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    ケイタ

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    ケイタ

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    「Daybreak Darkness」最終話。
    ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
    前←https://poipiku.com/56980/11646744.html

    ##ヴァルキリーアナトミア
    ##DaybreakDarkness

    「Daybreak Darkness」最終話1.
     体が軽い。なんでもできそうだ。手足を動かそう。飛んで、跳ねて、着地して。
    ぶつかるものを感じた。遠ざけよう。手に足に当たるものを遠ざけよう。

    音がする。片方は剣によるもの、もう片方は鉱物を含んだようなより硬い音。
    音がする。布を薄皮を引き裂く音。
    音がする。ポタポタと地面に落ちるものと、体を駆け巡るもの。

    声がする。叫び声。誰かの名、不快な名前。壊したい。消したい。
    叫ぼう。うるさいと。目障りだと。耳障りだと。

    全部、いらないと。


     月明かりの下、吹く風に足元のスズラン達が柔らかく揺れる。
    幻影空間なのにも関わらず、スズランの甘い香りが鼻腔をくすぐるのも、まやかしなの一種なのかもしれない。
    そして、この空間を揺らすスズランの音とは別に、獣の様に低く唸るような咆哮が響き渡る。
    表現し難い声に、悪魔のような姿。人であった最後の杭を自身で抜き、人であることを"彼"は捨てた。
     
    月に吠える獣のように"彼"は再度、咆哮する。その姿は最早、人の形をしていなかった。
    せき止められていた魔物の血によって細胞が活発化し、人の形を保てていた箇所は肥大化し、背丈は倍の大きさになり
    皮膚は爬虫類を想わせていたものがより鋼の様に強固なものへ。
    頭の角は長く鋭く螺旋上に伸び、口は裂け、鋭い牙が覗いていた。

    レナス達は満身創痍の最中、武器を構えその姿に息を吞む。
    数々の任務の中で、様々な魔物や死霊の類を相手にしてきたが"彼"……"彼だった者"は桁違いに凶悪だった。
    先手を打つか、このまま相手の出方を見るか。考えを巡らす最中、"彼"が先に動く。
    低い呻き声と共に左拳を地面に向けて振り下ろされ、土を盛り上げながら何かが猛スピードでレナス達を目掛けて突進してくる。

    「避けろ!」

    レナスの声で一同は散開し、地面の中を猛スピードで突進してくる何かは勢いを殺すことなく、地面から飛び出てきた。
    "彼"の肥大化した左手がレナス達の居た場所に姿を見せ、叩き潰すように地面を叩く。
    叩かれた地面に咲いていたスズランが土が舞い上がり、"彼"の巨体を隠す。
    パラパラと舞い上がったスズランと土が重力に従い落ちてくる中、散会した四人は"彼"の次の攻撃に備える。
    クルトは自身の大剣を体の前に防御の姿勢をとるも、背後に現れた"彼"の殺気にすぐ様反応をし振り返った。
    ―ガンっと大剣を砕くような重い拳が剣身に命中し、防ぎきれたとクルトは安堵するも"彼"はもう片方の拳を素早く入れ替えるように次々と大剣へ、その先のクルトへと攻撃の手を止めずにいた。

    ― 拳をいなすか、だけど。この速さをどうやって?

    いつもならば体が反応をするも、自身の反応を上回る"彼"の速さに付いていくのがやっとだ。

    「クルト!」

    "彼"とクルトの間を切り離す様にアルトフェイルが剣で介入するも、アルトフェイルの剣に即座に反応した"彼"は巨体をしなやかに動かし、弧を描くように軽々と後ろに飛び退き"彼"は地面に着地した。
    赤く光る目がクルトとアルトフェイルを捉え、威嚇するように牙をむき出しさらに唸る。
    それは"彼"と初めて遺跡で出会った時のような目だった。獲物を喰らう為、破壊するために動く獣の目。
    二人はあの時以上の恐怖を感じ、背筋に緊張が走る。

    「レナス、増援はまだか?!」

    距離はあれど、声が届く範囲にいるであろうレナスへアルトフェイルは叫ぶ。
    声が裏返ったかもしれない、しかし今は背筋に感じた緊張を振り払えたのならそれで良い。

