繋ぐ夜、星は花。繋ぐ夜、星は花。
朝から降り出した初秋の雨は止むことを知らず、鈍色を帯びた世界に矢の如く突き刺さり激しい音を立てていた。
それは晶や魔法使いたちが寝食を共にしている魔法舎も例外ではない。晴れた日には清涼な風が吹き込む窓も、現在は雨水が浸入しないようにその全てが閉じられている。
そんな魔法舎の談話室で、晶はひとり窓の外を眺めていた。
普段であれば魔法使いの誰かしらが晶に声をかけ、紅茶とお茶菓子を片手に楽しく談笑をしていただろう。
しかしながら今の魔法舎からは、若い魔法使いの笑い声や、鍛錬の音、魔法がぶつかりあっている衝撃音すら聞こえてこない。
その日は朝から珍しいことに、魔法舎にいるのは晶一人だけであった。
北の魔法使いに関しては魔法舎にいることの方が少ないので普段通りであったが、それ以外の国の魔法使いたちは各々が何かしらの予定があり、その予定を済ませるために出掛けている。
もちろん晶も前日の時点で何名かの魔法使いから、一緒に出かけないかと声をかけられてはいた。しかしここ最近立て続けにこなした任務によって、賢者の書の書き留めが滞っていた。そのため泣く泣く晶はその誘いを断ったのだ。
それならばと魔法使いたちは晶のことを尊重し、代わりにお土産を楽しみにしてくれと箒にまたがり颯爽と出掛けていった。
「いってらっしゃい!」
「いってきます! 賢者様!」
余談だがこの時晶は、魔法によって一斉に雨粒が彼らを避けていく様子が、かなり面白い光景だなあと心の中で思っていた。
「お土産楽しみだな」
降りしきる雨を見つめながら、晶は各国の魔法使いたちが持ち帰ってきそうなお土産を想像する。窓に映る自身の口角は自然と弧を描いていた。
西の魔法使いは中央の国で開かれる蚤の市に向かっている。どうやら変わった織物を売買している業者が出店するらしい。
なんでもその業者は雨天の日に限り販売を行っているそうだ。
先週の時点でその知らせを聞いたクロエはそれはもう浮かれており、その度にラスティカは音楽を奏で、リズムに乗った裁縫道具が宙を待っていた。
そんな二人を眺めるシャイロックは楽しそうにパイプを吹かせ、ムルは花火を打ち上げてはとお祭り騒ぎ。とてもにぎやかなものであった。
きっと彼らのお土産はその感性に沿った面白いものを買ってきてくれるだろう。
南の魔法使いは村に住む若者の引っ越しの手伝いのため故郷へと帰っている。魔法使いと人との垣根が低い南の国らしい理由だ。
その若者への餞別として、ミチルとルチルが昨日ジンジャークッキーを焼いていた。香ばしい匂いがキッチンに漂い、リケがとてもソワソワしていたのを覚えている。
二人とは打って変わり、レノックスは日常的に使える工具を、フィガロは薬湯を渡すらしい。
引っ越し先の村では、珍しいハーブが取れるんですよとミチルが嬉しそうに笑い、持ち帰ってきたら真っ先に見せてくれると言ってくれた。
東の魔法使いは珍しく全員で出掛けていった。なんでも珍しい魔道具を取り扱っている店にシノとヒースが興味を持ったらしく、ファウストはそのお目付役として、ネロはその近くにある食材店へと買い出しに行くとのことだ。
初めてその店の話を聞いたシノはそれはそれは興味津々で、あまりにもしつこくファウストに聞くものだから、ファウストはこれでもかというほどに顔を歪めていた。ヒースはそんなシノを叱りつつ、でももしいけるのならば……と小さく希望を口にしたところ、最終的にファウストが折れることで話がまとまった。
そんなやりとりを遠巻きに眺めていたネロも、その場所はレモンの産地だからそのレモンを使ったレモンパイが食べたいとシノにせっつかれ、結局は買い出しにいくことになったのである。
シノとヒースは晶が魔道具に興味があることを知っている。危険なものでなければきっと晶の目の前でその魔道具を披露してくれるだろう。そしてそれが終われば目利きであるネロが厳選した、美味しいレモンで作られたレモンパイが振る舞われるはずだ。
