「明日、世界が終わるんだって」それは緩やかな終わりだった。
もうずっと前から予測されていた、星の終わり。
地表の温度が上がって、太陽の光が強くなり、海が干上がる。
神ではない普通の民が高温に耐えきれず死んでいく中、天庭も一足先に消滅した。信仰するものがいなければ神がいても仕方がないし、明日には太陽に呑み込まれて神も人間も皆死ぬのだ。この星からの逃避を試みたものもいたらしいけれど、どうなったのかは誰も知らない。
だから、ずっと前から分かっていた終わりだった。意外だったのは、神と鬼王である自分たちの終わりが星の終わりと同じだったことだけ。
「哥哥」
愛おしい男の声が聞こえる。暑さも飢餓も関係がない二人は、干上がってしまった海の底を散歩しながら終わりを待っている。
本当は、もっと早く終わりがくると思っていた。人類は、星の終わりまでは生きられないと。民が消えれば神も消えるから、謝憐達が星の終わりを見ることはないと。星の終わりが近づいていると知った時、そう花城に告げたら、花城は「俺もそう思っていました」と笑った。
「三郎」
こっちにおいでと手招きすれば、昔から一度も変わらず謝憐の敬虔な信徒でいてくれた男は、躊躇いもせず謝憐の隣に並び立つ。
結局花城は最後まで謝憐の隣にいてくれたから、謝憐の最後の信徒はやはり彼のようだった。そう、何とはなしに遥か前にいなくなった武神の言葉を思い出す。
「私はね、三郎」
内緒話をするように、謝憐は口元に手を当てて、花城の耳に囁いた。花城は謝憐の言葉を聞き漏らさないようにと、謝憐より幾分も高い背丈を屈める。
「君より、一秒後に死にたいな」
こっそりと告げられた秘密に、花城は丸く目を見開いた。
「殿、下……?」
「ふふ、やっと言えた。こういう時じゃないと、言わせてくれないでしょう?」
こてんと首を傾げて、謝憐は踊るように花城から離れる。ひらひらと舞う姿を捕らえようと手を伸ばすが、その手は宙で浮いたまま、静止してしまった。
「……何故、一秒後なのですか」
結局出てきたのは、迷い子がぽつりと零すような、そんな簡素な質問だけだった。
謝憐は楽しそうに振り返って、口を開く。
「だって、君に私を看取らせるのは酷でしょう? でも私だって、君が死んだことを少しだって実感したくないし、考えたくもない。だから、一秒」
「一秒」
「そう。一秒だけだったら、私が譲ってあげる」
蜜言のようなその言葉は、花城の鼓膜だけを揺らして、消えていった。音が反響するように、花城の頭が重くなる。やはり何年経っても、彼の死のことは考えたくないみたいだった。
「…………ご随意に」
しばし頭の重さに耐えた後、花城は胸に手を当てて、最後の敬礼をした。深く頭を下げた花城に謝憐は目を細めて、ぴたりと動きを止める。
花城は一度頭を上げると、謝憐に近づいて、彼の前で膝を付いた。無造作に放り出された手を取って、手の甲に唇を落とし、祈るように額に当てる。
謝憐はしばらく花城に好きなようにさせていたが、ふと花城の掌を掴み返して、ぐいっと上に引き上げる。
長きに渡り第一武神として崇められた彼の強い力に、花城はふらりと立ち上がる。驚きの顔を謝憐に向ければ、謝憐はいたずらに笑った。
「三郎。最後くらいは信徒じゃなくて、ただの私の恋人でいてほしいな」
そう笑う神の顔が、眩いばかりの光に染まる。
もう間もなく最後の夕焼けが始まって、夜はもうやって来ない。
↓おまけ別パターン
「私はね、三郎」
内緒話をするように、謝憐は口元に手を当てて、花城の耳に囁いた。花城は謝憐の言葉を聞き漏らさないようにと、謝憐より幾分も高い背丈を屈める。
「君より、一秒先に死にたいな」
こっそりと告げられた秘密に、花城は丸く目を見開いた。
「殿、下……?」
「ふふ、やっと言えた。こういう時じゃないと、言わせてくれないでしょう?」
こてんと首を傾げて、謝憐は踊るように花城から離れる。ひらひらと舞う姿を捕らえようと手を伸ばすが、その手は宙で浮いたまま、静止してしまった。
「……何故、一秒先なのですか」
結局出てきたのは、迷い子がぽつりと零すような、そんな簡素な質問だけだった。
謝憐は楽しそうに振り返って、口を開く。
「君に私を看取らせるのは酷かなぁ、とは考えたんだよ? でも私だって、君が死んだことを少しだって実感したくないし、考えたくもない。私の方が君の最後を多く看取ってきたんだから、今回は君が私に譲るべきじゃないですか?」
「……」
「君だって、私を残して死にたくはないだろう?」
謝憐が晴れやかな笑顔でそう言うと、花城はむっつりと唇を尖らせた。どうやら不満なようだ。『愛する人がまだ現世にいるから』と自らの終わりを拒んだ男だから、謝憐が息をしているうちに死ぬことなど出来ないと分かりきっているだろうに。
「だからね、一秒」
「一秒」
「そう。一秒だけだったら、君も耐えられると思うんだ」
蜜言のようなその言葉は、花城の鼓膜だけを揺らして、消えていった。音が反響するように、花城の頭が重くなる。やはり何年経っても、彼の死のことは考えたくないみたいだった。
「一秒でも、耐えられません」
口では反対しながら、それでも花城は謝憐の最後のお願いを聞いてくれるみたいだった。