    「ムニンを飛ばしたが、戻ってくるまでに時間は掛かる!持ちこたえろ!!」

    レナスの声はアルトフェイルの後方から聞こえた。
    幸いにも全員、"彼"の一撃受ける事なく回避はできたようだった。少しの安堵はあるが"彼"の攻撃が読めない。
    ましてや先程まで出ていた月が雲に隠れ、暗闇が辺りを支配する。
    自身の鈍らになりつつある武器を構え"彼"から目を離さず、ジリジリと二人は後退していく。

    「持ちこたえろって言われても…!」
    「アルトフェイル!前!!」

    アルトフェイルがほんのわずか"彼"から目を逸らした瞬間、"彼"は動いた。
    クルトの声を聞いた直後、アルトフェイルの眼前には既に"彼"が距離を詰めていた。
    剣で防御するのが先か"彼"の拳が届くのが先か、アルトフェイルは剣を前に防御の態勢を取ったが"彼"の狙いは真正面ではなかった。
    体勢を低くし、下から抉り取る様にアルトフェイルの死角から拳を突き挙げる。
    呻き声を上げるより早くアルトフェイルの体は宙を舞い、"彼"の速く重い追撃の蹴りによって飛ばされる。
    クルトは"彼"に一撃を与えるよりも、アルトフェイルへのダメージを軽減を優先し、アルトフェイルの体を追いかけた。
    しかし、それもまた"彼"の狙いだった。
    背を見せてしまったクルトに対し"彼"は掌が突き出し、そこから赤黒い波動がクルトとアルトフェイルに向けて放たれる。
    「しまった」とクルトが自身の判断を嘆くよりも先に赤黒い波動を受け、アルトフェイルと共にスズラン畑の地面に叩き落とされた。

    「クルト、アルトフェイル!」

    その姿を見たアルフィオは二人に駆け寄ろうとするも、次に"彼"が目視したのはレナスだった。
    二匹の獲物を追いやった"彼"は、ゆっくりとした動作でレナスの方へと向き直る。
    獲物を狩る目はさらに鋭くより殺意を秘めていた。
    レナスは"彼"の次の行動に備えるも、"彼"の姿が一瞬で視界から消える。
    どこだ、と目だけで周囲を探し、後ずさりをする。レナスは自身の鼓動音と足元に揺れるスズランの音がやけに大きく聞こえた。
    ごくりと、息を呑む。新しい空気を吸おうとした時だった。
    赤い光がレナスの目の前に現れる。

    「レナス!」

    横から質量のある衝撃がレナスの体を包み、手からは握っていた剣が放れ、そのままスズラン畑に沈む。
    土と植物の独特な湿り気と布のような質感が視界を覆い、痛みを感じないのをレナスは不思議に思い視線を上に向ける。

    「大丈夫?」

    アルフィオがそこにいた。
    察するに、先程の衝撃もアルフィオの咄嗟の回避行動によるもので、庇われる形でスズラン畑に沈んだようだった。
    「あぁ、すまない」とレナスは体を起こしながら、元居た場所に目を向ける。
    レナスは言葉を失った、その光景は"彼"がレナスに向けた一撃を物語るには十分だったからだ。
    先程まで美しく咲き、揺れていたスズラン達は無惨に引き裂かれ、土ごと深く抉り取られていた。
    もし、自分が避けずに防御の姿勢でいたならばと、想像すると背中に冷や汗が伝う。
    その姿を見たアルフィオは、レナスだけでもこの空間から逃がそうとレナスを立ち上がらせる。
    肩に手を添えられアルフィオに導かれるままレナスは立ち上がるも、途端に肩に添えられていた手の感触が無くなった。

    「アルフィオ……?」

    振り返るとそこにアルフィオはおらず、代わりに背後に居たのは"彼"だった。
    赤い双眸が「逃がさない」と後退りをするレナスを捉えた。



    「大丈夫か?アルフィオ」

    アルフィオが"彼"に吹き飛ばされた先には、仰向けに倒れたクルトが居た。
    "彼"の一撃は凄まじいものではあるが、まだ力が完全ではないのか死に至るものではなかったようだ。
    吹き飛ばされた際、外套の一部に組み込まれていた自身を強化する血液入りの袋もどうやら破損したらしく、アルフィオが左胸を押しても反応が無かった。
    アルフィオはボロボロの両腕に力を入れて体を起こし、グラつく視線を頭を横に振って直す。
    視線の先には後退りしながら距離を取ろうとするレナスが見え、彼女の命を狩り取ろうと左手を大きく振り上げている"彼"がいた。

