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    桜谷ともす

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    桜谷ともす

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    庭師は何を口遊む 現行未通過❌️

    自陣の話、というよりか
    モブがちょっと出る、綾瀬チーフの話。

    #庭師自陣
    theTeacherFromTheCourt

    綾瀬紡という男庭師は何を口遊む END Aへと辿り着いたゼロ課と+αのお話。

    ほいち 綾瀬紡
    ほに  青井海
    ほさん 祈祷願龍
    ほよん 水無瀬遥
    特別出演 猪狩幸太郎、噂好きの女性職員、鑑識課の主任さん


     ゼロ課のチーフ・綾瀬紡という男は、基本的には物腰が柔らかく話しやすいと称される人物である。
     けれど鑑識課では彼のことを手放しに褒める人は居ない。なぜなら。

    「猪狩くん。仕事しなさい。」

     ちょくちょく息抜きと称してゼロ課へ出入りすることがある猪狩を割と雑に扱うからだ。

    【綾瀬という男】

     綾瀬紡、36歳、男性。データ上では独身になっているが彼の左手薬指には銀の指輪がはめられている。
     警視庁特殊犯罪捜査零課、通称ゼロ課のチーフ。並々ならぬ精神力を持ち、現場を指揮する際は常に冷静に物事を見て判断する。

    「なぁんて言われるけどさ。あたしあの人苦手なんだよね。」
    「どうしてよ。」
    「確かに物腰柔らかな紳士だけどさ、班員に殴られても笑顔で居るって普通に怖くない?」
    「あーそれね。冷静に考えると確かに怖いわ。なんで笑っていられるんだ、って。」
    「やっぱあの噂が本当なんじゃない? 実は真性のドMだっていう。」
    「言えてるかも〜!」

     昼休憩時の食堂は非常に賑やかだ。その一角で彼女たちは最近何かと話題に上がるゼロ課について話していた。
     親しい同僚と話しているとついつい興奮して声も大きくなりがち。彼女たちはあまり気にしていなかったようだが、周りの人たちはやや顔を顰めたり、席を移動したりして妙な空間が空いていた。ただ、声が大きいのだけが気になるみたいで、近くにいる職員や警察官たちは彼女たちのゼロ課の話題には神妙に頷くなどしている。
     ゼロ課はあまり快く思われていない。警察組織であるにも関わらず課を超えて自由に動くことの出来るチームは他にないからだ。いくら綾瀬が根回しをしたところでガチガチの体育会系組織は上下関係に厳しい。
     そんなわけで、あれやこれやと陰口悪口叩きながら休憩を取っていた彼女たちは気付けなかった。周りが徐々に静かになっていたことも、ある人物が近づいてきていたことも。

    「私の噂話をするのは構わないけれど、せめて陰口は他の人が居ない場所でやっていただきたいですね。」

     柔和な笑みをたたえながら、ゆっくり近づく男。コツコツという靴音が反響するほどまでに皆が息を潜める。手にはからの食器が載せられた盆。たまたま居たのだろう。悪名高いゼロ課のチーフ、綾瀬紡がそこにはいた。
     そして。

    「つむりーーーん!!! 助けて!!! おれちゃんまた殴られた!!!」

     空気を読まないことで定評のある猪狩幸太郎が、弾丸のごとく綾瀬に衝突した。食器がガチャリと音を立てる。丁度綾瀬の鳩尾に猪狩の頭が入ったらしい。「ゔっ」という苦しそうな声が彼から漏れた。綾瀬の胆力か、彼自身の幸運か。どうやら食器は音を立てただけで、床には落ちなかったようだ。

    「い………、猪狩、くん。」
    「え? つむりん? どったの?」
    「……せめて、……周囲の、……安全を、……確保、してから、……ね。」
    「えっ? ……あー、つむりんごめんね?」
    「……あと、…わたし、…四捨五入したら、40だから。」
    「ごーめーんーてー! ってか、つむりんそんなに歳いってたんだ! めっちゃ年上じゃん!」