中央の魔法使いは今頃中央の森で魔法の授業を行っていることだろう。
オズが行う魔法の授業は東の国とは違い、屋外で行われることが多い。最強の魔法使いと呼ばれるオズの教え方は実践を中心としたものが多く、リケやカインそしてアーサーはその度に必死になって魔法を奮っているそうだ。
もう少し分かりやすく教えてほしいと洩らすのはリケ。シンプルで分かり易いというのはカイン。アーサーはオズ自身から魔法を教わり、とても嬉しそうだった。
三者三様の感想を言い合いつつ、その場に咲いている可愛らしい花をくれるだろうか。
北の魔法使いに関しては元々魔法舎にいること自体が珍しいので通常運転だ。
オーエンはネロの朝食を食べた後ふらっとどこかに消えていった。ミスラは眠れる場所を見つけるため放浪している。ここ数日眠れていないようだったので寝られる場所が見つかるといいのだけれど。
ブラッドリーに関してはスノウとホワイトに連れられ、恩赦のために北の国の小さな村へと出かけていった。
もしもお土産をがあるとすれば、スノウとホワイトが持って帰ってくる、北の国特有の希少な果実だろうか。
今から待ちきれないなとつい時計に視線を移すが、その時刻はおやつどき。彼らが帰ってくるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
数分前に書き留めを行なっていた賢者の書は、今はその役目を終え机の上に置かれている。紫と金のそれは最初の頃に比べると、遥かに記載された内容も増えていた。
魔法使いがどんなことを好み、どんなことを忌避するのか。もしも晶がいなくなってしまっても、晶の字で記載されているそれらがきっと魔法使いたちの、ひいては次の賢者の力になってくれるだろう。
そっと晶は重厚な表紙を撫でた。持ち上げるとずしりと重い賢者の書はいつだって晶の隣にある。
「沢山の話を皆さんとしてきたんだよな……」
賢者の書の内容が増えるということはつまり、それだけ晶と魔法使いたちが言葉を交わしたということ。
初めてこの世界にきた時、魔法使いと人間たちとの確執を知った。酷い偏見や侮蔑の言葉を向けられる瞬間を目にした時、晶は激しい憤りを覚えた。
だからこそ自分ができることをしたいと強く思った。
晶は魔法使いのように、何か大それたことができるわけではない。水を蜂蜜に変えることはできないし、一瞬にして花を咲かせることだってできやしない。
そんな晶ができることといえば人や魔法使いたちと言葉を交わすということだった。
たとえ小さな積み重ねだとしても、いつか誰かの心に寄り添えると信じている。
窓の外で降り続く雨も、彼らと出会わなければ、言葉を交わして心を通わせていなければ、きっとこれから先ただ憂鬱なものとして存在していただろう。
「これからもみんなとの時間を大切にしていきたいな……」
自然と口に出していたその言葉は空気に溶けていく。
談話室は魔法によって一定の室温に保たれている。ひどく心地が良い。窓の外から聴こえてくる雨音は、晶の意識をだんだんとぼやかしていく。
そうして晶の瞼はゆっくりと閉じていった。
気がつけば晶はひとり暗い森を歩いていた。
どこまでも続くその森からは動物や虫の鳴き声も、風に揺られる木々の騒めきも一切聴こえてこない。異常なまでに無音の森であった。
普段であれば煌々と輝いている厄災。年に一度訪れるまるいそれは今は影も形もない。星一つ瞬いていない夜空は、まるで闇を溶かしたかのようだった。
どこか陰鬱な空気に包まれているその場所に、晶はその身を強張らせる。
「誰か……」
声を上げても応えてくれる存在はいない。か細い声は虚しさに拍車をかけるだけだった。
「怖い……」
ただ森を歩いているだけで、首を真綿で絞められているかのような、酷い息苦しさが焦燥感を煽っていく。
ここに魔法使いがいれば、きっと晶のことを勇気づけてくれただろう。隣に立ち、震える手を握ってくれたかもしれない。
けれどここに存在しているのは晶だけなのだ。