    ― まずい、このままでは。

    走って間に合うか。いや、この距離では間に合わない。
    間に合ったところで"彼"に対抗する手段はあるのか。
    アルフィオが思考を巡らせれば巡らせるほど、目の前でこれから起こる事態を回避するのは不可能だった。

    「レナス!」

    一歩でも先に、這ってでもレナスの元へ行こうとするアルフィオの腕に「コツッ」と石ではない、別のなにかが当たる。
    視線を下に、視界に映ったそれはまるで「自分を使え」と訴えているようだった。
    あの赤い杭だ。
    僅かながら血が付着しているそれは"彼"が自身で抜いた、最後の一本だった。

    「クルト、僕を投げ飛ばして!」

    咄嗟のアルフィオの声にクルトは「え?」と視線だけで返事をする。
    「早く!」と急かす声色にアルフィオの真剣な眼差し。理由を聞くよりも直感でクルトの体は動いた。
    鈍らとなった大剣を両手に持ち、アルフィオに目で合図をする。
    「ごめん」と短い言葉と共にアルフィオがふわり、と剣身の面部分に乗る。
    一人分の重さなどクルトとってはこの際どうという事はなく。己の持つ最大、最後の力で大剣を振りアルフィオを頭上高く投げ飛ばした。
    「いってこい」とクルトの掠れた声がアルフィオには聞こえた気がした。

     両手で持った赤い杭を落とさぬよう、しっかりとアルフィオは抱きしめる。
    上昇し続ける体、ある程度の高さまで上昇し眼前に広がる俯瞰風景。
    スズラン畑を遠くまで見下ろせる高さ、"彼"の頭部を見下ろせる高さ。しかし、景色を楽しむほど悠長な時間はない。
    最大の高さになったところで体が重力に従う様に徐々に落下していく、視線の先には"彼"がいた。
    アルフィオは胸に抱いていた杭を手に握りしめ、力を一層強くする。
    "彼"はすぐアルフィオに気付きレナスからアルフィオへと対象を変え、空へと左手を向ける。
    手のひらから黒い波動が形を成し、迎え撃とうとしていた。
    しかし、アルフィオは防御態勢を取るどころか手に握りしめた杭を構え、落下の軌道を変える事も速度を緩める事もしなかった。

    ― このままでいい。

    "彼"の胸に杭を刺すには並大抵の力では刺さらない、魔物の血による強化がされていない素の状態の自分なら尚更だ。
    それならば、自重に加えて落下の勢いで杭を刺す一発勝負にアルフィオは賭けることにした。
    徐々に"彼"との距離が迫り、"彼"が左手に形成された波動を放とうとした時だった。

    「させるか!」

    叫び声と共に"彼"は自身の体に二人分の重さを感じ、視線だけを下に重さのもとを見る。
    レナスと、アルトフェイルだった。
    ボロボロになりながらも二人は撃たせまいと、左右から同時に"彼"の左脇腹や右腕に飛び掛かり妨害をする。
    "彼"は二人を振り払おうにも今、左手を降ろせば上空から落ちてくるアルフィオの攻撃に対抗する術がない。
    唸り、咆哮し"彼"は左手を下げず二人を振り払おうとするがビクともしない。

    「うぉおおおお!!」

    アルフィオはあと数メートルの所で叫んだ。
    腹から出した声は"彼"の咆哮に対抗するように。
    もしも、と最悪な事態が頭を支配しないように。
    この賭けに勝つように。

    "彼"はやっとレナス、アルトフェイルの二人を振り払い頭上を見上げる。
    目が合った。その次に"彼"が感じたのは皮膚を突き破り、骨を貫通する感触と鈍い音と重み。
    杭の先が自身の心臓に到達するのは一瞬だった。熱さと血が逆流する感覚が体を支配していく。
    咆哮に紛れて喉を通る血の味。
    "彼"の体は内側から膨れ上がり限界に達し、体中から光が漏れる。
    アルフィオは眩しさに瞼を強く閉じ、顔の前を両腕で覆うも腕の隙間を衝撃波が駆け抜ける。
    "彼"の咆哮が一層強くなり、辺りは地鳴りのような声が響き渡る。
    そして、咆哮が止んだかと思えば硝子が盛大に割れるような音がし、辺りは暗闇に包まれた。


