セリスはアレスに連れられ、裏通りにあるアレス一押しの酒場に来た。
アレスはどうも城の居心地があまり好きではないらしい。自室か訓練場以外なら街に出ていることが多く、この酒場も顔を覚えられる程度に来ているようだった。扉の軽快なベルを鳴らし入るや否や「あいつが可愛いお嬢ちゃん連れてきたぞ!」と誰かの野次から酒場はお祭り騒ぎとなった。すぐさまアレスはこいつ男だぞ!と言ったが、お前が酒場に連れてくる仲良いやついるなんてな、と結局飲めや騒げやの大歓迎をうけたのだった。
店主のおばさんが新しい食事を持ってくる際「二階に宿もあるから食べたあと休んでいっても良いわよ」と言われた。アレスは「余計なお世話です!」と珍しく顔を赤らめていたが、はてセリスはきょとんと首を傾げていた。
宴が乱闘に変わり始めたから避難する、という名目で二人は二階に逃げた。
「二階、半分連れ込み宿みたいなもんなんだ。」
「へ」
「あのばーさん、俺らのこと気付いて言ったんだよ。」
階段を先行するアレスはぎゅ、とセリスの手を握った。ランプの逆光でわかりづらいものの顔が赤くなっている。
「じゃあ……」
「「寝る」、か。この部屋だな。」
鍵を開けきぃと蝶番が軋む扉を開くと、簡素なベッドと小さな机があった。布団は寝心地が良さそうだ。
「あっ…♡」
扉を閉めるや否やアレスにキスをされた。お互い、何をするかはもうわかっている。触れるだけのキスはアレスの唇を食む合図から舌を絡め、息継ぎの合間そのままベッドにもつれこむ。
「ん……」
口を合わせながらアレスは器用にセリスの体を撫で、剣帯を外して抑えがなくなった上衣の裾から手を差し込む。
(きもち……)
アレスの手は温かく、シャツのボタンが外されている間にセリスはぽかぽかと体が温まる感じがしてきた。これはまるで春の、柔らかで温かい日向のような――――
「……うそだろ。」
アレスはセリスの息遣いが変わった、と顔を上げるとセリスの幸せそうな寝顔が目に入った。
はぁと一つため息を付くとアレスは今開けたシャツのボタンを止め直して、起こさないよう優しく掛け布団を被せる。
(酒も入ってたし疲れが溜まってたんだろうな……)
ここ最近、セリスが立て込んで書類仕事をしている姿をアレスは見ていた。だからこその気晴らしだったのだ。
すやすやと寝息を立てるセリスの髪を優しく撫で、アレスは再度溜息を付いた苦い顔で部屋に備え付けられた簡素な浴室へ入っていった。
「セリス!流石に起きろ!」
「んえっあ、あれ…?僕……、」
「ぐっすりだった。」
アレスと酒場と入ったのが昼より少し前。夜に出かけると変に心配かけるからと敢えて昼の軽食を狙って出かけたのだ。で、現在窓から差し込む陽は橙色がかっている。
「ほら、早く髪整えろ。」
「う、うん。……アレス怒ってる?」
「別に。」
そういうアレスの顔は少し不機嫌そうだった。
階下に降りると酒場には宴の跡が広がっており、惨状に呆れ顔をしたおばさんが片付けに勤しんでいた。
「あら、二人ともおかえり。どうだった?」
「特に何もないですよ。こいつは布団がお気に召したようです。」
「あっはっは!そうだったかい!」
「いって!」
鍵と代金を渡そうとしたアレスはおばさんに笑われながらバンバンと背中を叩かれていた。
「あ……えと……。料理、おいしかったです。今日はありがとうございました。」
「そうかいそうかい。二人ともまたいらっしゃい!」
カランカラン。二人はおばさんと扉についた軽いベルの音に送り出された。
「アレス、ごめん…。」
アレスと小指だけ繋いだセリスは俯いて謝った。
「別にいい。ここのところ立て込んでただろ?昼寝も悪くない。」
「でもさっき…」
「あれは絶対揶揄われると思ったからだ。ばーさんだけだったからまだマシだったけどな。」
「う、うん……。」
「でももしセリスが良ければだが……」
アレスはセリスに耳打ちする。
「今夜、部屋で続きをしないか?」
ぼっとセリスの顔が赤くなる。返事は?と聞くとセリスは小さく縦に頷いた。
「その前にオイフェに怒られるかもしれんが。」
「まだ門限より早いからきっと大丈夫だよ。」
城が段々と近づいてくる。二人は恋人だと一部の面々にしか伝えていないため、城の門から少し離れた場所で絡めた指を離す。火照ったセリスの顔ももとに戻っていた。
「じゃあまた後で。」
遠くでセリス様おかえりさないと声が聞こえる。解放軍の盟主セリスと黒騎士アレスの二人は西日が射しはじめた城内へと入っていった。