印象 続き 再びルチアーノと顔を合わせたのは、それから一週間ほど経った頃だった。僕がシティ繁華街を歩いていると、背後から声をかけられたのである。彼の声は特徴的な響きを帯びているから、後ろを向いていても間違いようがなかった。
「やあ、○○○」
自分の名前が呼ばれた時、僕は背筋を震わせてしまった。一週間前に龍亞から聞いた話が、ずっと頭の中を巡っていたのである。彼の話を信じるならば、ルチアーノは秘密結社のメンバーなのだ。一度意識を向けてしまうと、心臓がドクドクと音を立ててしまった。
「ルチアーノ。久しぶりだね」
平静を装って返事をすると、彼はおかしそうに口角を上げた。くすくすと笑い声を漏らすと、楽しそうな声色で言葉を返す。
「久しぶりじゃないだろ。先週遊んだばっかなんだから」
どうやら、彼は僕の動揺には気づいていないようだった。普段と変わらない笑顔を見せながら、普段と変わらない声で言葉を返している。少し安心して、心臓の動悸が収まっていった。
「そうだったね。それで、今日はどうしたの?」
「この前と同じだよ。近くまで用事があったから、ついでに君を探しに来てやったんだ。タッグデュエルをやるには、有用性のあるパートナーが必要だろ」
からかうような笑みを保ったまま、彼は楽しそうに言葉を続ける。理由は分からないが、彼は僕がパートナーに困っていると思っているらしいのだ。自分と同じほどの腕前を持つ人間なら、一般人の実力では満足できないと考えているらしい。全くもってそんなことは無いのだけれど、わざわざ口にすることもできなかった。
「そうだね。僕なら、ルチアーノの暇潰しにも付き合えると思うよ。この後は用事も無いし、一緒にデュエルしよう」
彼からのデュエルの申し出を、僕は二つ返事で引き受けた。こうして彼から誘ってもらえるなら、僕にとっては都合がいいのだ。というのも、龍亞から聞いたほの暗い噂を、この目で確かめることができる。簡単に本性を明かさなくても、何らかの手がかりは掴めるだろう。
「退屈してるのは君も同じだろ。ほら、とっとと行こうぜ」
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、ルチアーノは快活な態度で話を進める。弾んだ声で答えると、強引に僕の腕を引っ張った。思ったよりも強い力に引きずられて、身体が斜めに揺さぶられる。なんとか体勢を建て直すと、彼の後を追いかけながら尋ねた。
「行くって、いったい、どこになの?」
「いいから、黙ってついてこいよ」
僕の質問には答えずに、ルチアーノは歩を進めていく。繁華街の大通りを越えると、迷わずに中央広場へと進んでいった。子供の遊び場を兼ねたこの広場も、シティでは有名なデュエルスポットである。どうやら、ルチアーノの目的は、広場でのデュエルみたいだった。
「着いたな。今日は、ここで遊ぼうぜ」
相変わらず楽しそうな笑みを浮かべながら、彼は僕の腕を引っ張っていく。視界に映る楽しげな横顔は、ただの小学生にしか見えなかった。僕が連行される形になっていることを除けば、平和な友達同士のやり取りである。彼が秘密結社のメンバーだなんて、到底信じられるはずがなかった。
「なあ、君。僕たちとデュエルしないか?」
ずんずんと園内を横切っていくと、彼はデュエリストらしき人物に声をかける。好戦的な彼らしく、相手は僕よりも歳上の男の人だった。こちらを振り向いた男の人が、驚いたように口を開ける。歳上にタメ口を使う小学生を見たのだから、そんな反応になるのも当然だろう。
「すみません。この子、いつもこうで…………」
慌てて二人の間に入ると、僕は男の人に向かい合う。保護者の存在に安堵したのか、彼は僕の方へと視線を向けた。穏やかな笑みを浮かべると、柔らかい態度で答えてくれる。