    次にアルフィオが瞼を開けた時、辺りはまだ暗闇だった。
    "彼"の懐に居たはずだが、自身の輪郭を認識できるかわからない程、暗く曖昧であった。
    すると周囲を照らすよう一筋の温かな光が見え、自身の輪郭がはっきりとした横に"彼"が立っていた。
    あのおぞましい姿ではなく出会った時の"彼"の姿だった。その横顔は、遠くにある光をただ静かに見つめていた。
    "彼"の視線を追うようにアルフィオも光へと視線を動かす。
    それは夜明けの光だった。
    徐々に辺りも明るくなっていきアルフィオと"彼"を含め、世界の輪郭を露わにしていく。

    「綺麗だな」

    ポツリと独り言のように"彼"は言う。その声はどこか安堵するような優しい声だった。
    表情も険しさが消え、ただ目の前に在る光景を目に焼き付けているようだった。

    「ねえ、知ってる?」

    アルフィオの声に"彼"は振り返り「なにが?」と視線を寄越す。

    「世界はね、夜明けを迎えるたびに生まれ変わっているんだ」

    「…生まれ、変わる…?」と"彼"は呟き、その言葉にアルフィオは頷く。
    まだ意味を理解できずにいる"彼"にアルフィオは続けた。

    「世界も人と同じように生と死を繰り返していて、朝日と共に新しい希望が生まれるんだ」

    とある人からの受け売りだけどね、とアルフィオは苦笑いをする。
    "彼"はアルフィオのその言葉を聞き、視線を再び夜明けの光に戻す。
    ふと、何気なく"彼"はアルフィオに問いかける。

    「それは、俺も?」

    純粋に口から出たのかもしれない。"彼"はアルフィオの言葉を待っていた。

    「もちろん。君にも、君のリィサにも……!」
    「俺、化け物なのに?」
    「君は化け物なんかじゃない」

    "彼"はアルフィオの言葉に目を見開く。
    言葉に詰まりそうになりながらもアルフィオは真っすぐ"彼"の瞳を見て答える。

    「君は人間だよ、僕と同じ」

    "彼"は小さく、安堵するように微笑んだ。
    ぎこちなさはあれど、その微笑みは心の底から出たものだとアルフィオにはわかった。
    最後まで微笑んだまま"彼"は足元から粒子になり夜明けの空へと消えていった。
    その姿をアルフィオは見送り、"彼"がいた所に視線を落とす
    赤い杭が朝日に静かに照らされていた。

    「さようなら、もう一人の僕」

    アルフィオは赤い杭を胸に抱き、そう呟いた。




     パリン、とガラスの砕ける感覚があった、途端に感じる寂しさと悲しみ。
    緋色の死神こと、緋色の選定者は自身の胸に手を当て"彼"が消えた事を悟る。
    しかし悲しみに暮れる暇もなく、彼女の首筋に一筋の刃が向けられる。

    「白麗……アーリィもそうだが、お前たち戦乙女は血の気が多くて困る」

    死神は溜息を吐き、自身の後ろで刃をかざす白き戦乙女こと、白麗に呟く。
    蒼く緩やかに流れる髪、白鳥を思わせる蒼と白の甲冑は目の前にいる緋色を滅さんと静かに揺れていた。
    別動隊として動いていた白麗は、今しがた目標である死神を見つけた所だったのだ。

    「何か言い残すことは無いか?」

    緋色の選定者の首筋に「逃すまい」と白麗の双剣が光る。
    しかし、緋色の選定者は元から表情が読める相手ではないにしても、この状況で落ち着いており白麗の揺さぶりも効いてはいないようだった。

    「…私は直に消える。これ以上の抵抗は、無意味と思っているさ」

    淡々と、しかしどこか憂いのある声だった。
    不審に思いながらも白麗は手を降ろすことなく緋色の選定者を見つめる。
    すると緋色の選定者は懐から二つの水晶を出し、肩越しから緋色の選定者を見ていた白麗は、彼女の次の行動に備えた。

    「なんだ、それは」
    「もはや私の行く先には必要のないもの。好きに使うと良い」

    さらさらと死神の足元から膝、腰、胸と砂のような粒子が舞い上がり緋色の選定者は消えた。
    その場には傷んだ羽根飾りの兜と二つの水晶だけが残り、白麗はおもむろに水晶を持ち上げ太陽にかざす。

    その水晶の中には見知った薔薇の眼帯と、短剣のようなものがそれぞれ映り込んでいた。


    2.

