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    渡海田 途

    @TomitaMichi

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    渡海田 途

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    ※くるっぷ掲載済。Pixiv・pictBLand掲載予定。
    あらすじ:ヨハンイベ直後にアジトのバーカウンターで飲んでる話で、カクテル言葉ネタです。n番煎じです。復刻前の話は噂に聞いた程度です。

    #ブネバル
    bneval.
    #ブネ
    bune.
    #バルバトス
    bulbatos
    #メギド72
    megiddo72

    【ブネバル】Hot buttered rum 「飲んだ酒ってどこにいっちまうんだろうな」
     空のグラスの淵を撫で、バルバトスを見上げた。
     バルバトスはカウンターの向こうで新しい酒を作っている。
     グラスの底の角砂糖とスパイスがラムと熱湯に溶けていく。柄の長いスプーンでかき混ぜられた砂糖の粒は、湯の中で舞った後に見えなくなる。そこにバルバトスがバターを添える。
     少し得意気なのを見て、完成したのだと判断した俺はそれに手を伸ばす。するとバルバトスは不機嫌そうに眉間にしわを寄せ、グラスを自分に引き寄せた。そして、
    「どこにも行ってないよ、飲んだから見えなくなっただけだろ」
    と言うと、そのままグラスを口に運んだ。
    「あ、おい」
     酒とバターが混ざりながらバルバトスの口に滑り込んでいく。
     てっきり自分にくれるものだと思い込んでいた俺は、あっけにとられてそれを眺める羽目になった。
    「……俺のじゃねぇのか?」
    「俺のだよ! キミが、お酒があれば今日は飽きずに話を聞いてくれるっていうから作ってあげてたのに、酔っぱらうだけでやっぱり飽きてるじゃないか」
     バルバトスは珍しく文句を言った。椅子に横向きに座って目も合わせてくれない。
    「酔ってねぇよ」
    「酔ってるって」
    「酔ってねぇ……」
     俺は、カウンターに肘を付き手を組んで、手の甲に額を押し付けた。
     この空気が久しぶりだった。
     ここしばらく、バルバトスは潜入調査だかに行っていて、ようやく帰ってきたから俺から誘ったのだ。こいつも乗り気で、カウンターで飲むことを提案した。
     それから、もう二時間近く飲んでいる。約束した通り、結構話も聞いてやったはずだ。調査の話に関係ない学校の仕組みも聞いたし、音楽のヨハン先生の授業も受けてやった。だというのに、酒を人質にごねられている。まだ話し足りていないらしい。というか、一番話したいことをまだ言えていないのだろう。
     バルバトスは、普段は俺の酒量をセーブしようとすることがほとんどない。だからこそ、ほどほどのところでやめようと自分で思うくらいで、こういうことは珍しかった。
    「オマエが酒を出ししぶるとは珍しいな。ブニじゃあるまいし」
    「約束も守れないくらい酔ってる人に作るものはないよ」
    「てことはよ、俺が、酔ってねぇって証明できたら、酒が出てくるってことだよなぁ」
    「はあ?」と、バルバトスは珍しいくらい呆れた声を出した。
    「そんなこと言ったっけ?」
    「言っただろうが。だから、話したくてまだ話せてないこと、話せ。俺は酔ってないから、オマエの話を聞いてやれるぜ」
    「……」
     バルバトスが答えないので顔を上げると、何とも言えない顔でこっちを見ていた。少し顔が赤いかもしれないと思った、気のせいかもしれないが。
    「なんだ?」
    「正解だけど、順番が逆というか」
    「話せよ」
    「最初からキミが話を聞く約束なのに偉そうだな……」
     バルバトスはしばらく本題に入ろうとしなかった。
     恥ずかしがっているようにも見えたが、何度か促すと諦めて話し始める。
    「俺が今回強く感じたことっていうのはさ、どこにいる人も、どんな人も、自分が求めている役割を外から来た人に投影するっていうことなんだ」
     俺は学校の話とのつながりがわからず、困惑した。それを見たバルバトスは、よくない意味に誤解されたと思ったのか言葉を重ねた。
    「いや、楽しかったよ。いろんな人とかかわれてよかったし、先生役って言うのはそんなにやったことなかったからね。でも、生徒が先生に求める役割もいろいろなんだなと思ったんだ。先生は先生としてしかふるまえないけど、親みたいにしてほしい子や兄弟みたいにしてほしい子もいるんだね」
     そして、最後に付け加えた。
    「生徒だけじゃなくて先生もね」
     俺は学校には行ったことがないが、寮のある学校だというから、納得できる話だと思った。長く家族と離れていればそう思う奴もいるだろう。
     続きを待っていると、いきなり質問を求められた。珍しいと思いつつも、酔ってないことを証明すると言ってしまった手前、それらしい質問をせざるを得ない。