「いえ、気にしなくていいですよ。子供っていうのは、無邪気なものですから」
「ありがとうございます。良かったら、デュエルしませんか?」
「いいですよ。友人を呼んできますね」
僕が丁寧に言い直すと、男の人は穏やかに受け止めてくれた。どうやら、今日の対戦相手に選ばれた相手は、穏やかで優しい人だったようである。ルチアーノに負けず劣らず喧嘩っ早い相手だと、僕は肝を冷やすことになるのだ。
「なんだよ。声をかけたのは僕なのに」
男の人の後ろ姿を見ながら、ルチアーノは不満そうに呟く。拗ねたように口を尖らせる様子は、やはり外見相応の子供のようだった。
「仕方ないでしょ。ルチアーノの声のかけ方は危なっかしいんだから」
「どこがだよ。僕の方が強いんだから、何も問題ないだろ」
「あるんだよ。世の中には、年下が敬語を使わないと怒る大人だっているんだから」
そんな話をしているうちに、男の人が戻ってきた。仲間らしき男の人に会釈してから、僕たちも二人の後に続く。ソリッドビジョンを展開するスペースを開けると、腕につけたデュエルディスクを広げた。ルチアーノの腕についているのも、僕と同じ既製品のデュエルディスクだった。コイントスで先攻後攻を決めると、僕たちのターンからデュエルが始める。正面から対戦相手と対峙しながらも、僕はルチアーノの様子を盗み見た。
僕の隣でディスクを構えると、彼は楽しげにターンを宣言する。手札からモンスターを召喚すると、魔法やトラップで盤面を固めた。次の自分のターンが回ってくると、楽しそうに攻撃を宣言する。好戦的ではあるが、龍亞から聞いたような凶悪性は見えなかった。
三回目のターンを迎えた時、ルチアーノはモンスターでのダイレクトアタックを実行した。僕たちの前に佇むモンスターが、武器を振り回しながら相手に突っ込む。正面から攻撃を受けた男の人は、勢いに押されて体勢を崩した。ただのホログラムだと言っても、ソリッドビジョンには衝撃を与える力があるのだ。
「やったな。僕たちの勝ちだ」
デュエルディスクを畳むと、ルチアーノは楽しげに僕の前に駆け寄った。自信満々な笑みを浮かべると、男たちと会話を交わす。こうして間近で観察しても、ルチアーノの仕草におかしな点は見当たらない。確かに好戦的ではあるのだが、龍亞の語ったような猟奇性は見えなかった。
結局、その後も何度かデュエルを重ねたが、何も手がかりは見つけられなかった。僕の前に現れるルチアーノは、外見相応の子供そのものなのだ。少し好戦的なところは目立つが、猟奇的なわけではない。人をからかって遊んでいるだけで、傷つける意思があるようには見えないのだ。
やはり、龍亞から聞いた話は、彼の思い違いだったのかもしれない。きっと、ルチアーノの好戦的な一面に対して、彼が過剰に反発を感じたのだろう。彼は龍可のことになると、少し過敏になることがあるのだ。これまでにも、それで困ったことがあったと、龍可の口から聞いたことがあるのだ。
しかし、それで思考をまとめるには、ひとつだけ気になることがあったのだ。龍亞と龍可をデュエルに誘い込むための、ルチアーノの一連の行動である。彼は、わざわざアカデミアに転校して、龍可の元へと近づいたのだと言う。それだけでなく、自身の目的を済ませた後は、人々の記憶から跡形もなく消えてしまったようなのだ。それはまるで、始めから龍可を狙っていたようである。
どれだけ思考を巡らせても、答えは見つかりそうになかった。それどころか、考えれば考えるほど、何もかもが分からなくなってくる。そんな状態で歩いているから、僕は足取りまで危うくなってしまった。地面の小石につまづいて、危うく転びそうになる。
「おい。何してるんだよ。危ないな」