    「”自分を粗末に扱うのはやめてね”と昔、誰かに言われたのだけど覚えているかしら?」

     小鳥のさえずりが聞こえる中、淡々とした女性の声が病室に響く。
    ベッドボードに背中を預け苦笑いをしながら、アルフィオは言葉に詰まった。
    喪服を思わせるような黒衣に同じく黒いベールを被った女性ダリネは、アルフィオの乗るベッドの横に椅子に座りながら手をかざしていた。

    あの一件から数日。
    終わったとはいえ暫くは定期的な施術が必要ともあり、交代制での施術になり本日はダリネの当番であった。
    彼女は病室に入ってくるなり、厳しい目をアルフィオに向け今に至る。

    「まあ、良いわ。レナス達も無事に帰ってきたし、あなたも二日三日と寝て体調も良さそうね」
    「うん、おかげ様で……みんなにも心配かけたね」

    「はい、終わり」とダリネはかざしていた手を下げ、自身の膝に置いていた愛用の小型香炉を手に取り椅子から立ち上がる。
    ふわりとダリネの香炉から優しい香りと煙が流れ、室内にいるダリネとアルフィオを包む。

    「自覚があるなら今後は無茶をしないことね、それに」

    首を傾げアルフィオはダリネを見る、彼女の顔はいつもの寂しそうなものではなく悪戯をする子供の様な顔で

    「酒豪達を介抱する手が減るのは正直、困るわ」

    と言い、その言葉にアルフィオは口元を緩めて笑った。
    すると病室の扉が開かれ、見知った金色の髪が二つ、病室の主に遠慮することなく入ってきた。

    「よぉ、具合はどうだ?」

    入ってきたひとりはクルト、もうひとりはアルトフェイルとダリネの顔も先程まで見せていた表情から一転、普段通りの顔になり二人を見て目を細め口元を緩めながら

    「二人とも、アルフィオをちゃんと見ててね」

    と言い「じゃあ、私はこれで」とダリネは黒衣の裾を翻し、早々に病室から出ていった。
    その後ろ姿を見送った三人は顔を見合わせ、先に口を開いたのはアルトフェイルだった。

    「まだ出歩けそうにないのか?」

    「うん、もう少し掛かりそうなんだ」

    アルフィオに起きていた一連の状態はあの一件以降、まるで何事もなかったかのように治まった。
    しかし、"彼"との一戦での傷だけでなくそれ以前に負っていた傷口も開いたことにより、アルトフェイルやクルトよりも回復が遅く、いまだにベッドから出られずにいた。
    先程の施術も、やはり長時間アルフィオの魂と"彼"の魂が接近したことにより僅からながらの可能性も考えられた為、行われていた。

    「しっかし、今でも信じられないな~もう一人の自分って」
    「クルトっ」

    クルトがぼんやりと呟き、その言葉にアルトフェイルはクルトの脇腹を肘で突く。
    その鮮やかな動きにアルフィオは驚きながらも、戻ってきた穏やかな雰囲気に安堵していた。
    しかし同時に少なからず背負ったものもあるのだと、アルフィオは左手に視線を落とす。

    「彼の想いも背負っていくよ。この先も、ずっと」

    左拳を握れば人間の皮膚の感触があり、つい先日まであった異形の感触はもう無かった。
    "彼"の無念は自分とは関係ないのかもしれない、しかし。
    アルフィオ自身にも起こり得た可能性であり偶然とは言え、"彼"と出会ってしまったのは確かだ。
    今回の一件で自身の魂が別の魂に吸収されるという事態も、"彼"の最後の顔もアルフィオは忘れることはないだろう。
    アルフィオは祈る様に瞼を閉じた。