     やいのやいのわあわあ。先ほどまでのピリついた空気は霧散し、場を支配するのは最強ノンデリ男だった。周囲にいた人たちはみなほうけた顔をして綾瀬と猪狩、そして噂話をしていた彼女たちを見る。皆が皆、何が起きたのか理解しきれない様子だった。
     そんな空気を気にしないつもりなのか、綾瀬は腰をさすりながら「噂話も程々に。聞きたいことがあれば答えますから。」と告げると、キャンキャン騒ぐ猪狩をいなしながら食堂をあとにしていった。結局のところ、闖入者のせいで噂が嘘なのか真なのかは語られず。自身の噂話に対して、声を荒げることなく対応した綾瀬の不気味さが浮かび上がっただけだった。



     翌週。噂話に尾鰭背びれが付いていろんな人が「ゼロ課の綾瀬は被虐趣味を持っている」という謎の共通認識が広まり始めた頃。食堂で噂話をしていた彼女たちは、自分たちで話した以上に盛りに盛られたその噂の内容があまりにも気になりすぎて直接本人に確認しようと試みた。
     だって、聞いていいって言われたもの。
     そう内心で言い訳をしながら恐る恐る昼食をとる綾瀬に話しかけた。

    「あ、あの、綾瀬さん。」
    「うん? どうされましたか?」

     彼の盆には日替わり定食とコーヒー、何故かコンビニスイーツが乗せられている。そしてその正面には机に頬をぺったり付けながらむすくれた顔の猪狩。綾瀬の定食を勝手に盗み食いしながら延々と何かを語っている。猪狩の話す言葉は若干聞き取り辛く、ひたすらにモゴモゴと愚痴を吐いてる。

    「その、聞きたいことの前に。」
    「ええ。」
    「……つまみ食い、されてますけど。」
    「よくあることだから気にしなくていいですよ。」

     気にしろよ。よくあることかよ。
     彼女たちと付近にいた職員の心は一瞬一つになった。

    「それで、その。……綾瀬さんってドMなんですか?」
    「ああ。それについてか。私に被虐趣味はないですよ。そう見えるのもしょうがないと言えばしょうがないですけどね。」

     からからと笑うその男に彼女たちは一抹の不気味さを覚えたが、すぐにそれは消えた。

    「私を殴る程度で、水無瀬さんの照れ隠しという名の自傷行為や壁の破損から守れるなら、安いものだからね。」
     と、半笑いの遠い目で語る彼の顔は非常に疲れているように見えた。一日に何回照れ隠しという名の暴力を受けているのだろう。そう考えて、別の意味で不気味さを覚えた。並々ならぬ精神力とかそういう次元じゃない。そう思わずには居られないほど。

    「ただでさえ警察庁サッチョーの人々から悪感情を抱かれやすい警視庁所属なのに、その中でも特殊犯罪捜査零課ウチというのはうんと特殊な立ち位置でしょう。しかもついこの間ゼロ課との関わりがあった的場が逮捕されたとまで来た。神童さんや猪狩さんが居たから班としてまだ存続できているが、その分だけ悪評も耳に届いている。

     さて、そんな悪名高いウチが備品を壊しまくったら?
     きっと君たちはこう考えるだろう。
     ―――『早く特殊犯罪捜査零課ゼロを解体しろ』、と。

     結局のところ我が身かわいさからの行動でしかないですよ。五十歩百歩なところはありますがね、私が被虐趣味を持っているという噂が流れるほうがよっぽどマシだ。私の名誉が毀損されるだけで終わる。それだけですよ。」

     ズ、と一口コーヒーで口を潤したあと、彼は追加でこう放った。
    「まァ、誹謗中傷している人は勿論リストアップしてますからね。目も当てられないようなことを言われるまでは目を瞑っておきますよ。」

     綾瀬紡という男がにこりと笑う。人好きのする笑顔のはずなのに背筋が凍る。ひゅう、という音が聞こえる。自分の頭の中で音が反響する。ああ、この男は感情というものが無いのだろうか。そう思ってしまうほどの恐怖が身を支配する。

    「おや。……ほら、座って。水を飲んで少し休むといい。」

     甲斐甲斐しく世話を焼く目の前の男は、本当に人間なのだろうか。きっとその疑問を口に出したら答えてくれるのだろうが、それすらも怖かった。同じ人間だとは思いたくなかった。

