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    enisihonpo

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    遊郭パロ外伝
    しい太の話です
    もしかしたら今後も追加するかも

    小さな蕾の歌「おい、あっちで立海の幸村太夫が花魁道中をやってるぞ!!」

    「どこ! 見たい見たい!」

     緑風吹き抜ける五月、華やかな道中を見ようと男も女も老いも若きもたちまち吉原の往来にひしめく。 禿である浦山しい太は道中の主役であり兄分として面倒をみてくれるうちの一人である幸村を誇らしく見上げた。

     幸村の兄様、今日もお綺麗でヤンス……。

     この時、しい太は十一歳。六年前に親元から引き離され、吉原に連れてこられた時は心細くて仕方なかった。性の臭いと色とりどりの灯り、三味線の調べと煙草の煙で満ちた遊郭は幼子には異界でしかない。泣くことも出来ず震えていたその時、立海に引き取られそこでよくしてくれたのが幸村らだった。

     性格も容姿も十人十色な人たちだが、皆外見も中身も魅力的で眩しかった。 誰もが見蕩れ憧れる高級な色子としての道を突き進む彼らだけれど、それまでの道のりはきっと辛く険しいものだったろう。 しい太が来てからも他の人が意地悪をしてくることがあった。

     それでもそんな悪意に負けることなく己の強みを日々磨き、常に気高く堂々と前を向く八人を見ていると、自分も俯いてちゃいられないと思えた。

     花魁と呼ばれ咲くことの出来る色子とは、あんな風に中身からの強さ美しさで人の心を動かす男がなれるものなんだろう。

     オイラもいずれ色子になるなら、兄様たちみたいになりたい。

     しい太はそう心に決めて、色町の最中で生き始めた。


    「真田の兄様、今日もお綺麗でヤ……ありんす」

     夜が近づき、しい太は見世に出る兄様たちの手伝いに追われていた。 これも禿の大事なつとめだ。 いずれ自分が客のために装う時の練習にもなる。

     黒と赤の雅な着物を纏い少し紅をさしたその姿は本当に綺麗だったが、鏡に映る己を見つめ返す真田は返事をしなかった。 いつもしい太は心の底から兄様たちを美しいと思い憧れや賞賛を素直に口にしているつもりだが、彼らはそれであまり喜ばないのだ。 来る客も道中の見物人も口々にほめそやすから聞き飽きているのは間違いない。

     それに、八人とも己の魅力を呪うとまではいかずとも好きではないようだった。 もしとんでもなく醜ければ吉原に売られることはなく、このようなお商売をすることも他の者のやっかみなどを受けることもなかったのだから無理もないのかもしれない。 でもしい太としては悔しくて辛くてしようがなかった。 こんなに素敵な兄様たちが素敵なせいで悪意を向けられるなんて、素敵な自分を好きになれないなんて、絶対におかしい。

    「素敵でありんす。 オイラの兄様が一番でありんす」

     だから真田たちが喜んでくれなくても、しい太はあえてずっと彼らを美しいと褒め続けることに決めている。 いつか兄様たちが報われて、強くて美しくてよかったと思える日が来ることを願って。

    「そろそろお時間でありんす」

     外はもうだいぶ暗い、闇が色子たちを迎えに来る。 僅かな光に縋るように、禿は花魁を追って部屋を出た。


    「兄様! 仁王の兄様、しっかりしておくんなんし……」

     水を絞った布を手に、馬鹿の一つ覚えのように繰り返す。 色白の肌を痛々しく冒す蚯蚓腫れはひどく熱を持っていて、こんなもので冷やす程度で引いてくれるのか自信がなかった。

     切原の兄様と揉めたお客に機嫌を戻してもらうために言いなりになって、天井から吊るされてひどくぶたれたりしたという。 朝になって布団に寝かされた今も意識がはっきりせず、介抱しているのがしい太だと分かっているのかも怪しい様子だった。

     このところ、兄様たちは日増しにやつれてきている。 お客に乱暴に扱われたりこのように一方的に暴力を振るわれたりするせいだ。 憂いの色が濃く落ちたお顔もまた美しいと見世の外の人は口々に称え、さらに欲しがるお客が列をなす。 振りほどいて拒んで逃げだすことは出来ない。 それが遊郭の金魚の苦しみだ。

     ここは、お客様が好いた色子と『遊ぶ』ための場所だ。 けれど、これは楽しい遊びと言えるのだろうか。 みんな兄様たちのことを麗しい、愛い、欲しいと言いながら、どうしてこんな仕打ちをするのだろう。

