる。
単純に、文字が大きければやはりお札に書かれた小さな文字よりも効果は大きいし、勿論その分呪力も使う。
攻撃に特化した文字は、守りのそれよりも文字自体にも効力は強く、やはり大きな呪力を使うものが多い。
相伝となった呪術はどれも長い歴史があり、誰もが考え付くような単純な問題にはそれなりにもう答えが出ている。
攻撃性がある又は瞬時に使う文字は字画が少なく形成されていた。星座のように点を辿るだけのものや、小さな子どもでも書ける単純な図形。要するに簡単に書けるものは呪力を多く使う。
それでも呪言と違っていくらかのタイムラグは否めない、と唯は思う。
主戦力の棘は残しておきたい、と唯は自ら前衛を買って出た。おかか、と言われたけれど、無理はしないと約束をして。
唯は呪具の刀を振るい、時折棘の呪言がそれを助ける。
溜息をひとつ吐いて、唯は棘を見た。
「こんぶ」
問題無さそうに棘は唯に声を掛ける。唯も頷いて答えた。
棘は唯が術式や呪力を使う事を否定はしなかった。棘だけじゃない。家入も、他の先生も、誰も強くは言わない。
唯は元より強い術式は使わない。使った事がない訳ではないけれど。
何度かの身体の不調が、意識的にそれを拒んだ。呪力を使えばその分だけ体力を消耗して、全てを削っていくのを知っていたから。
幾らか呪霊を祓って村の最深部に向かう。10体くらいまでは数えていたけれど、もう既に何体祓ったかも把握出来なくなっていた。
山肌が割れて鳥居が建ち並び、更に奥に進めば洞窟の入り口が見えた。
呪霊が一体、また一体と、そこから出て来るのがわかる。周囲にも数体の呪霊が確認出来た。呪いの気配が濃く感じる。
「ここだね」
「しゃけ」
身を隠して小さく呟けば、棘も小さく頷いて応えた。唯が棘を見ると、棘は手を差し出して唯を止める仕草をする。
「こんぶ」
先に行くな、と言う事だと。唯は頷いた。
「高菜」
ぐっと緊張が高まる。
**
そこはとても広い場所だった。
自然に削られたであろう岩肌に、更に人の手が加わった形跡。微かに塩の匂いが混じるのは、山の向こうの海側にも繋がって海水が流れ込む部分があると聞くからだろうか。
周囲に気を払いながら一歩、また一歩と進む。
奥に歪んで何かが見える気がした。空気が揺れているような、気持ちが悪い感覚。元から重い頭に更に鈍く響く。
そこにも数体の呪霊がいた。数体しか、いなかった。元凶であるだろう場所だから、もっと沢山の呪霊がひしめき合っているのだろうと想像していたけれど。実際には然程の数でもない。洞窟外の村や入口の方が断然数は多かった。
棘は時折喉の薬に手を付けながら、言葉を選んで祓っていく。唯は特に背後に気を配りながら、不意打ちに備えつつ、棘が祓い切れなかったものを拾う。…つもりでいるが、今の所全く出番はない。
『潰れろ』
また一体、呪霊が消えていく。少しだけ大きな呪霊だった。それが半分まで潰れて、崩れて祓われる。
「こんぶ」
前を行く棘が立ち止まる。唯もそれに息を呑んだ。入り口から幾分も歩いていない。歪んだように見える景色の中に、生える朱塗りの小さな鳥居。更に少し奥には、小さな祠があった。
もうそこに、呪霊はいなかった。
「………?」
微かに冷気を含むような重たい空気。
それがやけに静かで、不気味に見えた。
棘は目線だけ唯に向けて、合図を送りまたそちらに向き直る。
たぶんそれは2級や3級の呪霊じゃない、何か。
唯は手にしていた刀をぎゅっと握り、いつでも駆け出せるように体制を整える。額を汗が伝っていった。
ーー祠…?
ギ、と、小さく扉が音を立てる。
ギギギーと、錆びた蝶番の音。風もないのに、扉が小さく動いていた。
棘がゆっくりと、静かに祠に近付く。
唯は刀を構えたまま、地面にお札を落とし、足を動かして点と線で短略化された文字を書いた。使わないに越した事はないし、実際使った事はないけれど。こういう時にはいつも保険をかけておく。念には念を。
伸ばした棘の手が祠の扉に掛かった。ギギギ、と嫌な音を立てて扉が開く。また、空気が歪んだ気がした。
けれど、開いた扉の中にはハッキリとそれが形を見せる。
「…………?」
呪霊や呪いが飛び出るでもなく、そこにあったのは、鏡だった。
丸い鏡。斜めに一本大きな亀裂が入って割れている。そして、もう呪力のない古いお札が貼られていた。
周囲を警戒するが特に何もなく。
鏡にも変化はない。ただ、空気が重いだけだった。
とても静かで。
「ツナツナ?」
棘は振り返り、唯を手招く。唯は首を傾げて棘の元に駆け寄った。棘は鏡を指差す。
唯が鏡を覗くと、そこに映るはずの自分の姿はない。洞窟の背景に、黒い闇が静かに揺れているのが見えた。それを塞ぐように貼られた古いお札には、見覚えがあった。
「…これ、茗荷のお札だ」
『封印』と書かれている。高専に封印された呪物があるのはよく聞く話だし、多くはないが茗荷家が封印した物もあると聞いていたけれど。唯も実物は初めて見た。
「よく今まで回収されずにこんな所に放置されてたなぁ…」
村の人が守っていたのだろうか。祠に祀られるとなると、神や信仰の対象なのかもしれない。
「お札に力がなくなっちゃったのかな。…呪霊が封印されてる?」
しゃけ、と頷く声が隣から聞こえた。
変な空気はたぶん、沢山の呪霊や呪いが集まって出来た空気だろうか。
正体が見えて、唯は少しだけ安堵した。
「こんぶ…?」
棘が少し戸惑ったように唯を見る。術式で呪力を使う事に、配慮してくれているのだろう。『封印』するのにはたぶん、対象である呪物の力の大きさに関係する…と、聞く。勿論唯は未経験だった。
「大丈夫…だと思う」
封印したり留めておくのは唯の方が得意だ。棘の呪言で鏡を壊せば、封印された呪霊がどうなるかは予測が出来ない。更に言えば、封印されているものが何級程度のものなのか、数もまた分からない。
「…簡単に、蓋を閉めるように『封』をするくらいなら私でも出来ると思う。高専にさえ持ち帰る事が出来れば、封印に長けた術式を持つ人に託せばいい」
「…こんぶ」
唯は頷いて、笑って見せた。
「大丈夫だよ」
使い慣れたポーチから白紙のお札と筆ペンを取り出した。『封印』ではなく、『封』とだけ書きあげていく。
棘はそれに、軽く目を伏せた。
「おかか」と、小さく呟いたその声は、唯には届かない。
出来る出来ないで言えば、彼女はきっと出来るだろう。自分の身を犠牲にしてもやる。
止める術は、ない。
やっぱり彼女は呪術師だから。
「…………?!」
棘が顔を上げる。
唯も同じように顔を上げて棘を見た。
地面が揺れる。
何処かから爆発音がして。
反響して洞窟内に響く。色んな呪霊の呪力や鏡の空気で相手の位置がよく分からない。
「棘くんっ?」
「高菜」
とりあえず背中を合わせて周囲を見た。
洞窟にさっきまであったはずの入り口はもうなかった。