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    流菜🍇🐥

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    TF主ルチのホワイトデーネタ。TF主くんがルチのためにクッキーを作る話。

    ##TF主ルチ
    ##季節もの

    ホワイトデー 端末の画面を点灯させると、僕はキッチンの調理台を見下ろした。生活感のほとんど感じられないその場所には、ズラリとお菓子の材料が並べられている。手元のモニターに映し出されているのは、初心者向けに解説されたクッキーのレシピだった。僕がこれから作ろうとしている、ホワイトデーのお返しになるものである。
     大きく深呼吸をすると、僕は端末を台の隅に置いた。上着の袖を二の腕まで上げると、ずり落ちないように輪ゴムで止める。調理器具の収まった棚から引っ張り出したのは、デジタル式の小さなはかりだった。お菓子作りには正確性が重要だと聞いて、奥の方から引っ張り出してきたのである。
     はかりの上にボウルを乗せると、一番に薄力粉の袋を手に取った。慎重に袋の口を開けると、少しずつボウルの上に流し込んでいく。一気に入れると出しすぎてしまいそうだから、ここは少しずつ計るのが得策だろう。なんとか粉を量り終えると、今度は砂糖を手に取った。
     同じようにボウルをはかりに乗せると、スプーンで掬いながら量っていく。今回のお菓子作りのために、わざわざ新しいものを買ってきたのだ。砂糖には賞味期限が存在しないというが、いつ買ったか分からないものを使うのは怖かったのである。中も固まりばかりになっていたことだし、いい機会だと思って買い換えることにした。
     粉末の計量を済ませると、今度はバターを手に取った。しばらく置きっぱなしにしていた無塩バターは、室温によって少し柔らかくなっている。フォークで慎重に巻き紙を剥がすと、メモリを参考にしながら切り分ける。後から足りない分を微調整したから、残った固まりはいびつになってしまった。
     最後に用意したのは、冷蔵庫から取り出したばかりの卵だ。クッキーでは卵の黄身だけを使うから、卵白と卵黄を分ける必要がある。端末で簡単な方法を調べると、見様見真似で卵黄を取り出した。はかりと残りの材料を片付けると、ようやく下準備が終わったことになる。
     少し時間がかかってしまったが、ここからがようやく本番だ。再び気合いを入れ直すと、端末に表示されたレシピに目を通す。しかし、せっかくの僕のやる気は、ここで挫かれることになってしまう。僕の視界に入ったレシピの一番目には、『バターを常温に戻す』と書かれていたのだ。
     更なる下準備を要求されてしまったら、一度手を止めざるを得なかった。お菓子を作る上で最も重要なのは、レシピに忠実に従うことなのである。ここで横着をしてしまっては、ルチアーノを納得させるクッキーは作れないだろう。バターがある程度柔らかくなるまで、少しの間待ってみることにした。
     手に取ったボウルを台に下ろすと、僕は再び端末を手に取る。こうして下準備を待っている間に、レシピの再確認をしようと思ったのだ。この手のレシピは経験者用に作られているから、どこに罠が潜んでいるか分からない。そんな僕の直感は当たっていたようで、薄力粉をふるう必要があるようだった。
     調理器具を収めた棚を開くと、中から丸型のふるいを取り出す。両親が残していった道具があるから、大抵の調理器具は揃っていた。空中でふるいを固定すると、慎重に粉末を流し込んでいく。溢れないように丁寧に動かしたつもりだったが、どうしても隅から溢れてしまった。
     なんとか下準備を整えると、僕は大きく息をつく。まだ材料を量っただけなのに、大仕事を終えたかのような疲労感だった。やはり、無理に慣れないことをしようとするのは、思っている以上に重労働なのだろう。粉だらけになったふるいを流しに置くと、気を取り直してバターに手を伸ばした。

     ホワイトデーのお菓子を作ろうと思ったのは、一ヶ月前のバレンタインがきっかけだった。恒例となっているチョコレート交換をしたときに、ルチアーノが気になる言葉を口にしたのだ。それはさりげない呟きだったけど、僕の耳にははっきりと聞き取れた。僕の記憶が間違いではなかったら、彼は確かにこう言ったのだ。

