よくある異世界召喚の話突然、足元に見た事のない魔法陣が広がる。咄嗟にそばに居たグリムを魔法陣の外に投げ飛ばすと、デュースが受け止めるのを確認した。
エースやジャックが手を伸ばすが、光の壁が邪魔をして届くことは無い。
ふわりと身体が浮き、強い光が全身を包み込む。
「ユウ!」
グリムがデュースの腕から飛び降り駆け寄る姿を最後に視界に収め、監督生は光の中に閉じ込められた。
「おぉ!成功だ!」
「まさか二人も呼び出せるとは!」
「これでこの国の平和は保たれる!」
一瞬の浮遊感は直ぐに治まり、冷たい地面に足が付く。光が弱まり瞬きを数回すると、目が慣れて辺りの様子が視認できるようになった。
広く天井も高いがどこか薄暗い部屋。石造りの床には赤い絨毯が真っ直ぐ敷かれていて、その先には絢爛豪華な椅子が二つ。
椅子に肩肘を付いて偉そうに座る小太りの中年男性の頭の上には、宝石が散りばめられた豪華な冠が鎮座している。隣の綺麗に着飾った女性は扇で口元を隠し、こちらに品定めする様な視線を向けていた。
絵本や漫画等で一度は目にしたことがある、王との謁見の間。魔法陣や聞こえてきた話し声から察するに、自身が召喚されたのだと察しが着いた。
周りには甲冑を身に付けた騎士やローブで全身を隠す魔術師と呼べる格好をした人物が多くいることから、それなりに大きな国なのだと考えられる。
──何処の国だ……?
大きな国には情報が集まりやすい。元の世界へ戻る為に色々調べていた監督生は、この世界の地理や政治の勉強をそれなりにしていた。だが、王だと思われる人物の顔に見覚えが無ければ、国旗や服装にも覚えがない。
そして、国の平和を守る為に呼び出したのなら明らかに人選ミスだ。自分は魔法なんか使えない、ただの一般人──否、異世界人である。
──事情話したら帰してくれっかなぁ……。というか、さっき二人って言ってなかったか……?
グリムは放り投げ、魔法陣の中には確かに自分しか居なかった。だったら誰が──、
「……いや、マジで誰だよ」
隣を見ると、地べたに座り込み辺りをキョロキョロと見回す男が一人いた。
着ているブレザーやスラックスはNRCの物で間違いない。中にグレーのパーカーを着込み、パーマをかけたホワイトブロンドの髪を揺らす男子生徒。
これだけ目立つ姿をしていたら確実に覚えている自信がある。──なにより、故郷を思い出させる幼い顔立ちには親近感を感じた。
「……っ、」
ジロジロと見ていた所為か、光のないブルーグレーの瞳が向けられる。その瞬間、背筋に言い表しようのない何かが走り、思わず一歩下がった。
脳に警告音が響き渡る。直感だが間違いないと思わせる力がその目には宿っていた。
──この人は、間違いなく捕食する側の人間だ。
心臓が冷えていくのがわかった。ザワザワと聞こえていた周りの声が遠くなり、代わりに鼓動が大きくなっていく。
真面目な顔でこちらを観察していた男が、目を細め口を開いた。
「──、」
「勇者諸君!その大いなる力で魔王を討伐し、この国を救う!それこそが君たちが召喚された意義であり、使命である!」
それと同時に重い腰を上げた王の演説で、男の発した声は掻き消されてしまう。安堵したのも束の間、王の言葉に小首を傾げた。
──何言ってんだアイツ。
「あの人何言ってんの?」
仮にも王である相手に逆らうのは得策では無いと顔にも声にも出さなかった自分とは違い、隣の男は堂々と態度にも声にも出してしまう。ひとまず、王を指差しこちらに問いかけるのは辞めてくれないだろうか。
「先ずはその力、見せてもらおう!」
勢いよく手を前に出す王に続き、自分達の周りを囲んでいた五人の騎士が剣を抜き戦闘態勢に入る。
「およ、どうする?ピンクちゃん」
「ぴんっ……?いや、どうするも何も状況についていけないんですけど……。一応聞きますが、心当たりとかあったりしますか?」
「ないねぇ。とりあえず全員殺せばいっか!」
「はぁ!?」
言うが早いか、男は剣を向ける騎士に丸腰で飛びかった。
目で追うことは出来るが、頭で理解出来ない動きで騎士を翻弄し、あっという間に剣を奪う。斬りかかってくる他の騎士をその剣で薙ぎ払い、甲冑の隙間に容赦なく剣を突き刺した。
男は倒れた騎士から新たに剣を奪い、次々と斬りつけていく。体格も装備も格上相手に戦うその表情は、楽しくて仕方がないと、狂気じみた笑みを浮かべていた。
「……うっぁ、」
腹を刺された騎士が目の前に倒れ込み、足元には赤黒い血が流れ、自分の履いている白いスニーカーを汚していく。
