あのなあ、今までは……セントフォンテーヌに来るまでは、別に何とも思ってなかったんよ。でも、任務でいろいろあってから、今はちょっとええなって……。だって先輩、けっこうカッコええとこあるねんで。まあ、任務中に何度も危ない目に遭うたから、吊り橋効果ってやつかもしれへんけど。別にええやん。吊り橋効果から始まる恋やっても、ロマンチックやろ?
そんなことをぼうっと考えていたお昼過ぎ、ちょうど拠点にはキャロルと先輩と二人しかいなかった。彼はカウンターの向こうのソファに腰かけて剣を磨いている。
「せ……」
普段はなんとも思わない沈黙なのに、今は破るのにすこし勇気が必要だった。それでもなるべく、何気なく、いつも通りに声を出す。
「先輩、帰ったらショッピング付きおうて」
やっとの思いで投げたひと言に、先輩は顔を上げもしない。
「なんで俺?」
うわ……。いや、この反応は分かっとった。めげたらあかん。
「なんでって、ええやんか。どうせ暇やろうし」
「暇ではない」
「って言うけど、いっつも訓練ばっかしとうやん。休みの日は遊ばなあかんで!」
先輩は肩をすくめた。ううん、ええと、ここからなんて言おう。内心の緊張を悟られていないことを祈りながら、次の台詞を口に出す。
「ほら、こんなに一緒に頑張ったんに、帰ったらぱったり会わんくなるんも味気ないってゆうか。せっかく仲良うなったんやし、ぱーっと遊びに行こって言うてんの!」
それに、天命の部隊再編とかで、第二小隊もこれからどうなるか分からない。任務以外で会える機会を今のうちに作っておかないと、先がないと思ったのだ。
「それなら、隊長も誘う?」
ぎくり、肩が強張る。いやいや、この返事も予想の範疇。隊長ごめんなさい、隊長も好きやけど、今欲しいのはデートの約束やねん。
「隊長は……忙しいやろ。休日何しとんのか知らへんけど、全然聖フレイヤにおらへんねんで」
「ふうん。でも、ファッションのことならライルのほうが」
「チャラ男とは趣味が合わへん!」
「荷物持ちならティミドが頼りに――」
「先輩っ!!」
ぱん、とカウンターに両手を突く。
嫌なら嫌だとはっきり言ってほしかった。キャロルがきっと睨みつけると――先輩の目は笑っていた。
「――冗談。いいよ。俺とキャロルの二人だけな」
声色はいつもキャロルをからかうときのそれで、琥珀色の瞳はいたずらっぽく細められている。
キャロルはぽかんとして、わなわなと震えた。
「先輩、まさか、最初からわかってて言うて……、この、…………もおーーーー!!!!」
キャロルの怒号と先輩の軽い笑い声が、トタン小屋によく響いた。