    「つむりん相変わらず淡々と事実確認していくじゃん? そんなんだからはるかっちに避けられるんだよ?」
    「えっ、私そんなに淡々としてた?!」
    「めっ〜〜〜〜ちゃしてた!!! 尋問してンのかって思っちゃうくらいよ???? おれちゃん慣れてるからね、平気だったけどさ。うわさ話の好きな年頃の女の子からしたら淡々と話すのめっちゃ怖いって。やーいつむりんの仕事人間!!!!」

     綾瀬の膳を七、八割つまんでいた猪狩が「空気は吸うもの」と言わんばかりにぶち込んできた。先ほどまでの愚痴は勝手に解決したらしい。

    「つむりん時々マジで人間味薄くなるじゃんね。取り調べの時はいいけどさ。」
    「ほら……、誰だって、感情的に詰られたら参るだろう。」
    「淡々と言われる方がキツイって。そもそもりょーちゃん居なくなってから何回マル被泣かせた? 覚えてる?」
    「………ほぼ、毎回だな。」
    「ダメじゃん!!!!!!」

     キャンキャン鳴く犬のような猪狩と項垂れる綾瀬という組み合わせは、あまりにも異様な光景だった。常に冷静沈着で柔和な笑みばかり浮かべるゼロ課の班長がシワシワな顔をして参っている表情をしているのだ。「私ってノンデリな上に人間味も薄いのか…」と顔を覆う綾瀬に、周囲に居た人たちの心はまた一つになった。
     ―――お前の人間味のあるところ見たことねーよ、と。

    「えー…………。私そんなに怖いか…………。」
    「ぶっちゃけ最初の頃りょーちゃん居なかったらおれちゃん泣いてた。」
    「…………………ふむ?????」
    「だって何回ミスしたって怒んないんだぜ!? 逆に怖い!!!」
    「生きてる以上失敗はつきものだろう。怒ってどうにかなるなら怒るけど。怒ったらその分萎縮してさらに失敗を重ねてしまうって、……脳科学の本だったかな、に書いてあったし。」
    「だとしてもよ!!!!!! ため息も呆れもせず『怪我はない?』『対策を考えようか』『一緒に原因探してみよう』って言われ続けたら怖すぎて泣いちゃうからね!???!!??! おれちゃんそのうちライン超えしてバチバチにキレられるーーー!!!! ッて思ったくらいだかンね!??!??!!!」

     イッチャン最初の懇親会で酔っ払ったつむりんに滅茶苦茶お世話されたから、それからは慣れたけどサ。と再び机に頭を預けて口をとがらせる猪狩に「泥酔した時の私のことは恥ずかしいから話さないでって言ってるでしょ」と耳を赤らめる綾瀬の姿。
     鉄仮面のような笑顔とは違うその表情に、噂話を聞きに来た彼女たちは漸く彼がちゃんと人間であると理解できたのだ。それほどまでに綾瀬という男の理性は頑強であると言えた。

    「うぅ………、また神童さんにからかわれるだろう………。」
    「しんどーちゃんにからかわれた事あんの!!! おれちゃん聞きたい聞きたい聞きたい!!!!」
    「……さ。仕事の時間だよ、猪狩さん・・・・。」
    「ちぇー。はいはい、やりますよぉ〜。」
    「あ、ごめんなさいね、騒がしくして。また聞きたいことがあればいつでもどうぞ。聞かれたらちゃんと答えますから。」

     そう告げて、返事を聞くこともなく綾瀬はすっかり空になってしまった盆を片手に席を立った。



     翌週。
     結局のところ綾瀬の被虐趣味疑惑は晴れることはなかったが、それでもゼロ課の中でちゃんと話ができる人間という評価を得ることになった。

    「まあ、お前がドMであろうとなかろうと。一番若いのと猪狩連れてこれる分は庇ってやるよ。」
    「別に私痛いのが好きなわけじゃないんですよ。ねえ。聞いてます? 主任?」

     喫煙室にて鑑識課の主任は笑う。

    「マ、誰かのためにタマぁ張れんのは相模原も綾瀬も変わらんな。」

    【綾瀬という男 了】
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