    ──僕は食べてみたいけどな。君の手作りのチョコレートを

     そんなことを言われたら、誰だって行動を起こしたくなってしまう。恋人から手作りのお菓子を求められるなんて、飛び上がるほど嬉しいに決まっているのだ。それも、普段はお菓子を食べない相手からの催促と来たら、その喜びは何倍にも膨れ上がる。彼の呟きを聞いた瞬間から、僕は手作りのお菓子を作るつもりでいたのだ。
     しかし、僕が手作りのお菓子をプレゼントするには、ひとつだけ問題があったのだ。それは、僕がこの短い人生の中で、ほとんど自炊というものをしてこなかったことである。簡単な味噌汁を作るだけでも、レシピを見ながらでないとどうすることもできない。人に贈れるようなチョコレートを作るなんて、無理難題に近いものだったのである。
     そこで僕が考えたのは、ホワイトデーにクッキーを焼くことだった。ホワイトデーの贈り物として渡すのであれば、クッキーを選んでもおかしくはないだろう。チョコレートは温度調節が難しいというが、クッキーなら生地をこねて焼くだけでいい。そんな安直な考えから、僕はクッキーを作ることを考えたのだ。
     しかし、お菓子作りというものは、僕が考えるほど甘くはなかったようである。まだ材料を計って下準備を整えただけだというのに、僕は疲労困憊になってたのだ。この調子ではクッキーを成型して焼き上げる頃には、僕はソファに倒れていることだろう。自分で始めた作業だというのに、先が思いやられる展開だった。
     柔らかくなったバターを手に取ると、大きめのボウルに移動させた。計っておいた砂糖を手に取ると、レシピの画像を見ながら混ぜ合わせていく。それっぽくなるまで混ぜたら、今度は卵黄を入れて混ぜ合わせた。
     卵の形が崩れたら、ようやく薄力粉を入れる。ふるいにかけておいた粉を手に取ると、少しずつボウルの中に流し込んだ。ここで一気に移してしまったら、中身が爆発して大変なことになるだろう。こぼさないように気を付けながら、慎重に粉を移していく。
     しばらく中身を混ぜ合わせたら、ようやくクッキーらしい生地になった。後はこれを冷蔵庫で寝かせて、型抜きして焼くだけである。ラップで包んで冷蔵庫に入れると、僕は流しへと視線を向ける。そこには、僕が下準備のために引っ張り出してきた、数々の調理器具が並んでいた。
     なんとか重い腰を上げると、道具の片付けに取りかかる。洗い物と型抜きの準備を整えていたら、待ち時間などあっという間だった。台の上にラップを広げると、洗ったクッキー型を並べていく。せっかくだから、花やリボンやハートというような、ホワイトデーに合ったものを選んだ。
     冷蔵庫から生地を引っ張り出すと、ラップの上で伸ばしていく。薄くなるまで引き伸ばすと、用意した型を押し当てていった。丁寧に周りの生地を剥ぎ取ると、ようやくクッキーらしい形になる。ぐちゃぐちゃになった周りの部分は、適当に丸めて自分用にすることにした。
     クッキングシートの上に生地を並べると、オーブンに入れて時間を設定する。僕には何も分からないから、レシピ通りにダイアルを回した。今度こそすべての作業が終わったから、後は様子を見ながら焼くだけだ。うまく焼けているかが心配で、何度も様子を見に行ってしまった。
     こうして作り上げたクッキーは、我ながらいい出来だと思った。焼きたてをひとつ食べてみると、滑らかな甘みが口に広がる。市販のものと同じとはいかないが、それなりにおいしく作れたみたいだ。渡したときのルチアーノの反応を想像して、僕は期待に胸を膨らませた。

