フォーチュンドール1章9話雫のところに兄である澪が話しかけてきた。これまで雫はあまり家では絵を描くことはなかったので絵の練習をしているのは珍しいと思ったからである。どんな感じで絵を描いているのか、また実体化したときにすぐに対応できるように近くにいたのだ。雫は最近の絵の練習は幸から渡された絵を写し描きしているのだ。それも幸の描いた絵で普段から幸は設計図を描くために少し絵を描いているのでその絵を描いているという。ときより、澪が雫の手が震えていて線が安定してないと指摘しているところも見られたがわかりやすい絵になっていった。
そこにインターホンが鳴る。雫が唯を遊びに誘っていたのでちょうど唯が来たのだ。雫は唯を出迎え出かける準備をしたが、その時、澪は玄関に飾ってあった鏡を見てしまったのだ。澪の能力は鏡に映る相手や場所の過去を見る事ができる、そこに映っていたのは唯、澪から見える視界は鏡の中の景色を変える。そこには唯の過去の姿であろう少女が映っていた。澪はそれを凝視する。徐々に赤く染まるその過去に澪は形相を変え、雫の肩を引く。
「雫に近づくな、犯罪者!」
澪の一言に、唯と雫は唖然とする。そして言葉を理解した瞬間、唯の顔は青ざめる…。唯の過去、誰にも悟られないように明るくふるまっていた。しかし、それがなぜばれてしまったのか、唯はごまかしの言葉を口にするが、澪の顔は怒りに満ちた表情から変わることもなく、唯は怖くなりすいませんでしたと謝り、その場から逃走した。
それは昔の話、唯が小学校低学年のころ、子供とはいえ、その年となると大きなぬいぐるみを毎日抱きかかえながら学校に来る子なんていないだろう。しかし、唯はそんな子であった、それは唯のぬいぐるみを操作する能力に基づいたもの、ぬいぐるみへの愛着や、能力の安定のために常にお気に入りのクマのぬいぐるみを抱きかかえ登下校、授業中も膝の上に置いていた。傍から見ればとても幼稚に見える唯はいじめを受けていた。それでもぬいぐるみがあれば暗い気分も抑えることができた。しかしある日、ぬいぐるみを取られ、そしてぬいぐるみに対して暴行を加える生徒がいた。唯がぬいぐるみが痛がっているなどというと、相手はそれを面白がり、虐めはエスカレート、次第にぬいぐるみはボロボロになっていき、最終的には机の上に切り刻まれたそのぬいぐるみとカッターナイフが置かれていて、唯は言葉を失った。周りの生徒たちは唯を見て笑う。追い打ちをかけるようにいじめの主犯である生徒が唯に近づくと、唯は下を向き、いつもより低いトーンの声で話しかけた。
「ねぇ、楽しい?ずたずたにして、切り刻んで、壊して…その楽しさを教えてほしいな~。こうやって!みんなが私にやったこういうことが!楽しいんだよねぇ!じゃあ、楽しいって私も思わないとみんな私を笑うんだろ?」
唯は机の上のカッターナイフを他の生徒に振りかざし、なんども切り刻む、何人もの生徒を傷つけ、周りの悲鳴が鳴り響いた。逃げ惑う生徒たちの後ろには笑って追いかけ、捕まえては切り刻む唯がいた。それを目撃した先生たちは唯を止め、警察や保護者に連絡、それ以来、唯は精神病院での生活を余儀なくされた。親は病院で唯にいくつか小さなぬいぐるみを与え唯は常にそのぬいぐるみで顔を覆っていた。中学生になっても悪い噂は絶えず、どんなに明るいふるまいをしても友人のできなかった唯の話を聞いてくれたのが雫だった。
澪の一言で家から飛び出した唯は過呼吸を起こしていた。もし、雫に自分の過去がばれたらと不安がこみあげてくる。道端で頭を抱えてうずくまっているとそこにたまたま通りかかった幸が唯に話しかけた。
「唯じゃない、どうしたの?迷子?それとも具合悪いの?」
「幸…さん…、俺もうだめです…。」