強く握られた拳によって、手のひらには爪痕が残っている。晶はそれすらも気がつかないほど強い恐怖心に駆られていた。
「怖い……!」
いつの間にかその足は地面を強く蹴り、晶は衝動のまま駆け出していた。
苔むした小石を晶は蹴飛ばす。度々落ち葉に足を取られ転びそうになる。晶は恐怖を拭うように、森の中を必死に駆けていた。
周りの景色が変わることはなかった。暗い森はどこまでもどこまでも続いていた。
数十分かはたまた数分のことだったのか。だんだんとその脚が上がらなくなっていくのが晶には分かった。ここまで駆け抜けてきたものの限界がやってきたのだ。
「誰か……」
言葉は空気に消える。繰り返される、意味をなさないその行為に晶の視界は歪んでいった。
このままもし誰にも会えず、独りぼっちのままだったら。
悪い想像をすればするほど、鉛をつけたように体は動かなくなっていく。
ついに脚は止まった。もう一歩もその場から動くことができない。そしてその視界はゆっくりと闇に染まっていった。
不意に風が晶の髪を撫でた。はっと顔をあげれば風に乗って甘い匂いが香ってくる。そっと寄り添うように存在するそれは、どこかで嗅いだことのある匂いだった。
「これは……花の匂いだ…………」
そう、それは小さな花束だった。
星に照らされた夜空、開かれた窓。差し出されたそれを晶は昔、確かに受け取ったことがある。
風に靡く夜をこぼしたような髪と、罰が悪そうに揺れる赤が酷く印象的だった。
「晶」
その声が聞こえてきた瞬間、花の匂いを巻き上げて強い風が吹いた。
晶は思わず強く瞼を閉じた。突然訪れた風の音は、無音だった世界にごうと鳴り響く。
風が落ち着き再び晶が瞳を開いた時、視界に映ったその光景に晶は言葉を失った。
晶の目の前に広がっていたものは雨に濡れた美しい魔法舎の森であった。
どこまでも続く夜空ではきらきらと星が瞬きを繰り返している。煌々と輝く厄災は雄大な大地を照らしていた。穏やかに流れる川の水はどこまでも澄み渡り、その側で鳥は楽しそうに旋律を紡いでいる。
まるで心が洗われるような幻想的な光景だった。
雨粒を纏った木々は風に揺れる。そのたびに清涼な香りが漂う。先程まで晶を追い詰めていた暗い森はどこにもない。
「本当に綺麗……」
晶がその光景に圧倒されていると、背後から草をかき分ける音が聞こえてきた。
振り返り視線を移す。そこにいたのはシノだった。
「シノ」
思わず晶はその名前を口に出す。
「晶」
晶を見つめるシノの瞳は力強さを持ちつつも、どこか柔らかい色を秘めていた。先ほどまで恐怖を抱えていた晶の心は、まるで暖炉の焔で温められるように簡単に溶けていく。
「安心しろ、晶」
まるで子供に語りかけるかのように、シノは言葉を紡ぐ。そう、魔法使いたちはこうやっていつも晶の心に寄り添っていてくれた。
会議で酷い言葉を投げられた時も、任務で辛いことがあった時も。美味しい物を食べた時にだって晶と一緒に怒り、泣き、そして笑ってくれた。
隣にやってきたシノは、その左手でそっと晶の右手を握った。いとも簡単に晶の手を包み込んでしまう大きな手。じんわりと温かな温度がグローブ越しに伝わってくる。
嗚呼、どこまでも優しい彼の温もりが隣にあることを、晶はずっと望んでいたのかもしれない。
晶がその手を握り返す。それに応えるかのように、シノの胸元に飾られたそれが小さく音を立てる。
「その勲章……」
笑顔を浮かべたシノは何かをつぶやいた。
「……賢者、おい起きろ賢者」
誰かが自分のことを呼んでいる気がする。揺さぶられるような感覚につられ晶は重い瞼を上げた。
「賢者、ようやく目が覚めたか」
「シノ…………?」
ぼんやりとした意識の中、視界に入ってきたのはシノであった。ふと肩に視線を移せばシノの手が置かれている。どうやら肩を揺らして晶のことを起こしていたらしい。
窓の外を見れば雨はすっかり止んでいた。随分長いこと眠っていたようで、鈍色を帯びていた空には、紺と橙のグラデーションがかかっている。