僕の方に視線を向けると、ルチアーノが呆れたように言った。子供に心配をかけるなんて、余計に自分を情けなく感じる。いくら不安の種があると言っても、今は彼との外出中なのだ。僕がしっかりしなくては、大人が付き添う意味がない。
「大丈夫だよ。心配しないで」
繕うように言葉を返すと、僕は前を見て歩き出す。少し怪訝そうな顔をしながらも、ルチアーノは後からついてきてくれた。繁華街を通り抜けると、前回と同じ門に辿り着く。いよいよお別れというところで、不意に彼が振り返った。
「なあ。君は、僕に隠し事をしてるよな」
「え?」
唐突に告げられた言葉を聞いて、僕は間抜けな声を上げてしまった。彼の語る言葉の内容が、すぐには理解できなかったのだ。少し思考を巡らせた後に、ようやく彼の意図に気がついた。
「僕に隠し事ができると思うなよ。君が僕のことを観察してることは、表情や行動でバレバレなんだぜ。いったい何を企んでるんだ? とっとと白状して楽になれよ」
僕の返事を待つこともせずに、ルチアーノは次の言葉を重ねていく。淡々と僕を追い詰める姿は、今まで見てきた彼とは少し違っていた。さっきまでの子供らしさはどこかへと消えて、大人びていて冷たい印象を感じるのだ。龍亞が語った内容を思い出して、さらに言葉が詰まってしまった。
「違うよ。観察してたわけじゃないんだ。ちょっと気になることがあったから、様子を見ようかなって思って…………」
なんとか言葉を返すと、彼は訝しむような表情を見せる。僕の目の前まで詰め寄ると、正面から顔を見つめてきた。こうして間近で見つめられると、僕が観察されてるみたいだ。そんなことを考えるまでもなく、ルチアーノはさらに言葉を重ねる。
「なんだよ。気になることって。僕におかしなところでもあったのか?」
「違うんだよ。ただ、ちょっと変な噂を聞いて…………」
結局、これ以上隠し通せなくなって、僕は白状してしまった。ルチアーノに問い詰められるままに、龍亞から聞いた噂話を口にする。彼がアカデミアに転校して、龍可のエンシェントフェアリーを奪ったという話だ。ルチアーノの追及は恐ろしくて、気がついたら全てを包み隠さず話してしまっていた。
「…………っていうことがあったんだ。それで、ちょっと気になって」
力無い声色になりながらも、僕は話を終わらせる。ルチアーノの反応が恐ろしくて、僕はゆっくりと視線を向けた。僕の話を聞いている間、彼はいつもの彼とは違っていたのである。冷たくて冷静で、すごく恐ろしい空気を醸し出していた。
僕の震える視線が、ついにルチアーノの顔を捉える。正面に佇む彼は、呆れたような表情を浮かべていた。僕の怯えに気がついたのか、くすくすと笑い声を漏らす。それは少しずつ大きくなると、やがては大きな笑い声になった。
「なんだ、そんなことか」
笑い声が落ち着くと、彼はあっけらかんとした声で言う。さっきまでの冷たさが嘘のように、いつもの彼に戻っていた。背筋にわだかまっていた冷たい気配が、少しずつ引いていくのを感じる。そんな僕を落ち着けるかのように、ルチアーノはさらに言葉を重ねた。
「それは、龍亞の勘違いだよ。君も変な話を聞いたんだな」
そこから発せられる声色は、いつもと変わらない穏やかなものだった。さっきまでの冷たさが嘘のように、年齢相応の朗らかさに戻っている。やはり、僕が彼に感じた違和感は、何かの間違いだったのだろうか。しかし、そんな言葉で片付けるには、その異変は大きかった。
「なにか、心当たりがあるの?」
心の底に残る違和感を隠しながら、僕はルチアーノに問いかける。微かに緊張を残したままの僕に、彼は笑みを保ったまま言った。
「あるよ。僕がアカデミアに転校したのは、紛れもない事実なんだから。妹の龍可ちゃんに近づいたのも、あいつの言う通りだ」