    「アルフィオ……あの、実はな……」

    アルトフェイルがなにか言い淀む中、病室の扉が勢いよく開かれ、何事かと三人は扉を凝視する。
    外から入ってきたのは栗色の緩く流れる髪に薔薇の眼帯をし、ベロア調の赤いドレスを着た派手な化粧をした少女だった。
    その少女をアルフィオは知っているが、自身の記憶の中にいる少女とは雰囲気がとても異なっていた。

    「せ、セナ?」

    いつもと雰囲気の違う彼女は扉から影になるであろう箇所に留まり、息を殺す。
    そして驚いている三人の顔を見ては凄まじい形相で睨み、その顔は「言ったら殺す」と物語っていた。
    すると物の数秒、彼女を追ってきた別の誰かによって病室の扉が開け放たれる。

    「あれ?今、ここに私が来なかった?!」

    同じく外から入ってきたのは栗色の髪に橙色の衣服をまとい、まだ幼さを感じる少女だった。
    アルフィオの知る少女であり、カラドックの弟子ことセナは室内の三人の顔を見ては不思議なことを言い放った。
    クルト、アルトフェイル、アルフィオの三人は扉のすぐ裏に居るもうひとりのセナの形相と、いましがた扉を開け放ったセナから
    なにかを察し口を開けず首を横に振る。
    その反応に不服そうな顔するセナは、扉の裏にいるもう一人の自分の存在に気付かずにいた。

    「もー、どこ行っちゃったんだろうっ。ありがとう、お大事にね!」

    バタン、と扉が締められパタパタと慌ただしい足音が遠ざかったのを機に、扉の裏に隠れていたセナも静かに扉を開ける。
    去り際に「どーも」とぶっきらぼうな声色で扉を閉め、反対方向へ走っていく音が聞こえた。
    嵐が過ぎ去ったように病室は静かになり、取り残された三人のうち二人は呆れ顔をする。

    「ど、どういう事?」

    状況が呑み込めずにいたアルフィオはクルト、アルトフェイルの顔を見た。



     話は遡る事、"彼"との戦闘後の事であった。
    増援で赴いた他のエインフェリア達に担がれ、気絶したままのアルフィオが懐に抱いていた赤い杭をレナスが回収。
    後に、主神オーディンへと献上した時の事だった。

    謁見の間にて、主神オーディンはレナスによって回収された赤い杭を手に取る。
    独断、魔力があるわけではない。しかし、手に取って感じる魂の波動に主神は目を見張った。
    レナスよりも先に白麗が回収してきた薔薇の眼帯や短剣にも同じ事があり、主神はこの赤い杭にも僅かながらの可能性を感じたのだ。

    「ふむ、確かに」

    主神の手から運命の女神ことレナスに赤い杭は手渡され、レナスは一礼し謁見の間に併設されている別室へと歩いて行った。
    そのレナスの後姿を主神に仕える烏ムニンと、双子であるフギンは見送り主神へと向き直る。

    「オーディン様、よろしいのですか?」

    フギンは切りそろえた前髪のしたにある眉根を寄せ、主神に問う。
    主神は白髪の髪を揺らし、黄金の瞳を静かにフギンに定めた。

    「なにがだ?」

    ゆっくりと、低く返す。
    主神のその声にフギンは一瞬、肩を震わせるも言葉を続けた。

    「お言葉ですが、あの者達は我々の敵です。選定するに値しないのではないかと」

    確かにその通りなのだ。
    理由はあれど彼らはまごう事なき大罪を犯した張本人達であり、本来ならば異世界からきたアーリィに判断を任せたい所ではあったのだ、しかし。
    当の本人であるアーリィは彼らの遺物を見るなり脅威とはみなさず、自身の世界にメルティーナと共に帰っていったのだ。
    ならば、どうするか。主神の中での答えは決まっていた。