「はっ、すみません……! 私ったらすっかり寝入っちゃって……。もうこんな時間になってたんですね……」
晶が慌てて体制を整えれば、シノは呆れたような表情を浮かべた。
「こんなところで寝てるとまたファウストにどやされるぞ。お前、前にも同じようなことをネチネチ言われてただろ」
「うっ…………」
シノの指摘している通り、晶は以前も談話室で眠り込んでしまったことがある。その時起こしてくれたのはファウストだった。しかしながら名前を呼ばれて晶が起きてみれば、始まったのは叱言の嵐だったのだ。
危機感を持つことの重要性やらなんやらを、まるで子供に言い聞かせるかのようにコンコンと言われ、さすがの晶もぐったりとしてしまったのを覚えている。
「今後はもっと気をつけます……」
「ああ、そうしたほうがいい。ここには何を考えているか分からない奴らもいるからな」
「はい……」
小さな声で返事をすれば、シノはようやく理解したんだな賢者と喉を鳴らして笑った。
「シノ遅くなりましたがお帰りなさい。魔道具はどうでしたか?」
先ほどのやりとりですっかり目が覚めた晶は、改めてシノに向き合い笑顔を向ける。シノが魔法舎にいるということは、東魔法使いたちも帰ってきたのだろう。寝ている姿を見られたのがファウストじゃなくて本当によかった……!と内心冷や汗をかきながらも、晶は外出の成果を聞いてみた。
するとシノふふんと自慢げに腕を組み、明るく声を上げた。
「ああ、すごい面白かったぜ。想像していたよりも種類があったし、何より今後俺が功績を上ていくのに役立ちそうな強い魔道具があった」
「本当ですか? それはよかったですね!」
嬉々とした表情を浮かべるシノからするに、それほどまでにいいものだったのだろう。
その話を聞くだけで晶はワクワクが止まらなくなる。
ソワソワとし出した晶を見てシノは声を上げて笑った。
「あはは! 今度ファウストの授業で使う予定だから、その時は賢者も呼んでやるよ。かっこいいオレの姿、しっかりと見ておけよ」
「わあ、ありがとうございます! 今からとても楽しみです……!」
冗談めいた言葉を添えてシノは片目を瞑る。それに対して晶は元気よく返事を返した。
「そういえば賢者の方も、賢者の書の書き込みは終わったのか?」
今まで晶に向き合っていたシノは、机の上に置かれた賢者の書を覗き込んだ。
机の上には賢者の書だけではなく、ルチルにもらった羽根ペンや、任務の隙間時間を使って書いていた魔法使いたちに関するメモ書き、そして時間が経って冷めてしまった紅茶が置かれていた。
散らばっているメモ書きは、それはもう乱雑に書かれたもので、人に見せられたものではない。晶は慌ててそれらを一つにまとめた。
そしてシノ一点を凝視していることに晶は気がつく。視線の先、置かれていたのは手作りの栞だった。
シノは栞を手に取る。
それは赤い小さな花の押し花と、上部に濃紺のリボンが結ばれたとてもシンプルなものであった。すると何かに気がついたようで、シノの赤い瞳はだんだんと大きくなっていった。
「この花………」
「気がつきましたか?」
晶は照れ臭そうに笑う。
そんな晶にシノは息を飲み、真っ直ぐにその目を晶に向けた。
「以前、シノから花束を頂きましたよね。その時、言葉には表せないくらい嬉しかったんです。だからクロエに頼んで栞にしてもらいました」
何処か眩しいものを見つめるように晶は言葉を続けた。
仲直りの証の小さな花束。東魔法使いであるシノにとって、他人と関わっていくのはひどく煩わしいことだろう。それでもまた言葉を交わしたいと、シノは花束を晶に送ってくれた。
だからこそ形あるものとして、その証を残しておきたかった。
「栞だったら作るのも簡単ですし、何より賢者の書を書くときに大活躍できるので」
その栞を眺めているとふと、先ほど見た夢が頭をよぎる。
「……そういえば、実はさっきみた夢にシノが出てきたんですよ」
「オレがか?」
「はい」