人の死を身近で感じたことは幸いなことにまだ一度もない。ましてや、目の前で血を流し事切れる瞬間など、知りたくもなかった事が今、目の前で──、
「ヒール!」
左手で口元を覆い後ずさる自分の横を魔術師が通り抜け、聞き覚えのある回復の呪文を唱えた。
騎士の腹部の傷口は徐々に塞がり、血も止まる。他の倒れた騎士にも同様に魔術師が駆け寄り治療をしていった。──それでも、流れた血は元には戻らない。
「素晴らしい!我が国で最も強い五人相手に圧倒してしまうとは!これぞ勇者の力!」
王は男の強さを称え大袈裟なほど、拍手と喝采を送る。周りに控える従者や貴族も、それに習い歓声を上げた。
「なぁ、まだ終わりじゃねぇよ?俺は全員殺すって、そう言ったはずだ」
冷えきった声と視線が、王に向けられる。そうして、身の丈に合わない大剣を担いだ男は、一直線に走った。
「……あっ、だめだっ……!」
殺してはいけない。それが例え、人の傷付く姿を見て笑っている様な奴だったとしても。まだ何も分からない状況でこれ以上血が流れれば、自分はおかしくなってしまう。──そうなれば母どころかグリムにも、二度と会えない。
事態の重大さに気付いた群衆は叫び逃げ惑う。そんな中で、男が王に大剣を振り下ろす姿が見えた。
届くか分からない。届いたとして、初対面の自分の声を聞いてもらえるかも分からない。だとしても──、
「──殺すな!」
止めずにはいられなかった。
「あーあ、追い出されちゃった」
「あんな事しといて、当たり前でしょう」
あの後、王の首を落とそうと振り下ろされた大剣はピタリと動きを止め、血を流すことは無かった。この男が何処まで本気だったのかは分からないが、躊躇いなく人に刃を向けられる人間だということは絶対に忘れてはいけない。
あれだけ大暴れしたにも関わらず追い出されるだけで済んだのは、自分達が勇者として魔王を討伐する使命があるから。というのが大臣の言葉だった。
どうやらこの世界はツイステッドワンダーランドでも無ければ勿論故郷の日本でも無い。全くの別世界だと言う。
魔王の力が年々増し、魔物が凶暴化。人間が滅びてしまう前に伝説の勇者を召喚し、魔王を倒してもらおう。というのが召喚した側の主張だ。
では召喚された側の自分達はというと──、
「魔王討伐?めんどくさいからやらなーい」
「それ、俺達になんのメリットがあるんすか?危険を犯して見ず知らずのアンタ達を救うほど暇じゃねぇんだよ。さっさと元の世界に戻せや」
大臣の胸ぐらを掴み、剣をチラつかせながら情報収集に勤しんだ。結論から言うと、魔王を討伐すればツイステッドワンダーランドには帰れるとの事だった。
なんの能力もないただの人間が魔王に勝てるわけが無いだろう。そう呆れていれば、勇者には特有のスキルが備わっている、等と説明された。
曰く、全ての勇者は鑑定のスキルと収納のスキルを所有。また、複数人の場合はそれぞれに合った属性の魔法適正があり、固有スキルを保持している。
自身を鑑定するとステータスが表示され、そこには名前やレベル、保有スキルに身体能力の数値化、魔法適正が書かれていた。
ゲームかよ。と頭を抱える自分の隣で、男は楽しそうに笑っていた。
そんなこんなで、王都から着の身着のまま無一文で追い出された自分達は、門の前で黄昏ている。魔王を討伐するにしても、金も地図も装備も無い時点で詰みだ。明日を生きることすらままならない。
「そういえば、ピンクちゃんは何処の寮の子?俺の予想はハーツラビュルとみた!」
「そのピンクちゃんってやめてください。オンボロ寮ですけど、俺のこと知らない人もいるんですね。アンタは何処なんスか?」
「えー、偶然。俺もオンボロ寮だよぉ。あ、ユウって呼んでね!」
「は?」
暇潰しの会話は、衝撃の事実をもたらす。
そもそも自分達は違う世界、所謂パラレルワールドから召喚された"オンボロ寮の監督生"だったのだ。
どこか親近感を感じたのは同じ日本人であり、同じ名前、同じ相棒を持つからだった。
──まぁ、俺の本名は悠斗だけどな。
異世界が二つある時点でもおかしな話だと言うのに、ここにきてパラレルワールドの話まで出てきてしまった。流石にこれ以上は無いと思いたい。
「さて、これからどうしようか」
「金が無いことにはどうしようも無いですし、冒険者ギルドに行くのがいいんでしょうけど。場所を知らないどころか地図も無いんじゃどうしようも……」
「地図なら貰ってきたよぉ!あとお金もこれくらい」