それから彼の語った内容は、だいたいこのような流れだった。今から数ヶ月前、龍亞が語ったのと同じ時期に、ルチアーノはデュエルアカデミアに転校した。季節外れの転校生となった理由は、デュエルの勉強のためらしい。プロデュエリストを目指す彼は、古くから続くアカデミアの授業を受けることにしたのだ。龍亞や龍可と知り合ったのも、アカデミアに編入したことがきっかけらしい。
「龍可ちゃんに声をかけたのは事実だよ。彼女は昔から、精霊と話せる天才少女として有名だっただろ。僕も噂は聞いてたから、どれくらいできるのか気になってたんだ」
龍可に近づいた理由について、彼が語ったのはそのような内容だった。つまり、彼は純粋な好奇心の元に、龍可の近くへと接触したのだ。普段の好戦的な彼を見ている身としては、十分納得できる理由だった。
「でも、龍可ちゃんとデュエルをするには、ひとつだけ大きな問題があったんだ。君も知ってるだろう。双子の兄の龍亞のことだよ。あいつは、僕が龍可ちゃんに危害を加えると思って、彼女との接触を妨げてきたのさ。あんまりにもしつこかったから、デュエルで黙らせたんだ」
要するに、彼が龍亞と龍可に危害を加えたというのは、その時の出来事を指しているらしい。ルチアーノ曰く、自分が負けたことを認められない思いが、龍亞の記憶を上書きしているのだという。確かに、龍亞とルチアーノが正面から勝負したら、軍配はルチアーノに上がるだろう。龍可を守るという使命に燃える龍亞からしたら、その存在は脅威だったはずだ。
でも、本当にそうなのだろうか。龍亞の語った内容は、彼の思い込みによる事実誤認なのだろうか。彼が僕に語った内容は、展開が明瞭な上に詳しいところまで埋められていた。ただの事実誤認として受け止めるには、少し詳しすぎるくらいだったのだ。
それに、さっきまでルチアーノが醸し出していた雰囲気も、僕の懸念を加速させていた。僕を問い詰める時の彼の姿は、どう考えても年相応の子供とは思えなかったのだ。
「……そこまでの経緯は分かったよ。でも、ルチアーノが急に転校した理由は、今の話には出てきてないよね。デュエルの勉強が目的だったなら、すぐに転校することにはならないでしょ」
僕が食い下がると、彼は不満そうにため息をついた。子供らしく頬を膨らませると、拗ねたような声色で答える。
「君は、嫌なところを突いてくるんだな。そんなもの、事情があったからに決まってるだろ。僕の家は君たちの家と違って、通う学校の自由が無いんだ。別の学校に通えって言われたら、そっちに通うしかないんだよ」
そう語る彼の表情は、少しの翳りを帯びている。理由として上げられた内容も、そこまで違和感を感じなかった。詳しいことは分からないが、彼は治安維持局関係者の子供らしい。この町は権力がものをいう社会だと言うから、あり得ない話とは言えないのだ。
「……そうなんだね。そんなことがあったんだ」
結局、僕の口から出た答えは、そんな曖昧なものだった。彼の語る言葉全てを疑うことが、今の僕にはできなかったのである。僕が納得したのを見ると、ルチアーノはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「そうだよ。君は龍亞と親しいみたいだから、あいつのことを信じたくなったんだろ。でもな、あいつの語る内容は、全部が正しいとは限らないんだぜ」
言いくるめるように言葉を並べると、彼はくるりと背を向ける。簡単に別れの挨拶を済ませると、通りの向こうへと消えていった。まだ賑やかさを残した繁華街の片隅に、僕はぽつんと取り残される。ルチアーノの後ろ姿を眺めながらも、頭の中では別のことを考えていた。