不思議そうに首を傾げるシノに、こういうところがかわいいんだよなと、晶は的外れなことを考えつつ夢の内容を語った。
「夢の中の私は、音もない暗い森を独りぼっちで歩いていたんです。星もない、厄災も存在しない世界でした。歩いているうちにだんだん怖くなって、夢中で走ったんですけど、全く景色は変わらなくて……」
夢の中で自分が抱いた感情を一つも取りこぼさないように、晶はゆっくりと言葉を発していく。
そんな晶をシノは真剣な眼差しで見つめていた。
「もうだめだって諦めそうになたときに、風に乗って花の匂いが漂ってきたんです」
シノが持っている栞の花は、その手で簡単に隠れてしまえる程に小さい。晶はそっとその栞の花を撫でる。
夢の中でその赤い花はとても大きな希望になっていた。
「そこからは圧巻でした。花の匂いがしたと思ったら、あっという間に暗い森がなくなったんです。そして雨上がりの、夜の魔法舎の森が目の前に広がっていました」
たかが夢の話。そうやって切り捨てるには勿体ないほど美しくどこか泣きたくなるような光景だった。
すると、いままで黙って晶の話を聞いていたシノがどこか納得したように頷く。
「なるほど、だから寝てたときに笑ってたのか」
晶は虚を突かれたように目を瞬かせた。確かにそのとき恐怖から開放はされたが、笑みを浮かべるような気持ちになった覚えはなかった。
少しの間顎に手を当て晶は考えてみる。そしてその答えにたどり着いた。
「シノ、私が笑っていたのはきっと……夢の中でシノが私の名前を呼んで、優しく手を握ってくれたからだと思います」
ひとりぼっちだった世界の中で、シノが自身の名前を呼んでくれたことは、どんな慰めの言葉をもらうよりも心強かった。シノは夢の中で、晶の胸に取りついた恐怖心を、簡単に塗り替えてしまうほどの安心感を与えてくれたのだ。
その安心感は夢が覚めた今でも心の中に灯っていた。その温もりを抱きしめるように、晶はその胸にそっと手を添える。ちょっと照れくさそうに、それでも柔らかな表情で晶は笑った。
晶の言葉が思いがけないものだったのだろう。シノはその双眸を大きく開かせ息をのむ。
そして何かをかみしめるかのように小さく笑った。
「……賢者、手を貸せ」
シノは、おもむろに晶の手を取った。その手つきは酷く優しいもので、不思議そうな表情を浮かべた晶がシノの方を伺えば、シノは逡巡したのち静かに口を開いた。
「オレは……小さいころから星もない暗い夜を過ごしてきた」
過去を思い起こすように、シノは一度視線を落とし淡々と語っていく。
「それを寂しいと思ったことはなかったし、これからもきっと必要になったらそういう夜を過ごすと思う。けど…………」
一度口をつぐんだシノはぱっと顔をあげ、晶のことを真っすぐに見つめてきた。
「けどもしも、晶がまた寂しいと思ったときは、夢と同じように隣で手を握ってやるよ」
その瞳は未来に向かって進んでいく力強さを秘めていた。
夜を照らす輝きをもつ赤い瞳は、星のように煌々と瞬いた。
花束を貰い、勲章を授けたあの静かな夜。
晶はようやく理解する。きっとその時から晶は無意識のうちにシノに心を傾け始めていたのだ。
「……っありがとうございます、シノ。私……とっても、とっても嬉しいです」
込み上げてきた何かに、晶は思わず涙が溢れそうになる。理由はまだ明確にはわからない。けれど、いまはそれでもいい。
これから先、隣にシノがいてくれるのならば、手を握って勇気をくれるなら。きっと幾重にもわたる寂しさも、一緒に乗り越えられると晶は分かるから。
シノの大きな手を晶はぎゅっと握った。
「シノはやっぱりとっても素敵で強い魔法使いですね」
「当たり前だろ。今さら気が付いたのか?」
どこか照れくさそうに、それでも胸を張って得意げに声をあげるシノに晶は声を出して笑った。
ひとりぼっちだった晶の夜はもうここにはない。
小さな花束と、大きな手の温もりが一緒にいてくれるから。
そのときにはきっとまた、胸につけた勲章が輝くはずだ。