    「ぁ……」

    「兄様、大丈夫でありんすか!? お水を飲みんすか?」

    「……む」

    「え?」

    「頼、む……幸村、だけでも、こ、ここから、出したってほしいんじゃ……」

    「兄様……」

     嗚咽が漏れそうになって顔をぐしゃぐしゃにして堪える。 自分より兄様の方がもっとずっと苦しいんだ。 べそをかいている場合じゃない。

    『お前さんの話し方がおかしいって言うて矯正するんなら、俺なんか喋るなと言われてるはずじゃろ』

    『俺にちょっかいかけるのは怖いくせに、お前さんなら仕返ししてこんと思ってる臆病者じゃ。 気にせんでええ』

    『胸張って生きんしゃい』

     昔、語尾が変だと責められて泣いていた自分を見つけてそう言ってくれた兄様。

    「兄様、死なねえでほしゅうござりんす。 兄様も生きて自由になるんでありんす……」

     参りに来てくれる人もほとんどない、寂しい無縁塚になど行ってほしくない。

    「兄様、兄様……」

     神様でも仏様でも、見ているなら助けてほしかった。


    「しい太、団子でも食いに行かないか」

    「えっ、いいでヤ……ありんすか?」

     ある日そう声をかけられてしい太は驚いた。 誘ってきたジャッカルはすでに出かける支度を済ませ、どうやら一緒に行くらしいブン太とともに返事を待っている。

    「いいから言ってんだよぃ。 心配しなくても今日はおごってやるぜ、ジャッカルが」

    「俺かよ!!」

    「わぁい、行く行く!! 今日は食べんすよ!!」

    「おい!」

     そんなこんなで色子たちに人気の和菓子屋へ。

    「なんだか久しぶりでありんすね、兄様たちとこうして食べに来るの」

    「……ああ、そうだな。 最近は俺らだいぶきつかったからな」

     好きな三色団子を頬張りながら何気なく言ったしい太の言葉に、ブン太とジャッカルは顔を見合わせてどこかいつもと違う笑みを見せた。 怪訝に思って食べる手を止めると、ブン太が尋ねてくる。

    「お前、もう共寝の手ほどきは受け始めたか」

    「え? はい、まだ座学みたいなものでありんすが……」

    「そうか」

     しい太も吉原遊郭の核心たるものが何なのかを、いよいよ知る時期にきていた。 そしてそれは、操を捨てる日が近いことを意味している。

    「兄様たち、気にしてくれてるんでありんすか?」

    「え?」

    「オイラなら大丈夫でありんすよ! 兄様たちが通って、立派に歩いてきている道でありんしょう?」

    「しい太」

    「そりゃあ、オイラに務まるのかって不安で眠れない夜もありんした。 でもオイラだって立海で十年近く生きてきた身でありんす、それくらいの覚悟は出来てる。 決めているんでありんすよ。 兄様たちみたいに、誰かの心まで照らせるくらい眩く輝ける立派な色子になるって!!」

    「そうか……俺ら、そういう風に思われてたんだな」

     二人はどこかほっとしたような笑顔になった。

    「もうお前は十分眩しいぜ。 きっと誰かの光になれる。 何人と寝ても誰に買われても、お前のその気持ちはお前だけのものだ。 心だけは塀でも堀でも借金でも縛れない。 それだけ覚えておいてくれ」

     まっすぐにしい太を見て、ジャッカルはさらに続ける。

    「実はな、今日はお前に言っておきたいことがあって連れてきたんだ。 俺たち、身請けされることになった」

    「ええっ!?」

     身請けとは、色子の借金や身代金などとにかく大金を見世に支払い、勤めから身を引かせることだ。 その後は身請けした者の夫となったり愛人となることが多く、幸村らにも我が物にしたいと願う客たちから何度もその話があった。 そのどれにも首を縦に振らなかった彼らが了承する相手がいるとしたら……。

    「小日向様や辻本様、あと広瀬様でヤンスか!?」

     驚きのあまりありんす言葉が剥がれたことにも気づかず急きこんで聞くと、二人は微笑んで頷く。

    「幸村と真田と柳を将来の婿として引き取って、他の立海の花もついていきたいなら買うって話なんだ」

    「まだ正式に決まりじゃないけどな。 でも絶対に俺たちは譲らない。 あの人たちのもとに行けないなら死んでやるって脅しかけてでも成立させてやる」

    「うっ……よ、よかったでヤンス……」

     鼻がツンとして目の前の二人の姿が滲む。 うるうるする目に袖を押し当てながら、しい太は泣き声を上げた。

    「よかった、ほんとによかったでヤンス!! 兄様たち、このところ目に見えてお辛そうで、し、死んじゃうんじゃないかってずっと、ずっとずっと心配だったから……!!」

    「……ああ、俺たちも正直生きて吉原を出られないだろうなって思ってた。 せめて幸村君だけでも生きて自由になってほしいと思ってた。 幸村君が外の世界に出られるならもうどうなってもいいって思ってたのに、俺たちのことなんか気にしないで出て行ってほしいって思ってたのにな――」

    「それは違うでヤンス!!」

     ごしごしと涙を拭って、しい太はせいいっぱい兄様を睨んだ。

    「幸村の兄様は、それじゃ幸せになれなかったでヤンス。 あの人がみんなで生きて自由の身になりたくて一所懸命戦ってたの、オイラはちゃんと見てたでヤンス。 幸村の兄様の幸せを願うなら、兄様たちは諦めたりしないでその思いに応えてあげて欲しいでヤンス!!」

     そこまで言ってまたぶわりと涙が溢れだす。

    「兄様っ!! 会えなくなるのは寂しいでヤンスけど……でも、絶対幸せになってほしいでヤンス!!! 兄様たちみたいに生きたらいつか光を掴めるって信じていたいでヤンス、絶対、絶対でヤンスよ!!」

    「分かったよ。 絶対幸せになる。 だからお前も諦めるなよ。 絶対にお前も幸せになれよ、約束だぞ!!」

     兄様たちの声もまた、ちょっと泣きそうに歪んでいた。 それにうんうん頷きながら、しい太は団子を齧る。 しょっぱかった。
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