フォーチュンドール5章1話貝森特区への移住者も落ち着き、教育施設として貝森学園が建設され、すでに数十人の入学者や見学者がいた。25歳まで任意で生徒として通うことができるこの場所に、幸も見学に行くついでに先行で入学をしていた将信に会うことにした。将信が一つ授業を終えたところ、人の捌けた教室に幸が入ってきた。幸は将信に挨拶すると早速カバンから一冊の古い本を取り出した。将信がその本を見るとぎょっとし、この本をどこで手に入れたのかと問いかける。予想通りこれは魔導書であるが、将信はそれ以上のことは専門外で分からないという。
「黒い猫についていったら拾ったのですが、やはり魔導書でしたか…」
「いくら魔法を教えることができるからって、あんまり俺を便利屋だと思うなよ?」
「でも、私がわからないことはとりあえず聞いておこうと思いまして。」
「まぁ、少しでも力になれるんだったら、相談には乗るけどさ。」
「ところで、魔導書は武器として使うのでしょうか?それとも中身を読んだ方が…」
「あった場所に返した方がいいだろう。何かあっても俺は責任取れないぞ?」
「それが、来た道を覚えようと振り向いたときには道が変わってしまっていて。」
「そうか、とりあえずむやみに本を使うとこはしないほうがいい。」
「そうですか、それでは今日の鍛錬は…」
「積極的なのはいいが、あんまり毎日やるには疲れるぞ?今日は休んで明日から譲葉もこの学園に誘って鍛錬をしよう。こっちのほうが設備は整っているからな。」
幸は将信が言うように今日の鍛錬を休み、家に帰った。しかし、魔導書の事が気になって仕方がない、まるで導かれるように幸は魔導書を読んだ。不思議なことに読める。幸は無我夢中で魔導書を読んでいき、その姿を見たグレーラに呼びかけられても気にせず、気が付けば幸の体には謎の力が宿っていた。
「幸!幸!!」
グレーラの声はようやく幸に届いた。幸の体は少し跳ね上がり、グレーラのほうを見つめる。
「やっと気が付いた。ちょっと何やっているのよ幸。その本は使わないほうがいいって言われたでしょ?」
「あ、その…つい…」
「ねぇ、なにか変なこと書いてなかったよねぇ?なんかオーラみたいなの出てたけど体は大丈夫?」
「衝撃吸収…」
「え?」
「一定の衝撃を吸収する能力、そうやって書かれていたわ。あまり使い方は分からないけどつまり…」
幸は食器棚から皿を一つ持ち、頭の上から落とし、落ちるであろう場所を一点に見つめる。グレーラは幸の行動に慌てるが、皿が床に落ちるまでは一瞬の出来事であった。皿は割れることなく、こつんと音を立てて、床に置かれた。
「つまり簡単に使うとこういうことよね?まだまだ使うには時間がかかりそうだわ。」
「うわあああああん。びっくりしたよぉ…幸が奇行に走ったかと思ったよぉ…」
「ごめん、自分でもよくわからなかったから。」
幸はそっとグレーラの頭を触るとグレーラは少し安心したのか安心した顔になった。幸はこの力をうまく使えたら雫の魔力暴走も制御できるのではないかと考えた。
そして次の日…
「先輩、とりあえず魔導書読んじゃいました。」
「はあああああああああああああああああああああ!?」
「興味があってついうっかり…」
「お前、大丈夫なのか!?何かあっても知らないぞ!?」
「それで新しい能力を手に入れたのですが…」
「反省しろ!」
雫は何の話かついていけなくてキョトンとしている。幸は淡々と話しを進めようとするが、将信は焦った顔で幸に説教をしようとしている。幸はとりあえず将信を説得しようと、雫に対し、自分に向けて魔法を撃つように命じた。雫はすごく戸惑うが幸がまっすぐ雫を見つめると、自分の制御できる範囲の弱めの魔法を幸に向かって撃つがやはり制御が効かず、大きな風魔法が幸に向かって放たれた。幸は両手を前に出し、その魔法を吸収してみせると、まだ負担が大きかったのか膝を落とした。
「さ…幸さん…大丈夫ですか?」
「ど、どうですか?周りに影響は出てないでしょう?」
「危なっかしいし、無茶するな。お前が男だったらぶん殴ってたぞ。」
「え?先輩そんなことするのですか?」
「はぁ…。」
幸の行動に、近くにいたグレーラもさすがに堪忍袋の緒が切れたのか、幸に対し、ぽかぽかと握りこぶしをなんどもあてた。そして極めつけに幸の頭にチョップをするが、その瞬間であった。幸から爆発するように衝撃が溢れだし、その場にいたグレーラと将信と雫は周辺に飛ばされてしまった。幸は驚き、グレーラのもとに駆け寄る。将信と雫も自力で立ち上がるが、何が起きたのか理解できなかった。一番混乱していたのは幸であるが、幸はグレーラに傷がついていないことを執拗に確認した。グレーラが幸を宥めるように大丈夫だと何度も言うと、将信と雫も幸に近づき、大丈夫か確認する。そして、先程の衝撃の事を将信が訪ねようとすると、幸は涙目になりながら将信のほうに振り向いた。
「そ、その…」
「今のは自分の意思でやったのか?」
「ちが…い…ます…。」
「まさか、衝撃を吸収するのはいいが、溜めすぎると勝手に放出するんじゃ…」
将信が問いかけているところ、幸の涙の量は増えていき、完全に泣き出してしまった。それに戸惑う将信に対して、雫は軽めにそっと幸を抱き寄せた。
「幸さん…いつもありがとう…私のために頑張ってくれて…でも無理しないでね…」
その日は幸が泣き止むまで解散しなかったのである。
そして、ところ変わって、ここは粒体マナを研究する科学部の施設。その一室、今日は部員会議のために数人の人が集まった部屋の扉を思いっきり開ける奴がいた。ダァンッと音を立ててその男は大声で言った。
「山磨翔織はいるか?」
そこにいる部員たちは首を横に振り、そろそろ来るんじゃないかと小声を出すと、その男…誉の後ろでおしるこ缶を持った翔織が眉をひそめて現れた。
「おい、うるさいぞ…ドアが壊れるだろ。」
「俺たちに力を与える神聖なる動物は?」
「はぁ?誰だか知らんけど、指さしてんじゃねぇよ。」
翔織は無視して部員たちのいる部屋に入ろうとすると、誉は翔織の胸ぐらをつかむ。
「一族としての自覚あんのかお前!」
2人はにらみ合い、他の部員たちはざわざわする。そこに鶴花も加わり、誉を止める。
「お兄様、力で押しのけるのはよくない方法ですよ。」
「あぁ、そうだな。また来る。そん時はお前に一族としての意識をしっかり叩き直してやるからな。」
「はぁ、そんなに蛇崇拝して、恥ずかしくないの?悪いけど、俺は蛇持ちでもないし、そんな宗教的なこととは縁を切りたいんだが?」
「んだと?」
「お兄様!」
誉は、壁に翔織を叩きつけて手を離し、その場を後にする。部員たちが今のは何だったのかと翔織に聞くが、翔織は話をそらし、会議をはじめた。今日も今日とて部長がいない分、翔織が会議をまとめ、終わった後にまた屋上へ向かうのだった。
つづく