     ルチアーノが帰ってきたのは、それから二時間ほど経った頃だった。窓の外が暗くなってきた六時すぎに、室内に白い光が見えたのである。もしやと思って視線を向けると、リビングに白装束の男の子が立っている。高鳴る心臓を押し殺すと、僕は彼に声をかけた。
    「おかえり。今日もお疲れ様」
    「ただいま。全く、今日も面倒な一日だったよ」
     ぶつぶつと文句を垂れ流しながら、彼はソファに腰を下ろす。イベントの存在を忘れているかのような、平然とした態度だった。毎年お菓子の交換をしているから、彼も今日が何の日かということは分かっているはずである。それでも気にする素振りを見せないのは、神の代行者としてのプライドがあるからだろうか。
     とはいえ、彼にそんな態度を取られてしまったら、僕としては困ってしまうのだ。せっかくホワイトデーのお菓子を用意したというのに、このままだと渡すタイミングを失ってしまう。というのも、普段であればこの時間帯は、夕食の準備に取りかかる頃なのだ。急にお菓子を渡すのは、いくらなんでもおかしいだろう。
     手にしていた包みを棚に隠すと、僕は冷蔵庫の扉を開ける。ほとんどものの入っていない棚の上には、出来合いのお惣菜が詰め込まれていた。クッキーの材料を調達した時に、一緒に買ってきていたのである。竜田揚げのパックを取り出すと、レンジの中に押し込んでボタンを押した。
     お惣菜が温まると、今度はパックのご飯をレンジに入れる。お米が温まるのを待っている間は、サラダを食べながら待つことにした。詳しい理由は忘れてしまったが、野菜を先に食べるのは健康にいいらしいのだ。ドレッシングを浸しながら食べ終えると、レンジからご飯を取り出した。
     夕食の用意を整えると、僕は箸を手に取った。淡々と食事を進めていくが、ルチアーノが声をかけてくる気配はない。テレビに視線を向けたまま、いつもの饒舌が嘘のように黙り込んでいるのだ。プライドの高い彼のことだから、ここで話を切り出すのは不自然だと思っているのだろう。
     テレビの音だけが響く部屋の中で、僕は静かに食事を進める。特に会話をすることもなかったから、十五分も経たないうちに食べ終わってしまった。手早くお惣菜のトレイを洗うと、ルチアーノの隣に腰を下ろす。僕にとっては、ここからが今日のメインイベントだった。
    「ルチアーノに、渡したいものがあるんだ」
     拳を握って覚悟を決めると、僕は思いきって口を開いた。さりげなく声をかけようと思っていたのに、緊張で少し強ばってしまった。テレビに視線を固定していたルチアーノが、様子を窺うようにこちらへと視線を向ける。僕の姿を捉えると、どこか落ち着かない様子で答えた。
    「なんだよ」
    「ちょっと、待っててね」
     一言だけ前置きを残すと、僕はソファから立ち上がった。真っ直ぐにキッチンへ向かうと、隠していた包みを引っ張り出す。彼の帰りを待っている間にラッピングした、僕の手作りクッキーである。リボンが少し曲がっていたから、指先で丁寧に整えた。
     両手でクッキーの包みを持つと、僕はゆっくりとソファに戻った。自分の作ったお菓子を食べてもらうなんて、僕にとっては初めての経験だ。緊張で手が震えてしまうし、心臓はうるさいくらいにドキドキする。なんとか呼吸を整えると、ルチアーノの前に差し出した。
    「これ、ホワイトデーのお返し」
     両手の上の包みを見ると、ルチアーノは驚いたように瞳を開く。真っ直ぐに視線を固定すると、信じられないものを見たかのように呟いた。
    「これ、君が作ったのか?」
    「そうだよ。レシピを調べて、一人で作ったんだ」
     僕が答えると、彼は恐る恐るこちらに手を伸ばした。少しリボンの傾いた袋の口を、僕よりも小さな指先でつまみ上げる。そのまま片手で支えると、口を閉じているリボンの端を引っ張った。中に指先を突っ込むと、ハート型のクッキーを引っ張り出す。
    「形はあんまりよくないけど……。味も、あんまりよくないかもしれないけど……」
     クッキーを凝視するルチアーノを眺めながら、僕は小さな声で呟く。こうしてまじまじと見つめられてしまったら、余計に緊張してしまった。言っておくが、僕は今日という日に至るまで、調理実習以外で料理をしたことがないのだ。そんな素人の料理なんかが、彼の口に合うはずがないだろう。
     そんな僕の姿を横目に、ルチアーノはクッキーに口をつける。ハートの右上の膨らみに歯を立てると、三分の一ほどを折って口に入れた。いつもは大口を開けている彼にしては珍しい、実に控えめな一口である。静かに口の中のものを咀嚼すると、彼は小さな声で呟いた。
    「まあ、確かに全部がいまいちだな」
     彼の口から零れ落ちた言葉に、僕は大きく息をつく。普段から辛辣な彼らしく、冷静で忖度のない評価だった。まあ、酷評されることがなかったということは、人並みのクオリティのものが作れていたのだろう。初めてで成功したのなら、不器用な僕にしては上出来だった。
    「よかった。不味いって言われなくて」
     思わず安堵の言葉を漏らすと、ルチアーノは不満そうに口を尖らせる。食べかけのクッキーから視線を上げると、細い瞳で僕を睨んできた。
    「なんだよ。そんな言い方じゃ、普段の僕が君を貶してるみたいじゃないか」
    「それは、その……」
     反論するようなことを言われると、僕は言葉に詰まってしまう。忖度というものを知らないルチアーノは、常に辛辣な物言いをしているのだ。擁護の余地が無いくらい貶されたことも、一度や二度の話ではない。しかし、素直にそれを伝えたら、彼は余計に怒るだろう。
    「なんだよ。まだ文句があるのか?」
    「無いよ。無いって」
     更なる追及が飛んできそうになって、僕は慌てて言葉を告げる。真正面から否定されたことで、ルチアーノも機嫌を直したようだった。僕から視線を逸らすと、食べかけのクッキーを口に入れる。手に持っていた分を全て食べ終えると、彼は小さな声で呟いた。
    「…………ありがとな」
     予想もしなかった言葉に驚いて、僕はまじまじと彼を見つめる。それは微かな声だったけれど、確かに僕の耳に届いた。視線の先にある小さな横顔は、ほんのりと赤く染まっている。その表情を目にしたことで、一日の努力が報われた気がした。
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