黒き海の落とし子 陽真が住んでいる小さなアパートの良いところの一つに、海が程々に近いというのがある。徒歩三十分の所にある遊泳には向かない汚い海岸線に向かう時、決まって陽真はゴミ袋とトングを持っていく。美化活動或いはボランティア精神、と言えば聞こえはいいが、嫌なことがあった時、とにかく身体を動かすと気持ちの整理をつけられるという長年の習慣によるものだった。
だから今も、夕日の沈んだ後の寒い冬の日に、誰もいない海岸線を独り歩きながらゴミを黙々と拾っている。
さく、さくとグレーの荒い砂利のような砂浜を歩く。彼の前には、打ち上げられたペットボトル、ビニルの紐、大人のおもちゃ等々が無数に落ちていて、たった一人の力では到底綺麗になるはずがない、と万人は口を揃えていうだろう。陽真の目的は海を綺麗にすることではないので問題はないのだが。
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