収納のスキルを早速使いこなし、中からドバーッと大量の硬貨が溢れ出す。渡された古めかしい紙には国どころか魔王城まで記されていた。
「な、んですかこれ!は?マジで、何してんだよアンタ……!」
「必要だと思って貰ってきたんだって。この位大丈夫大丈夫」
なんでもないように言うが、絶対に盗んできた物だとわかる。あの王や大臣はどんなに脅しても金だけは出さなかった。
──トイレ〜とか言って離れた時か……もう、なんなんだよこの人……。
開いた口が塞がらないとはこの事だ。騎士を圧倒した身体能力といい、倫理観の掛けた行動力といい、自分が居なくともこの男なら一人で魔王を討伐出来るのではないだろうか。
「こんな国潰しちゃっても良かったんだけど、ピンクちゃんに怒られそうだからやめたんだ〜」
前言撤回。明らかに放っておいては駄目な人間だ。本当に日本人かと疑いたくなる程、思想が危なすぎる。
とは言え、地図と金が手に入ったのはやはり大きい。一つ、問題があるとすれば──、
「確認なんですけど、協力して魔王を討伐するって方針でいいんですよね?」
この男が自分をどう扱うかだ。置いて行かれるだけならまだいい。渡された地図で近くの街へ向かうルートは確認した。幸いなことに道は整備されており、一人でも歩いて辿り着けるだろう。
だが、今ここで戦闘を挑まれたらどうだ。一般人相手に自衛できる程度の自分では、あの身体能力で襲われたらひとたまりもないだろう。
スキルを駆使すれば逃げることは出来そうだが、未知の力に不安が拭えない。むしろ、相手の出方を見て咄嗟に使えるかどうかも怪しい力に頼るのは悪手だ。
しかし、最悪な事態を考えているこちらの不安などお構い無しに、ユウはあっけらかんと答えた。
「協力はしない。だって魔王討伐よりも世界征服の方が面白そうじゃない?」
またあの目だ。光の無い、全てを悟ったような強い目。嫌な事から目を逸らしている自分とは違い、真っ直ぐに自身を貫き通す意志を感じる。
「なら、ここから別行動ってことで。地図は返しますね」
地図を手渡し、ユウに背を向け歩き出す。
同じ境遇でも、中身は全くの別物だ。きっとこの先、ユウの目を見る度に自分の臆病さに嫌気がさすだろう。一度でも苦手だと感じた相手と上手くやって行けるはずがない。協力しないと言うなら、願ったり叶ったりじゃないか。世界征服でも何でも、好きにしたらいい。
──俺は帰るんだ……。帰らなきゃいけないんだ……。
先ずは近くの街を目指して、道中でスキルとやらを試し、自分が何処まで出来るのか把握しなくてはならない。等と考える事は山ほどあるが、どうしても意識は後ろに行くもので──、
「……いや、なんで着いてくるんスか」
「人の話は最後まで聞いた方が良い。しばらくは一緒に着いてくよ。魔物がうじゃうじゃ居るって話だし、そもそも最初の目的地は同じだ」
ユウはスっと街の方角を指さす。長い長い道の先には木々が生い茂る森が続き、その更に先に目的の街はあった。
追い出された王都から行ける場所は他にない。当たり前だが、ユウもそこを目指す事になる。
疑いなく間隔をあけて出発するのものだと考えていたが、そうでは無かったらしい。見知らぬ土地で一緒に行動するメリットくらいは浮かんでいたようだ。
突拍子も無い行動は全く理解できないが、案外まともな思考をしているのかもしれない。
「そういう訳で、これからヨロシクね。ピンクちゃん?」
「その呼び方やめてください。クズさん」
ニコニコと隣を歩くユウに、満面の作り笑顔で嫌味を返す。
斯くして、異世界召喚二度目の二人の監督生による、奇妙な冒険の旅が幕を開けたのだった──
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ユウ Lv.3
HP.130 SP.106 MP.115
ATK.233 DEF.182 AGI.216
称号
勇者 異世界人 殺人鬼 盗賊
スキル
鑑定 収納 身体強化 武器適正
魔法適正
火 土
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チカト Lv.1
HP.100 SP.100 MP.100
ATK.150 DEF.196 AGI.178
称号
勇者 異世界人
スキル
鑑定 収納 絶対防御 治癒
魔法適正
水 風 雷
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