    「……生きたいと願い」

    ポツリと呟く声にフギンとムニンは耳を傾ける。

    「消滅していく魂は数知れない。その中でも戦乙女が選定した魂は平等に神界へ来る。今回もただ、レナス自身が選定に値する魂だと決めた。ただそれだけだ。」

    その言葉を聞くなり、フギンは黙って肩を落とす。ムニンはその肩に優しく手を添えた。




     其処は暗闇だった。
    上下左右、前後も全て暗闇に包まれ世界には、ひょっとして自分しか存在しないのではないか?と錯覚するほどであった。
    その暗闇の中、はじめは豆粒ほどだった光が徐々に大きくなり、レナスの輪郭を照らしていく。
    レナスは自身の胸の前に現れた、瞼を閉じ鈍く光る魂を包み込むよう両手を添える。

    「お前はどうしたい?」

    その光、魂にレナスは問い掛ける。
    その魂はレナスの問いに対し「お前もそう聞くのか」とレナスの心に直接、語り掛けてきた。

    「今のお前の魂はエインフェリア『候補』だ。選定はする、だが」

    レナスは瞼を開け、対峙する魂を見つめる。

    「この先どうするのか、選択はお前次第だ」

    レナスの言葉を最後に沈黙が流れる。
    長く長く感じた沈黙は解かれ、魂の方から歩み寄る様に答えが返ってきた。

    ― 俺は願いを叶えるために、今度こそお前の命を奪うかもしれないぞ?

    魂からの返答は穏やかなものではなかったが、レナスは魂自身が本心で言っているのではないと知っている。
    なればこそ、レナスは返すのだ。

    「そうなったとしてもまた、もう一人のお前が立ちはだかる」

    魂は表情こそないが、ほんのわずか揺らめいた。
    その揺らめきを見てレナスは言葉を続ける。

    「それだけ私はあの者たちを信じている。だから、もし私と共に来るなら、お前のことも信じたい」

    その言葉に魂がなんと返してくるのかレナスにはわからない、しかし。
    魂自身が求めているならば、返してくる答えはひとつだ。
    静かに揺らめきながら魂は「レナス」と運命の女神の名を呼び、こう続けた。

    ― もう一度、夜明けは見れるか?

    その問いに対し運命の女神は「お前が望めば」と返した。




    3.

    「よし、じゃあこれを届けてもらおうか。新人の初任務は主に雑務だ」

     目の前にいる銀髪の女は口元に笑みを浮かべ、黒い外套を手渡してきた。
    手渡された黒い外套は、自身が着用している外套と酷似していた。

    「では、よろしく頼むよ。なに、目的の場所ならここからすぐだ。私はこれから研究に勤しみたいのでね」

    「あ、それとも」と女はこちらを品定めするような視線を寄越す。

    「君の髪の毛をくれないか?とても興味があってだね、それにそのツノも」

    と早口で捲くし立て、その圧に後退りし後ろ手で扉を開け研究室から出る。
    閉めた扉の向こうから「もー!良いじゃないか、少しくらい!」と女の声が聞こえ、捕まらないうちに足早に退散した。
    あいつは「ソフィア」という名前らしい。正直、あまり関わりたくない。

     大理石の床をコツコツと心地の良い足音が響き、気持ちの良い日の光が窓から差す。
    廊下を突き進み右手側に見えてきたのは食堂だろうか、大小様々。種族や性別も関係なく、各々が食事をし
    任務を終えたのであろうか酒を飲んで気持ちよさそうに談話し、笑いあっている姿があった。

    ふと、その中に見知った色素の薄い赤毛と、両の眼がそれぞれ緑と赤の瞳が二人それぞれ並んでいた。
    片や酒を飲んで気持ちよさそうにしており、片や酒に潰れそうになりながら金髪の巻き毛、花の髪飾りを有した女に介抱されていた。
    酒を飲んで気持ちよさそうにしている者は、共に行動をしていた者だった。
    思い起こせば、厳しい表情ばかりだったのに彼女はこんな表情をするのだと改めて思った。
    酒に酔い、楽しそうな彼女のを横目に邪魔にならないよう歩を進める。
    すると、食堂の出入り口から少女に引きずられながら、これまた見知った髭面の男と対面した。

    「もー!先生、早くしてくださいっ」
    「引っ張るな!あと一杯飲ませ……」

    髭面の男もこちらに気付いたのか、口を開けたままバツが悪そうな顔をする。
    この男と交えた剣の一閃は鋭くも的確にこちらの命を狙っていた、勿論。自身もこの男への一撃に手を抜いたことはない。
    しかし、あの時とは打って変わってこの男のだらしなさにどこか笑いが込み上げてくるものがある。

