挑発 星が輝く空間に、三つの影が並んでいた。聳えるように高い台座を備え、頭上に装飾を掲げた巨大な玉座だ。地上からどれ程離れているのか、足元は影に覆われて何も見えない。それは中央の円卓を囲むかのように、一定の間隔で配置されていた。
そんな仰々しい座面に座っているのは、白装束を纏った三人の男だった。一人は大柄な老人の姿で、一人は長身の青年の姿をしている。最後の一人は子供の姿をしていて、余った座面に胡座をかいていた。いずれも真っ白な布に隠されていて、表情は窺うことができない。
「神から、新たなお告げが下った」
しばらくの沈黙を保った後に、不意に老人が口を開いた。同じく沈黙を保っていた二人の若者が、言葉に応じるように視線を向ける。白い布に隠された鋭い瞳が、真っ直ぐに老人の顔を貫いた。静かに視線を向け止めた後に、老人は勿体ぶった態度で口を開く。
「ネオドミノシティの郊外に、闇のカードを使う者が現れたそうだ。やつらはWRGPにエントリーして、大会の進行を妨げるつもりらしい。お前たちに、心当たりはないか」
老人の言葉を聞いて、子供はあからさまに首を動かした。わざとらしい動きで布を揺らすと、青年の方へと視線を向ける。黙っている青年を見つめると、口角を上げながら呟いた。
「僕がそんなことをするわけ無いだろ。WRGPを妨害したところで、僕たちの目的は達成されないんだから。プラシドが怪しいんじゃないの?」
「俺ではない」
子供の挑発するような言動にも動じずに、プラシドと呼ばれた青年は静かに言葉を発する。表情は隠れていて見えないが、声に動揺するような響きはなかった。そんな青年を援護するかのように、老人も淡々と言葉を重ねる。
「神のお告げによると、闇のカードはイリアステルのものではないようだ。技術が転用されていれば、我々が気づかないはずがない。神の推測では、アルカディア・ムーブメントが絡んでいると見ているらしい」
正面から自身の発言を否定されて、子供は不満そうに息を吐く。不満そうに足を組み直すと、今度は老人に向かって言葉を吐いた。
「つまんねーの。そういうことなら先に言えよ」
しかし、そんな彼の発言は、それ以上は続かなかった。老人の威圧するような気配が、少年を牽制したのである。悔しそうに言葉を飲み込むと、二人の仲間から視線を逸らした。星が流れるその空間に、再びの沈黙が訪れる。
次に口を開いたのは、またしても大柄な老人だった。静かになった若者たちを一瞥すると、落ち着いた声で言葉を紡ぐ。
「神からのお告げだが」
老人の口から発された名を聞いて、二人の若者は視線を動かした。彼らにとって神のお告げとは、何よりも重要なものだったのだ。神の望みをどれだけ確実に叶えるかが、代行者としての評価に繋がる。仲間を出し抜くためにも、成果を残さねばならなかった。
「ネオドミノシティに降りて、闇のカードを持つ者と戦って来るのだ。我々の計画を達成するには、闇のカードを回収してやつらの計画を止めねばならぬ。プラシド、ルチアーノ。お前たち二人が、地上に降りてやつらと戦え」
「はあ?」「なんだと?」
老人の言葉を聞くと同時に、二人の若者は声を上げる。ちらりとお互いに視線を向けると、噛みつくような勢いで反論した。
「なんでこいつと一緒なんだよ。それくらい、僕一人で十分だ」
「それはこっちのセリフだ。こんなガキなどいなくとも、俺は十分に成果を出せる」
お互いの言葉を聞いて、二人はさらに視線を噛み合わせる。今にも乱闘が起きてしまいそうな、一触即発の空気だった。それもそのはず、この若者たちは、お互いをライバルとして捉えているのだ。特にお告げのことになると、彼らは常に喧嘩腰になった。
「油断するな。相手は、闇のカードを持つアルカディア・ムーブメントの手先だ。与えられているカードも、一枚だけとは限らないだろう。詳細が分からない以上、単独行動は危険だ」
「でも!」
さらに言葉を重ねようとするルチアーノに、老人は鋭い視線を向けた。冷たく淀んだ空気に圧倒され、彼は悔しそうに唇を噛む。その様子を見ていたプラシドも、気難しそうな呻き声を発していた。反論が無くなったことを確認してから、老人が無理矢理話を纏める。
「やつらは、シティ郊外にアジトを構えているらしい。位置も特定済みだ。そこまで手間取ることはないだろう」
一方的に語ると、老人は再び口を閉じる。任務を押し付けられた若者たちは、不満そうに口元を歪めていた。どちらからともなくお互いに視線を向けて、相手に見せつけるように鼻を鳴らす。再び目を逸らすと、それ以上は言葉を交わさなかった。
翌日、プラシドとルチアーノは、シティ郊外へと足を踏み入れていた。荒廃した大地が永遠と並ぶ、町の最果てのような場所である。周囲は人の姿が無いどころか、建物の気配すら感じられない。白装束の下から周囲を見渡すと、プラシドは静かな声で言った。