     話し方から考えるに、バルバトスが一番話したいのは最後に話題に出した「先生」のことだろう。教師との間で何かあったのかと聞くと、ある教師から自分を息子に重ねられたのだと言う。約15分に及ぶその話を最後まで聞いて、俺は心からの感想を言った。
    「オマエそういうの多そうだな。他人の役割を求められる、みたいな」
    「まあ、吟遊詩人として旅してるといろいろね」
     その声色を聞いて、核心を突いたことを悟った。
     こいつの苦労を、わかっているとまでは言わないが知っている。
     変わらない姿で長く生きていれば、人に話せないことは勝手に増える。
     それに加えて、こいつは吟遊詩人で、土地にとっての余所者としても聴衆をもてなす側としても気を遣っている。
     大半の人間とは前提が違いすぎていて、自分の背景を共有して話せる場所がほとんどない。それは、自分でいられる時間が少ないということであり、軍団がいかに重要かということでもあり、俺が「すぐに飽きる」と文句を言われながらも話を聴くことを投げ出さない理由の一部でもある。
     それに加えて、他人の役割まで期待されるとは。自然に築かれる人間関係ではない、既に理想があるものを演じるのは、俺にはつらいことのように思えた。少なくとも、俺はヴィータだったころの自分と同じように行動することさえできない。
    「……つらくねえのか?」
    「一時的なものとわかっていれば、そうつらくはないよ。俺は自分としてふるまうだけだけど、俺を魅力的だと思って必要としてくれる人のことは大事にしてあげたいから、俺がいることで部分的にでも満たされるなら、悪くないと思うんだ」
    「……」
     俺は、自分がソロモンやモラクスに、自分の息子の役割を期待してしまっているのではないか、ということに思い至って、しばらくそのことについて考えていた。
     正確には反芻していた。何度反芻しても、それ以上の考えは出てこず、返事をすることもできず、俺は自分が酔っていることをようやく自覚した。
     バルバトスは「と言っても、ずっとそればかりじゃ疲れることもあるよ」と笑いながら言った。こちらの心配に応えようという気持ちが見えた。
     何も言うことのない俺は黙って言葉の続きを待った。
    「それでも平気でいられるのはね、俺の記憶があるからなんだよ」
    「記憶……」
    「うん。どんな記憶も今の自分につながるけど、自分として扱われた記憶があるから、自分を見失わないでいられるんだ」
     バルバトスはグラスを揺すった。溶け残っていたバターが、表面に溶け広がっていく。
    「誰にも言ってない記憶や自分が忘れてしまったことであっても、過去がなくなったわけじゃないだろう?」
     ほほ笑んだ口元が琥珀色の液体を飲み込み喉仏が動くのを見て、うまそうだと思った。俺も同じものが欲しい。だが、俺は酔っている。バルバトスは作ってはくれないだろう。
    「一口」
    「え?」
    「一口、くれ」
     思ったよりも懇願しているような言い方になってしまい、沈黙が訪れた。
     一拍おいて、バルバトスは肩を震わせて笑い出した。
    「なんでそんなにぎこちないんだい?」
     笑いながら、椅子から立ち上がり、グラスや材料を持って戻ってくる。
    「作ってあげるよ」
    「自分が酔ってることに気付いたから、オマエに作らせるのは諦めようと思ってな……いいのか?」
    「話、聞いてもらったからね。それに、これは俺のだからさ」
     自分のグラスを両手で包み込む。
    「美味しそうに見えたかい?」
    「ああ……」
     バルバトスはカクテルを作りはじめた。温めたグラスに材料を丁寧に入れていく。湯を注いでスプーンでかき混ぜなら、奴は言う。
    「ねぇ、やっぱりさ、記憶だけじゃつらいよね」
     俺たちはグラスの中で溶けていく材料を眺めた。砂糖、スパイス、ラムが混ざり合って一つになっていく。
    「どんな記憶も今の自分につながるけど、その記憶から作られた今の自分に接してくれる人がいなかったら、見失ったままになってしまうかも」
    「……かもな」
     俺も追放メギドだから、こいつの言っていること自体はわかる。だが、長命者ではないから、実感が追い付くことはない。だが、その分できるだけこいつの言っていることを肯定してやりたいとも思う。
    「だから、これからも自分自身の記憶が作られ続けていくっていうのは素敵なことなんだよ」
     バルバトスは混ざり切った酒に丁寧にバターを載せて、カウンター越しに差し出した。
     贈り物をもらうかのような気持ちで受け取ると、わずかに砂糖の甘い匂いがし、手がじわりと温まる。
     むせかえるようなラムとバターの匂いに包まれた、消えることのない俺の記憶。
     一口仰ぐと、それは予想以上に美味く、苦かった。






    Hot buttered rum ──いい思い出。


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