    「話ならあとで聞いてやるから、そいつを届けに行ったらどうだ」

    どうやら、この男も状況を察したようだった。
    バツが悪い顔をした男と、引きずって行こうとする少女の絵面の向こうから視線を感じる。
    視線を感じた先、廊下の曲がり角からまた見知った顔がこちらを見ていた。
    目の前の少女と似ているが、口の悪さはこちらを見ているあいつの方が悪いだろう。よく言い合いになったのを覚えている。
    こちらを見ているあいつの視線は、目の前にいる髭面の男に注がれており察するに何か理由があるのだろう。
    そして、目の前で髭面の男と言葉を交わしている少女は、あいつを探しているようだった。

    「ねえ、何処へ行ったか知らない?」

    と問われ、思いついたのは細やかな礼で、人差し指をあいつの居る方向に刺す。
    そして曲がり角からこちらを見ていたあいつは「げっ」と声を出し、その声に気付いた二人は後ろを振り返る。
    その後、あいつが走って逃げていきそれを追いかける二人の背中を見送り、また歩を進めた。

     すれ違う人々は、きっとそれぞれトラキシア、ブルネリア、キプリスと違う国の出身であろう。
    人間だけではない。ハーフブリードであったり噂に聞くホムンクルスであったりと、ここは本当に変な場所だ。
    そして、それだけの人々が居るのにも関わらず大きな衝突は起きていない。本当に、本当に変な場所だ。


    歩を進め、目的の場所に辿りつく。
    木製の扉の前に立ち、病室内からの声に耳を傾ける。「え、それは聞いてない」「うん、だってお前寝てたもん」「え、えぇ…」
    等、各々の声が聞こえ扉をノックしようとした手を下げた。
    自分は、どの面を下げてここへ入れば良いのか、正直わからない。
    お互いに命を懸け血を流し傷つき、傷つけあった。
    帰ろうか、いやどこに。

    すると、いつ隣に立っていたのか黒衣を纏い、同じ色のベールを被った女が勝手に扉をノックし、扉に手を掛ける。
    したり顔でこちらを見ていたのを、俺は一生忘れないかもしれない。



    「え、それは聞いてない」
    「うん、だってお前。寝ていたから……」

     アルフィオは「え、えぇ…」と頭を抱える。
    寝ている間に起きたことをアルトフェイルから聞かされ、理解が追い付かずクルトに笑われる。
    アルフィオが頭を抱える最中コン、コンと控えめに病室の扉が叩かれ、数秒経ってから扉が開かれた。
    クルトは扉の方を向き「お、きたきた」と、来訪者を歓迎する声で迎える。
    アルトフェイルも来訪者の顔を見て微笑み、アルフィオの前に通した。
    来訪者は小さく咳ばらいをし、ベッドサイドに緊張の面持ちのまま立つ。アルフィオはシーツに顔を向けたまま、来訪者の気配を頭上に感じゆっくりと顔を上げた。

    「えーっと…新人の初任務は雑務らしい。お前に届けものだ」

    目の前に居たのは"彼"だった。
    "彼"は持っていたアルフィオの外套を前に差し出すも、差し出された当の本人は嬉しいやら複雑やらと言った面持ちで"彼"を凝視している。
    それもそのはず。"彼"がここに居る事も勿論そうだが、"彼"の左半身は出会った時のままだった。
    頭には螺旋を描いたような二本の角、蝙蝠を思わせる片翼の翼、左手は爬虫類の鱗の様に固い皮膚を有していた。
    アルフィオの視線に耐えかねたのか"彼"は「あぁ」と呟き、自身の顔の左半分にそっと触れる。

    「背負っていこうと、決めたんだ」

    実際レナスや神界にいる神々の手に掛かれば、魔物化による後遺症は取り除けるであろう。
    しかし"彼"はその道を選ばず、自身で背負っていく道を選んだ。
    どうするのか決めた"彼"にアルフィオはそれ以上、なにも言わなかった。

    「……ありがとう」

    「え?」と、アルフィオは"彼"の顔に向き直る。

    「夜明けが見れた」

    と、"彼"は穏やかな声と共にアルフィオへ笑顔を見せたのだった。



    END
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