状況を理解できない幸に、唯はすべてを話した。自分が犯罪者であること、それが雫の兄にばれたこと、幸になら話しても問題ないと思った。もし、問題があって自分から離れていくのならばそれも自分の転機なのだろうとも。幸は唯の頭をなで、落ち着かせる。幸は引くこともなく真面目に唯の話を聞いた。それでも幸は転校早々、唯に話しかけてくれたことがうれしかったから、どんな過去も関係なく唯の力になろうとした。唯は大粒の涙を流し、ありのままの自分を受け入れてくれた幸に感謝をした。そこに雫がやってきた、澪も一緒だ…。
時間は唯の逃げ出した時間に戻る。
雫は澪にどうしてあんな発言をしたのか問いただした。澪は見たままの過去を雫に話した。雫は青ざめるも、それでも信じることができずにいた。唯の明るさや人当たりの良さ、優しさには何度も助けられたことがあるからである。内気な自分に話しかけてくれた唯は雫にとっての大切な親友であるが澪はその事情を知らないために過去から人柄を推測し、雫を納得させるために唯がどれだけ危険な人間であるか話したのである。親友の悪口を言われているのだから雫にとってもはとても気分が悪いことである。しかし、反論するのが苦手な雫は思ってもないことを澪に口走ってしまったのである。
「お兄ちゃん、大っ嫌い!」
効果は抜群だ、澪の頭は真っ白になった。過去の事ばかりでもきっと反省しているからこそ今の唯がいると雫ははっきり言った、落ち込み気味の澪はむやみやたらに唯を探す雫を見て頭を掻いた、澪の能力は場所の過去も見れるので唯の通った道を探し、雫に教えながら唯のもとへ向かった。
唯は怯えた目で澪を見た。雫も澪を見ると、澪は唯に近づき面と向かって謝罪する。
「あー、さっきは犯罪者なんて言って悪かったな。」
「いえ、事実は…変えられませんし…。」
「唯ちゃん…ごめんね…お兄ちゃん…過去が見れるの…。」
「そうだったんですか!?あ、俺…しずといてもいいのかな…」
「雫はお前のこと好きみたいだから、僕と違って一緒にいて楽しい奴といればいい…」
「え…。」
「お兄ちゃん…さっきはごめんね…お兄ちゃんの事…大好きだよ。」
澪の顔色が明るくなった。唯も顔を上げて、雫に抱きついた。今日のところは一件落着といったところ、唯と雫は幸も誘ってそのまま遊びに行った。澪は行ってらっしゃいと言って家に戻る。ふと、そろそろ3人の参加してる学校行事がそろそろトーナメント戦になる時期だと思い出した。澪も前年までは貝森高校の生徒であったので、かつてチームを組んでいた後輩の様子や学校での雫の様子でも見に行こうかと考えていた。
そして10月中旬、学校行事でのそれぞれのチームの順位が発表された。幸たちのチームはまさかの30位、ギリギリ最終トーナメントの参加チームとなっていたのだ。むしろここまでなると思っていなかった幸は、唖然としていた。なにより、驚いたのはトーナメント表に書かれていた初戦の対戦相手である。それはなんと将信のいるチーム、ここまでヒントは与えてくれていたものの、練習ですら戦ったことのなかった相手だった。ふと幸が振り返ると後ろには将信がいた。
「よっ尼波、まさか初戦で当たるとはな!」
「せ、先輩…。」
「はっきり言って、お前らが勝ち上がってくるとは思わなかったし、むしろ俺一人でも相性的に勝てそうな気がするが、手加減はしないからな。」
「望む…ところです。」
幸は自信なさそうに返事し、将信はその場を去っていった。でもここで成長を見せたいとも思い、幸はやる気に満ちていた。
唯と雫は、本当に倒せるのか幸に問う、幸は人形達それぞれと目を合わせ、うなずいてからみんなで手を下向きに出し重ね合わせ、士気を高めていった。
つづいてくれ!!!