「本当に、ここに奴らのアジトがあるのか?」
淡々とした中に、疑うような色彩が混ざった声だった。同じように周囲を見渡すと、ルチアーノもぶっきらぼうに言葉を返す。
「ホセから送られたマップでは、この辺りのはずなんだけどな」
そういう彼の声色にも、疑いの色が混ざっていた。周囲は閑散としていて、生き物の気配すらなかったのだ。ここに組織のアジトがあるなど、そう簡単に信じられるものではない。しばらく遠くを眺めた後に、ルチアーノはケラケラと笑った。
「もしかしたら、僕たちはホセに騙されたんじゃないのか? どこかの誰かさんが好き勝手するから、お払い箱にあったんだよ」
挑発するような言葉に、プラシドは一瞬だけ眉を歪める。しかし、すぐに表情を戻すと、隣に立つ少年を一瞥した。
「だとしたら、お前も一緒にお払い箱だな。サーキットを描けない奴は、神の代行者として相応しくないってことか」
「はあ? 好き勝手やってる奴が何を言うんだよ。お払い箱はお前に決まってるだろ!」
同じように挑発の言葉を返すと、ルチアーノはすぐに反論した。白装束のフードに顔を隠したまま、二人は一瞬だけ睨み合う。今にも言い争いが始まるというその時、遠くから衝撃音が聞こえてきた。
「「なんだ?」」
同時に声を上げてから、二人は音のした方へと視線を向ける。一面に広がる荒廃した大地に、分厚い土煙が上がっていた。明らかに人工のものではないと分かる、広範囲を対象とした物理攻撃だ。どう考えても、闇のカードとしか思えなかった。
「行くぞ」
言うが早いが、ルチアーノはワープ機能を起動する。時空の隙間を切り開くと、軽い足取りで飛び越えた。そんな仲間の後を追うように、プラシドも時空の狭間に吸い込まれていく。彼らが次に足を着いたのは、震源地から数メートル離れた場所だった。
分厚く広がっていた土煙は、既に大半が風で流されている。機械である彼らの瞳には、中の様子がはっきりと分かった。煙の起きている中心地には、デュエルディスクを構えた怪しげな男が立っている。背後に控えているのは、大柄なモンスターの姿だった。
「まさか、本当に出会えるとはな」
ターゲットらしき男を見つめると、プラシドは僅かに口角を上げる。煙が消え去るのを待つと、ヒールを鳴らしながら男に近づいた。
「おい、待てよ」
背後からルチアーノが声をかけるが、プラシドに止まる気配はない。試すように男を一瞥すると、はっきりとした声で言った。
「お前が、闇のカードの使い手か?」
急に声をかけられて、男は驚いたように身を震わせる。唐突に現れた長身の男を、値踏みするような視線で眺めていた。彼の目の前に現れた男は、全身を白装束に包んでいるのだ。胡散臭さだけを取れば、闇の組織と変わりはないだろう。
「お前は、何者だ」
「貴様に名乗るような名はない」
男から投げ掛けられた質問を、プラシドは尊大な態度でかわす。正面に佇む男の表情が、不機嫌な色を含み始めた。一定の距離を保ったまま、二人は暫し睨み合う。先に口を開いたのは、男ではなくプラシドの方だった。
「お前は、闇のカードを持っているな。どこから入手したか知らないが、大人しく渡して貰おうか」
プラシドの口から出た言葉を聞いて、男の表情がガラリと変わる。明確に敵意を含んだ視線を向けると、喉の奥から絞り出すような声で言った。
「嫌だと言ったら?」
「力ずくで奪うまでだ」
言葉を発すると同時に、プラシドはデュエルディスクを構える。そんな彼の態度に応じるように、男もデュエルディスクを構えた。一瞬だけお互いを睨み合うと、すぐにデュエルの開始を宣言する。そんな仲間の様子を眺めると、ルチアーノは小さな声で呟いた。
「あーあ。始めちゃったよ。全く、プラシドはせっかちだからな」
睨み合う男たちから視線を離すと、彼は周囲の様子を窺う。ホセから与えられた情報によると、この辺りには組織のアジトがあるのだ。周辺に潜んでいる人間だって、この男一人とは限らない。仲間まで闇のカードの所有者だった場合、彼らは囲まれてしまうかもしれないのだ。
デュエルを繰り広げる男たちに背を向けると、ルチアーノは周囲を探索した。土煙の上がる大地から離れると、さらに奥へと歩を進める。しかし、彼の視界に映るのは、荒廃した大地だけだった。怪しい建物の姿もなければ、人の気配すら感じられない。
このままでは埒が明かないと考えて、彼はスキャン機能を解放する。辺り周辺に電波を送って、生体反応を探ることにしたのだ。エネルギーの消費は大きいが、確実にターゲットを見つけることができる。しばらくその場に佇むと、ハッとした様子で踵を返した。
再び時空を切り開くと、時空の狭間へと足を踏み入れる。次に彼が着地したのは、そこから数十メートル離れた場所だった。相変わらずの荒廃した大地の上に、一台のキャンピングカーが停まっている。その姿を視界に捉えると、彼は納得したように呟いた。
