太陽ですら月には勝てない「シュウ、シュウ」
蜂蜜をたっぷり溶かしたような、とろりとした甘い声にゆっくりと瞼を開ける。暗い部屋にぼんやりと浮かぶふたつのすみれ色が、こちらをじっと見つめていた。
寝起きで定まらない視界のまま軽く当たりを見回して、まだ夜であることを確認する。回らない頭でなんとなく状況を整理していく。
そういえば、今日はあっちの仕事で遅くなるって言ってたっけ
「ん、ん…るか…?おかえり」
「シュウ、ただいま。ごめんね、起こして…」
僕が起きたことに気付いたルカが、嬉しさと申し訳なさの混じった微妙な顔のまま口をもごもごさせて覗き込んでくる。珍しい表情に面白さよりも心配が勝った僕は、目を擦って軽く身体を起こした。
「どうしたの?なにかあった?」
「えっと、そうじゃないんだけど……いや、あったけど、なかったというか……」
歯切れの悪い返答は彼らしくない。少しずつ冴えてきた思考でさっとルカの全身を確認する。とりあえず怪我はしてない。目に見えないなにかもない。あとは……
僕が心の中で指差し確認している間に、ルカの中でなにか決心がついたらしい。焦りすら見えるルカは躊躇いながらも口を開いた。
「シュウ、あのね、一個だけでいいからコマンドだしてくれない…?」
一個だけ、Rewardも簡単でいいから。
「ん……?いい、けど…それだけ?」
「うん。なんでもいいし、それだけしたらまた寝てもいいから。ごめん、急に……」
言い切るとしょぼくれモードになってしまったルカの手にそっと触れる。少し乱れた脈が、今ルカが平静でないことを教えてくれた。
「ふふ、全然いいのに。おいでルカ……キスして」
握った手を軽く引けば、誘われるがままこちらに身を寄せてくれるルカを両手で迎える。少し性急に触れた唇はいつもより冷たかった。
きっとなにかがあったのだろうそれは、話せない理由があるのだろう。例えば仕事関連のことで、僕をまきこみたくないとか。まあ、今はそんなことどうだっていい。ただ、意外としっかり者で僕に負担をかけてくれないルカが、夜中に僕を起こしてまでこうして頼ってくれたことが何より嬉しい。パートナーに頼られているという事実にじわり、じわりと湧くなにかが心を満たして内側から熱が灯った。
「ふ、ん、ん……シュウ…」
「っぁ、ちゅ、ふ…ぅか、こっちも」
啄むように重なる唇を舌でつん、と突けば、素直に開かれたそこからルカの分厚い舌があっという間に咥内に滑り込んで来て、僕の舌と絡み合う。震えるそれに熱を分け与えるように、隙間も作らないくらい交じり合った。お互いの鼻がすりすりと擦れて、金色が頬を撫でる。
不慣れな深いキスはすぐ息があがってしまう。どちらともなく離れた唇の隙間、足りなくなって吸い込んだ空気にルカの男らしい香りが混じって胸の奥がむずがるように跳ねた。
「っは、しゅ、う……」
「るか……〝More〟」
コマンドに一瞬目を見開いたルカがふは、といつもの調子で笑う。
「シュウ、俺を甘やかしすぎだよ」
「だって、なんでもいいって言ったじゃん。ほら、はやく」
ルカの頬に噛み付くみたいに唇を寄せれば、そこじゃないとでもいうように両手で顔を包まれてちゅ、と離れていた唇が触れ合う。
深くなっていくキスといつのまにか背に触れていたシーツを感じながら、僕はそっとルカの大きな背を撫でた。