キスの日 1『頬に』
「狗巻先輩っ!」
昼休みに。
待ち合わせて一緒にお弁当を食べようと誘ってくれた先輩に声を掛ける。
誰も居ない、社寺の境内のような一画。自販機に行く時の通り道だった。
唯を待っていてくれたその手をぎゅっと握って、引っ張る。振り向く狗巻先輩は、唯よりも少しだけ背が高くて。
背伸びをして、その身長差を埋める。
けれど。
結局ネックウォーマーに塞がれて、唯の鼻先がちょこんと先輩の頬に当たっただけだった。
「すじこ…」
ちょっと困った顔で驚きつつも、肩を震わせて笑いを堪える狗巻先輩。
「すみません…」
しょんぼりする唯に、笑いながら首を傾げる。
「今日は…その、キスの日だと野薔薇ちゃんに聞いので……。ほっぺにちゅう…、とか…」
自分で蒔いた種だけど。言葉にしてみると何だか急に恥ずかしくなって、唯の声は尻すぼみに小さくなって行く。狗巻先輩の顔が見れずに目線を逸らす。
「ツナー?」
そんな唯に、狗巻先輩は柔らかく笑う。
首元のチャックをゆっくりと下ろして、ほんの少し腰を屈めて目線を下げてくれた。普段は見えない呪印のある口元。紫色の瞳が唯を捉える。
「ツナツナ」
唯は目を見開いて耳まで真っ赤になる顔を伏せた。そんな唯を先輩は笑って、人差し指で自分の頬を指す。
「ツナマヨ?」
「……っ、えーと…。その…」
もじもじと、と言うのはこう言う事だろう。恥ずかしくて上手く言葉が出なくて。
「ツナマヨ?」
キスしてくれないの?と、正面を見て愉しげに聞かれる。
「…………っ」
元は唯が言い出した事だ。
そもそも狗巻先輩は、このまま易々と逃がしてはくれないだろう。
唯は目線を上げて、狗巻先輩を見た。手を伸ばして、その肩をしがみ付くように握り、ぎこちない動きで先輩の頬に唇を寄せた。ちゅ、とリップ音が耳に響いて。唯の唇は先輩から離れて行くけれど。
「高菜」
微かに低い声が聞こえて。
見れば、唯を見る狗巻先輩と視線が絡んだ。唇に柔らかな感触があって。啄むように唯の唇に触れる。触れたかと思へば、ゆっくりと先輩の顔は唯から離れて行って。悪戯に笑って口の端を持ち上げる。
心臓が、バクバクと煩く鳴った。
狗巻先輩は何事もなかったようにネッグウォーマーのチャックを締めて、唯の手を取る。
「いくら、高菜」
“ いつでもしてあげるよ ”
End***