飴色蜂蜜君の熱冷蔵庫の中身とにらめっこするのは、基本的には僕の役割だ。
ルカはあれでいて立派なマフィアのボスなので、昼間も仕事がたくさんある。一緒に住み始めたからと言ってずっと一緒にいられるわけではないのは最初から分かっていたことだから、大して気にしてない。本当に。
僕の仕事ももちろんあるけど、そこまで忙しく活動しているわけじゃないし。こうしてルカの帰りを待っている時間は、僕にとっても大切なものとなっていた。
そういうわけで、今日も今日とて僕は食材達と戦争をするため意を決して冷蔵庫の扉を開けた。待ってましたとばかりに流れ出る冷気が頬を撫でる。
「あ、卵ないかも…買い忘れちゃったな」
メニューを考えるのはあまり得意ではないけど、ルカの為に作るようになってから少しだけレパートリーが増えた気がする。ほんの少しだけ、ね。
お昼に作ったものの残りと、ちょっと消費期限の危ういやつ、それからメインになりそうなこの子。
威勢よく飛び出した冷気がいい加減逃げ切ってしまう頃、ようやくメニューを決めて立ち上がった僕は、ふと人の気配を感じて玄関の方を振り返った。
時計を確認したけど、聞いていた予定より少し早い。まだなにもしてないや、なんて思ってるうちにバタバタとした元気な音と共に彼が飛び込んできた。
「シュウ~!ただいま!」
「おかえりルカ。もっと遅くなるかと思ってた」
分厚いコートを受け取って頬にキスを一つ。そうしてかっこいいボスなルカは、途端に可愛い僕のルカになる。
頬にキスくらいいつだってしてるし別に今に始まったことではないのに、その度照れたように笑うルカはいつだって愛おしい。
「ごめん、ご飯まだできてなくて」
「大丈夫!一緒に作ればいいよ。俺さ、今日は早く帰りたくてがんばったんだ・・・ねえシュウ、シュウ、」
どこかそわそわとするルカが期待に満ちた眼差しでこちらを見つめてくる。僕は可愛いおねだりに応えてあげたくて、そっと両手を広げた。
「ん、ルカ。“Hug”」
言い終わるが早いか、勢いよくぎゅっと抱き着いてきたルカを宥めるように背中を優しく叩く。簡単なコマンドでも全力で応えてくれるルカに、幸福感で胸がじんわりと熱くなるのが分かる。左手で頭を撫でればくふくふと笑った振動が伝わってきて、ぶんぶん振られる尻尾が見えるようでこちらまで笑いだしそうになった。かわいい。かわいいな
あんまりにも強く抱きしめるから、ちょっと苦しい。少しの距離も許さないとばかりのそれが愛おしくて、ルカが触れた場所から熱を持つ身体を持て余してしまう。
「ルカ、るか……“Kiss”、して」
「っシュウ…!」
勢いのわりには優しく触れ合った唇に熱が灯る。ちゅ、ちゅっ、と響く小さなリップ音が次第に大きくなって、どちらのものか分からない荒い呼吸がキッチンに響く。柔く食まれた下唇に抗わずに口をあければ、ぬるりと入ってきた分厚いルカの舌が僕の口の中を丁寧に撫でて回った。初めてキスをした時はあんなにも必死だったのに、覚えのいいルカはすぐ上手になって、今じゃ翻弄されるばかりだ。上顎あたりを優しく触れるみたいになぞられて思わず出た声が恥ずかしくて、震えて砕けかけた腰はルカの大きな手が支えてくれた。靄のかかる思考の最中なんとか理性を手繰り寄せる。
あぁ、いけない。ちゃんとご褒美をあげないと。
「ふ、はっシュウ、シュウ…んっ…」
「っあ、は…る、か…るか、ふふ…“Good Boy”…あ、んぅ…!」
待ってました、と言わんばかりに深くなるキスに呼吸を奪われて、くらりと揺れた視界がとうとう理性を放棄した。なにも我慢していたのはルカだけではないのだ。コマンドをだしたことで高揚した気分が見事に性欲へと変換されるのを享受してしまいたくて、ルカの頭を抱くみたいに撫でまわす。わざと擦り付けた下腹部に硬いそれがあたってハジメテみたいにドキドキした。そっか。興奮してるんだ、ルカも。
ルカはまだ帰宅したばかりだし、冷蔵庫の中では晩御飯になるはずの食材達が、胃に納められるのを今か今かと待っている。
ちょっとはしたないかなとか、まだやるべきことが残ってるのにとか、控えめで冷静なはずのいつもの僕は熱い熱ですっかり溶かされて原型も残ってない。
「ねぇ…るか、るかのへや……つれてって」
「っ…!Of course!」
「お、わ!ルカ!?」
がばりと救い上げるように姫抱きされた身体がぐんぐんと運ばれていく。コマンドにもならないおねだりが少し恥ずかしいと感じてしまうのは、僕がまだ正気な証拠かもしれない。
僕はしきりに降り注ぐキスに適度に応えつつ、先程までにらみ合っていた食材達にちょっぴりごめんねを送る。
まずは一時休戦。君達の相手は、大事な恋人を甘やかしてから。