さくら桜が舞う。
高専に入って2度目の春が来た。
入学式が執り行われたと聞いたけれど、たぶんそれは私たちに関係はなくて。いずれ来る1年生との対面はきっとまた別の話だ。
唯は桜並木を歩く。
昨日は風が暖かくてお出かけ日和だったのに一転、今日は寒の戻りで冷たい春風が吹く。
「さむ…」
桜を見ながら呟く台詞でもない気がしたが。やはりそれは口から出てしまった。
「こんぶ」
振り向けば、温かそうなネッグウォーマーに首元から口元まで隠す彼。たぶん極限まで中身を削ったぺたんこの鞄を肩に掛けて、見慣れない真新しい制服のポケットに手を入れている。
綺麗な髪がサラサラと風になびく。
「棘、髪伸びたねぇ」
春休み前にはもうワックスもやめていたけれど。また伸びた気がする。
「似合ってる」
「めんたいこっ」
笑った唯に、棘は二本指でこめかみ辺りを指してわざとらしくカッコ付けて見せる。
「今日から2年生だね。“狗巻先輩”」
クラス替えもない。任務や実技で全員揃う事も多くはない。
「実感ないね。まぁ変わらないか」
「しゃけ」
「あ、でも担任変わるんだっけ」
「しゃけしゃけ」
たわいない会話で道を歩く。
寮から学校まではさほど距離もないが、生徒数が少ないからかあまり人はいない。
唯は立ち止まる。
それに気付いて、棘も足を止めた。
「ツナ?」
唯の髪が風になびいた。
冷たい風に枝が揺れて、桜の花びらが舞う。
唯はその道をまっすぐに見ていた。棘は唯の目線を追ってそれを見る。
「綺麗だね」
きっともう来週には散ってしまう桜の花が、寂しげに舞い散る。
その言葉に、棘が頷いた。
棘は唯を見て、不意にその片腕を伸ばす。
桜を見上げている彼女の後頭部に触れた。唯がそれに気付いて首をそちらに向けると、撫でるように、ゆっくりと髪を梳く。
「ツナマヨ」
棘の手元には桜の花びらが一枚あった。
目を細めて、柔らかく笑う。
その笑顔に、心臓が鳴った。
棘が細く長い指を開いて離すと、花びらは風に舞って消えていった。
空いたその手は唯の頭にもう一度触れて、髪を撫でる。唯の髪に自分の手を絡ませて、触れた。
棘は、ネッグウォーマーのチャックを開く。
軽く首を傾けて覗き込み、唯の頭を支えながら身長に合わせて屈んだ。ゆっくりと近付いて、その唇で唯の唇を塞ぐ。軽く触れた唇は、温かくて柔らかい。
「………っ」
すぐに離れていった棘の顔に、表情はない。何事もなかったようにチャックを閉めて、ただ唯を見た。綺麗な深い紫の瞳と目が合と、また柔らかく笑った。
唯は真っ赤になって目を逸らす。
思わず口元に持っていった手を、棘に掴まれた。
「いくら」
伸びたその掌を重ねて、指を絡ませる。ぎゅっと握られたその手は温かい。
そのまま棘が歩き出すので、唯もそれに合わせて一歩を踏み出す。
「ツナマヨ」
恥ずかしくて顔を見る事が出来ないけれど。
唯は少し目を伏せて、はにかんだ。
「来年も、一緒に桜見れるといいね」
「しゃけ」
End***