愛してるゲーム リベンジ「ねえ、ルチアーノ。今日は、愛してるゲームをしない?」
お風呂を済ませ、自分の部屋に足を踏み入れると、僕はルチアーノにそう言った。長袖の寝間着に身を包み、ベッドの上でゲーム機を操作していた彼が、半ば面倒臭そうに顔を上げる。僕を見つめる緑の瞳は、呆れの色を浮かべていた。
「なんだよ、今さらそんなことを言い出して。前に負けたことを忘れたのか?」
いかにもどうでもいいという声色で、彼は淡々と言葉を返す。彼の語る敗北の記憶というのは、僕にとっては嫌な思い出だった。あの時はちゃんとしたルールを決めていなかったから、卑怯な手段を使われてしまったのだ。あれはルチアーノの反則負けだったと、僕は今でも思っている。
「忘れてないよ。今日は、そのリベンジをするつもりなんだから。今回こそは、前みたいな卑怯な手段は使わせないからね」
僕が意気込みの言葉を告げると、ルチアーノは不満そうに表情を歪める。小さく鼻を鳴らすと、尖った声で言った。
「何言ってるんだよ。どこも卑怯じゃなかっただろ。顔を近づけたら反則だなんて、君は一度も言わなかったんだから」
堂々とした物言いに、僕は言葉に詰まってしまう。僕が反則事項を決めていなかったのは、紛れもない事実なのだ。そこを突かれたら、強気な反論などできなかった。
「だからっ、今回はルールを決めようと思うんだ。どこまでがやっていいことで、どこからが反則になるのか。それなら、ルチアーノも納得できるでしょう」
「まるで、僕が聞き分けがないみたいな言い方だな。文句を垂れてたのは君のほうなのに」
繕うように言葉を並べると、彼は余計に臍を曲げる。早く本題に入らないと、ゲームそのものを拒絶されてしまいそうだ。大きく息を吸い込むと、急いで言葉を続けた。
「とにかく、今からルールを決めるからね。この前みたいに、顔を近づけたり体勢を変えるのはなしだから。それから、愛してる以外の言葉を言うのもなし。それから…………」
「え?」
僕が条件を考えていると、隣から声が聞こえてきた。僕の話を聞いていたルチアーノが、反論の声を上げたのだ。僕が視線を向けると、彼は淡々と言葉を発した。
「君は、そんなつまらないルールでゲームをするつもりなのか? せっかくやるなら、なんでもありにした方が面白いだろ。ただ愛の言葉を告げるだけなんて、ただの朗読じゃないか」
真っ直ぐに僕を見つめると、彼は好戦的な笑みを浮かべる。さっきまでの不機嫌が嘘のような、楽しげな態度だった。急な変化に気圧されながらも、僕はなんとか言葉を返す。
「だって、そんなことしたら、ルチアーノは好き勝手やるでしょ。そうなったら、僕には勝ち目がないんだよ」
しかし、僕の発言は、あまり得策とは言えなかったようだ。対戦相手の気弱な言葉を聞いて、ルチアーノは楽しそうに笑い声を上げる。わざと挑発するように僕を見上げると、宣戦布告でもするかのような声色を発した。
「ふーん。君は、自分が負けると思ってるんだな。僕が本気で君に迫ったら、君は恥ずかしがって目を逸らすんだ」
にやにやと意地悪な笑みを浮かべながら、彼は薄目で僕を見る。そんな態度を取られたら、さすがに反論をしたくなった。いつもは彼に好き勝手言われているが、僕も年頃の男の子なのだ。人並み程度には、プライドというものを持っているのである。
「そんなことないよ。僕だって、ルチアーノのことをドキドキさせられるんだから。そこまで言うなら、なんでもありのルールにしようか」
結局、彼の言葉に乗せられるようにして、僕はルールをねじ曲げてしまった。しかし、そんなことをしてしまったら、後で後悔するのは僕なのだ。ルール無用を許可していたら、彼は何をするか分からない。挙げ句の果てには、僕が思いもよらないことをしでかすかもしれないのだ。
「やっと覚悟を決めたか。君から言い出したんだから、それくらいのことはしないとな。変わりに、先攻は譲ってやるぜ」
僕の言葉を聞くと、ルチアーノは嬉しそうに顔を上げる。なんだか、彼の思う壺になっているような気がするが、今さら撤回することなどできなかった。彼は、一度やると決めたことは、絶対にやらないと気がすまないのだ。
「分かったよ。じゃあ、僕からやるね」
正面からルチアーノを見つめると、僕は大きく息を吸い込む。しばらく息を止めた後に、勢いよく息を吐き出した。そのまま、呼吸を整えるように、何度も深呼吸を繰り返す。いつまでも口を開かない僕を見て、ルチアーノが不満そうに声を上げた。
「おい、とっととやれよ」
「分かってるよ。今は、心の準備をしてるんだから」
高めていた集中を乱されて、僕は思わず声を上げる。大事なタイミングを急かされたことで、少しトゲのある声になってしまった。そんな僕の言葉が気に触ったのか、ルチアーノが不満そうに鼻を鳴らす。僕に向けられる彼の声も、少しトゲが籠っていた。
「なんだよ。モタモタしやがって」
とはいえ、いくら心の準備がいるからと言って、いつまでも待たせておくわけにはいかない。大きく深呼吸をして覚悟を決めると、僕はルチアーノに向き直った。彼の少し細められた瞳を、僕は正面から見つめる。これから彼を口説くと思うと、やっぱり少し恥ずかしかった。
「じゃあ、やるからね」
小さな声で呟くと、僕はルチアーノに手を伸ばす。彼の頬に右手を当てると、思いきって顔を近づけた。口づけでもするかのような距離に迫ると、耳元に口を近づける。小さく息を吸うと、消え入りそうな声でで囁いた。
「愛してるよ……」
すぐに口を閉じると、ルチアーノの反応を確かめる。目と鼻の先まで距離を詰めているから、視界に映るのはぼやけた像だけだ。心臓がバクバクと音を立てていて、少しも落ち着く気配がしなかった。
そんな僕とは対照的に、ルチアーノは平然と座っているだけだった。僕がすぐ近くまで近づいているというのに、少しも身動きを取る気配がない。あまりにも冷静な姿を見ていたら、こっちが恥ずかしくなってしまった。
「っ…………」
結局、羞恥心に耐えきれなくなって、僕は顔を離してしまう。それだけでは足りなくて、今度は両手で顔を覆った。そんな僕の姿を見て、ルチアーノがようやく身動きを取る。呆れたように僕の顔を覗き込むと、気の抜けた声で呟いた。
「自分でやろうって言ってきたんだろ。照れてるんじゃねーよ」
「だって…………」
顔を両手で覆ったまま、僕は小さな声で呟く。まだ羞恥心が胸を満たしていて、頬が燃えるように熱かった。格好をつけて愛を囁くということが、こんなに恥ずかしいとは思っていなかった。穴があったら入りたいくらいだ。
「結局、今回も君の負けだな。まさか、自滅で負けるとは思わなかったぜ」
くすくすと笑い声を漏らしながら、ルチアーノはそっと身体を引く。彼は少しも照れていないようで、平然とした笑顔を浮かべていた。やはり、僕がこの手のゲームで彼に勝つには、まだまだ経験が足りないらしい。自分の経験の浅さが、恨めしくて仕方なかった。