「そういうことか」
堂々とした足取りで歩を進めると、正面から車に近づいていく。彼の存在に気がついたのか、不意に車の扉が開いた。中から降りてきたのは、明らかに柄の悪そうな二人の男である。彼らはルチアーノを視界に捉えると、怪訝そうに眉を動かした。
「なんで、こんなところに子供がいるんだ?」
頭一つ分は大きい相手を前にしても、ルチアーノは一切怯まなかった。正面から相手に向かい合うと、堂々とした態度で挑発する。
「おじさんたちこそ、こんなところで何してるの?」
ルチアーノの目論み通り、男たちはすぐに挑発に乗った。彼を睨み付けると、今にも掴みかからんばかりに身を乗り出す。至近距離まで顔を近づけると、威圧するような態度で買い言葉を吐いた。
「はあ? なんだ、このガキ」
「僕は、君たちに質問してるんだよ。こんなところで何してるのかって」
しかし、そんな男たちには動じずに、彼は淡々と言葉を続けた。余裕綽々な態度に、男は余計に苛立ちを見せる。あからさまに態度を変えると、煽るようにデュエルディスクを見せつけた。
「お前みたいなお子さまに語ることじゃねーんだよ。ガキはさっさと帰んな」
威勢良くデュエルディスクを見せる男たちを、ルチアーノは冷めた瞳で眺めていた。彼らは挑発的な態度を取っているが、実際にデュエルを仕掛ける様子は無い。闇のカードを持っているとすれば、さっきの男のように仕掛けてくるはずだった。だとしたら、この男たちは『はずれ』なのだろう。
「ふーん。そうか。じゃあ、力ずくで聞き出してやろうかな」
大きな声で宣言すると共に、ルチアーノはデュエルディスクを構える。虹色に輝くディスクの出現に、男たちが怯えたような顔を見せた。ルチアーノとデュエルディスクを見比べて、目を白黒させている。明らかに動揺する男たちを見て、彼は不敵な笑みを浮かべた。
「どうしたんだよ。君たちは、僕をお家に帰すんじゃなかったのか?」
さらに煽るような言葉を重ねると、彼らはようやくディスクを展開した。お互いに顔を見合わせると、示したように頷き合う。
「相当腕に自信があるようだが、所詮はガキだ。俺たち二人の相手じゃない」
「ひひっ、どうだかな。油断してると痛い目に合うぞ」
そんな男たちの様子を見ながら、ルチアーノは楽しそうに笑い声を上げる。男たちの反応を見た時から、彼は自らの勝利を確信していたのだ。闇のカードを持たない一般人など、始めから彼の敵ではない。神の力を振るえば、一瞬で片がつくだろう。
「「デュエル!」」
大きな声で宣言すると、ルチアーノは相手に立ち向かった。強引に先攻を奪い取ると、容赦なく展開を進めていく。男たちが違和感に気がついたが、既に後の祭りだった。二人の哀れな犠牲者は、ルチアーノの手のひらの上で転がされることになったのだ。
「それで、闇のカードを回収する代わりに、一般人の犠牲者を出したのか?」
それから数時間後、回収したカードと共に玉座の間へと帰った二人は、ホセからの詰問を受けていた。追及の議題となっているのは、カードを持つ組織との戦闘についてである。好戦的な二人の代行者は、必要以上にターゲットを痛め付けたのだ。そのために、リーダーであるこの老人は、周辺人物の記憶を消すことになったのである。
「カードを奪うために必要な措置だ。問題はないだろう」
そんなホセに抵抗するように、プラシドが淡々と言葉を重ねる。玉座に深く腰かけたホセが、不快そうに眉を潜めた。そんなことは気にも留めずに、今度はルチアーノが言葉を吐く。こちらも、自らの正しさを確信するような、自信満々な態度だった。
「僕は、プラシドほど暴れたりはしてないよ。情報を聞き出すために、ちょっと奴らを懲らしめただけさ」
二人から同時に反発を受けて、ホセは呆れたように沈黙する。この若者たちは、自らの行動の正しさを信じて疑わないのだ。神のためと称して人間を操り、時には快楽のままにデュエルを仕掛ける。ホセが実働部隊として扱うには、その性質は厄介だった。
しかし、当のホセ自身にも、彼らの行動原理は痛いほど分かった。目の前の二人の若者たちは、ホセの若い頃にそっくりなのである。だからこそ、彼にはそれ以上の忠告はできない。黙って二人を一瞥すると、諦めたように息をついた。
「そうか」
小さな声で言葉を発すると、空間の中央に視線を向ける。そこには、彼らの描いてきたサーキットが、白い線として浮かび上がっていた。急に黙り込む老人の姿を見て、若者たちは怪訝そうに眉をひそめる。こっそりと顔を合わせると、お互いにしか伝わらない声で会話を交わした。
「なあ、なんかあったのか?」
「さあな」
しかし、彼らがいくら推測したところで、ホセの真意は分からなかった。二人の疑問が氷解するのは、もうしばらく先のことになりそうだった。