病は素直にする秘薬久しく彼の姿を見なかった。
いつもならこの時間には彼が姿を見せに来るのに来ない。
別に寂しさなんて感じていたりは…してない、と思う。
だがほんの少し心配になって彼のスマホに連絡を入れてから彼の家に行くことにした。
インターホンを鳴らしてみるも応答がなく、懐から合鍵を取り出して中へ入った。
「やほー。生きてる?」
言い終えた後に我ながら可愛くない言い方をしてしまったと思い、「来たよー。」と言い直した。
それに対する返事はなく部屋は静まり返っていたのでひとまずリビングへ足を向ける。
辺りを見渡して彼の姿が無いことを確認し、もしかしたら寝てるかもしれないと思い寝室へ入った。
すると、彼は辛そうな顔をしてベッドに横たわっていたのだ。
「えっ!?ちょっと!!馬淵、大丈夫!?」
「っ、…なんだ、お前か…。」
「お前か、じゃないよ!どうしたの?…熱!ちょっと待ってて!下のドラッグストア行ってくるから!!」
彼の返事を待つことなくマンションのすぐ傍にあるドラッグストアへ。
ひとまず風邪薬や解熱剤、水や食料など必要なものを一通り揃えて再び彼の元へ戻った。
「お待たせ。はい、まずはちゃんと熱測って。ちゃんと確認するから!」
「っ…、ん。」
「あと汗もかいてるからひとまず着替えて。」
身体を拭くための濡れタオルと着替えを用意して、音が鳴った体温計を確認する。
体温計には「38.5℃」と表示されていて、キッチンで冷やしておいた冷却シートを氷枕を彼の枕元へ。
「もぉ…、熱があるならちゃんと言ってよ。」
「お前を呼ぶほどじゃ無かった…。」
「意地張らないの!風邪も放っておいたら重症化するかもしれないんだよ?…で、ご飯とか食べれたの?」
「…いや…。」
「辛くてもちょっと食べなきゃ。」
「…何も要らねえ…。」
「ダメ。少しでも栄養取らないと。ちょっと待ってて、お粥作ってくる。」
キッチンへ戻り先ほどドラッグストアで調達した食材を使ってお粥を作った。
他にも水やゼリーを一緒にトレーに乗せて彼の元へ戻る。
彼の身体を支えてゆっくりと上体を起こすと、やはり顔色が悪く心配になった。
トレーを彼の傍に置きスプーンを渡したが、上手く掴めずにトレーに落ちてしまった。
「あっ…、ごめんね。…はい、口開けて。ちょっとでも食べよ?」
「……ぁ。」
「熱くない?大丈夫?」
「ん…、あぁ。」
「良かった…、…はい。」
彼の口元に一口ずつお粥を運び、少しでも栄養を摂ってもらった。
こんなに弱っている彼は初めて見た気がする。
こんな時ぐらい自分のことを頼ってほしいと思う。
「…、残りはラップかけておいておくね。はい、これ薬。」
「…迷惑、かけた。」
「何言ってるの。余計な事考えてないで寝て。そして早く良くなってね…。馬淵が居ないと…、つまんないからっ。」
「…あぁ。」
「じゃあ、必要なものはここに置いておくね。急に来てごめん。ゆっくり休んでね…。」
本当は治るまで傍に居たかったが、流石に彼もゆっくり休めないだろうと思った。
ベッドサイドにテーブルを置いて彼が取りやすいように必要なものを準備する。
そして部屋を立ち去ろうとするも彼に服の袖を掴まれて何事かと振り向いた。
「なぁに…?」
「…、治るまで、傍に…。」
「…!…そっか、うん、分かったよ…。傍に居るから、ゆっくり休んで…。」
近くに置いた椅子に座り、彼の手を優しく握って彼が眠りにつくのを見守った。
その後は彼が治るまで家事を淡々とこなし、しっかりと彼の看病をして過ごした。
それから数日後、すっかり彼の体調が良くなり顔色も良くなっていた。
「おはよ!馬淵、風邪治ったみたいだね!」
「あぁ、治ったみたいだ。」
「ふふっ、良かった!はい、朝ごはん出来てるから食べよ!」
「ん。いただきます。……なんだよ、じっと見て。気持ちわりぃ。」
「ふふふっ!だって、風邪引いてる時の馬淵、可愛かったんだもん!」
「あ??」
「ふふっ、傍に居て、なんて可愛いところあるよね~~。ね、また同じこと言ってよ~!」
「っ……!!!!い、言うわけねえだろ!!!変なこと言うな!!」
「え~?俺はちゃんとこの耳で聞いたもんね~!熱のせいだなんて言わないよね~???」
「う、うるせえ!!!馬鹿野郎!!!」
そう言って顔を赤くして怒る彼を見て、いつもの彼に戻ったことに安心すると共に揶揄い甲斐があると感じる。
そして、滅多に見られない素直な彼もいつもの素直じゃない彼も、どちらも大好きだと改めて思いながら、もう少し彼のことを揶揄ってやろうと決めたのだった。
おまけ
(甘えたい口実)
「っくしゅ…。」
「おい、風邪か?」
「馬淵に移されたかも~。ね、馬淵も看病してくれるよね?」
「…お前が死にかけそうだったら考えてやるよ。」
「なっ!!ひ、ひどい!ぶーぶー、俺はちゃんと看病したのにい!」
「ふん、つかそれ仮病じゃねえのか?」
「う…、あ、ね、熱!ほら!熱あるみたい!」
「下手な演技してんじゃねえ!!」
「演技じゃないもん!!!ほらぁ、早くあっためてよぉ!」
「おい!!抱き着いてくんな!!!」
「あははっ、馬淵温かい…、…Zzz」
「…ちっ、寝やがった…。」
そのまま抱き着いてる趙さんを引き離すことなく仕事をする馬淵君であった。
【病は素直にする秘薬】
end