対決 WRGP準決勝は、一ヶ月の延期が決まった。イリアステルによる妨害や、闇のカードによる傷害事件など、懸念事項が増えすぎたためだ。市民たちは口々に不安を口にし、大規模な抗議デモまで起きたのだ。延期せざるを得ない状況だと、牛尾さんは溜め息と共に語っていた。
アルカディア・ムーブメントのカードが町に現れたことは、一般公表されていない。シティに住む人々は、傷害事件までもをイリアステルによる妨害だと思っているみたいなのだ。もちろんイリアステルという名称は知らないが、大会の裏には闇の組織が関わっていると、参加者や観客はまことしやかに語っていた。
そうなると、困るのはイリアステルだ。デュエリストを戦わせるために大会を開いたのに、延期になってしまっては、彼らには利益が無い。連日報道されるニュースを眺めながら、ルチアーノは不満そうに言った。
「全く、迷惑な奴らだよな。シグナーに負けたくせに、僕たちの作戦を邪魔してくれちゃってさ」
イリアステルにとって、この大会は目的を達成するための最後の鍵らしい。綿密な計画の末に実行した計画を邪魔されて、ルチアーノは相当ご立腹だった。
相変わらず、僕は遊星から傷害事件の報告を受けているし、ルチアーノはカード解析の依頼を頼まれている。遊星が持ってくるカードは、どれもルチアーノが知らないもの、つまり、アルカディア・ムーブメントの製造した闇のカードだった。五年前に作られた傷だらけのものから、最近作られたばかりの新しいものまで、製作時期には幅があるが、どれもが昔のカードをコピーしたものばかりだった。
「アルカディア・ムーブメントにも、何か考えがあるんだろうね。イリアステルが表舞台に出ていく前は、あの組織が遊星たちの敵だったんでしょ?」
僕が尋ねるとルチアーノはぴくりと眉を上げた。チラリとこちらに視線を向けると、訂正するような語調で言う。
「敵なんて大層なものじゃ無いぜ。影で悪さをしてるだけの、弱小組織だ。世界征服なんて子供じみた夢を掲げる組織が、まともな構成をしてるわけ無いだろ」
僕には、あまりピンと来なかった。僕がこの町に引っ越してきたのは、シティとサテライトが統合された後なのだ。アルカディア・ムーブメントの存在は、遊星の話でしか聞かなかった。
「こうなったら、あいつらを懲らしめてやろうぜ。旧ダイモンエリアに行けば、組織の奴らに会えるんだろ」
「えっ!?」
予想外の言葉に、僕は声を上げてしまった。どれだけ彼らが悪さをしても、ルチアーノは彼らに干渉したりはしなかったのだ。てっきり、不干渉を貫くつもりなのだと思っていた。
「どうしたんだよ。そんな驚いた顔してさ」
「だって、アルカディア・ムーブメントはイリアステルと対立する組織なんでしょ? そんな簡単に近づいて大丈夫なの?」
尋ねると、彼は不快そうに鼻を鳴らした。じっとりとした瞳で僕を見る。
「君は、僕たちのことをなんだと思ってるんだよ。僕がアルカディア・ムーブメントを無視していたのは、シグナーが奴らを倒すのか窺っていただけだぜ。あいつらはシグナー以下の組織だからな。わざわざ僕たちの手を汚す必要は無いんだ」
ルチアーノは懇切丁寧に語る。彼がアルカディア・ムーブメントに近づかなかったのは、強敵だからではなかったのだ。なんだか、自分の考えが恥ずかしく感じた。
「そうだったんだ……」
「結局、シグナーっていうのは口だけなんだな。町を守るなんて言いながら、事件ひとつ解決できないなんて。こうなったら、僕たちがやるしかないか」
ルチアーノはおもむろに席を立つ。僕の部屋からデッキを持ち出すと、ひとつを選んで投げつけた。
「ほら、行くぞ。善は急げだ。奴らの下っ端をぶちのめしてやる」
旧ダイモンエリアはすっかり静まりかえっていた。事件の報道もあって、出向く人が減っているのだろう。時折、倉庫や工場のスタッフが通りすぎるだけで、一般市民の姿は一切無い。誰だって、事件に巻き込まれるのは嫌なのだろう。
「遊星が奴らに会ったのは、この辺りなんだよな?」
倉庫の並ぶ通りをDボード横切りながら、ルチアーノが言った。
「正確な場所は分からないけど、確かこの辺りだよ。ここに、サイコデュエリストが現れたんだ」
Dホイールで後を追いかけながら、僕は答える。遊星が闇のカードを持つデュエリストと戦ったのは、ちょうどハイウェイのこの辺りだったはずだ。事件が報道されて以来、このハイウェイを使う人は少なくなっている。彼らがこの場所に拘るのなら、必ず現れるはずだった。
予想は当たりだった。背後から、Dホイールの音が聞こえてきたのだ。振り向くと、白いDホイールに乗った男が、僕たちを追いかけてきていた。
「お前たちは、デュエリストか?」
男が口を開く。よく見ると、黒いスーツに全身を包んでいるようだ。黒い被り物の間から、瞳だけがキラキラと輝いている。まるで、ゴーストを模倣したかのような姿だった。
「ちっ。ゴーストの模倣かよ。嫌な奴だな」
ルチアーノが小さな声で言う。スピードを落として男の前に出ると、堂々とした態度で尋ねた。
「そういうお前は、デュエリストなのか? 見たところ、不審者って感じだけど」
男が、じろりとルチアーノを眺める。上から下まで舐め回すように視線を這わせると、低い声で言った。
「こんな小さな子供が、Dホイールに乗るとはな」
「デュエルに外見は関係ないだろ。お前たちこそ、そんな格好でデュエルできるのかよ」
果敢に言い返して、ルチアーノはデュエルディスクを構える。男も、応じるようにディスクを構える。不意に、男が僕に視線を向けた。
「子供相手に本気を出すのは気が引ける。お前も、このデュエルに加われ」
何かを投げつけられ、Dホイールを固定される。どうやら、デュエルアンカーの類いのようだった。
「いいのかい? 僕を子供扱いして、後悔しても知らないぞ」
男の行動を見て、ルチアーノは楽しそうに笑う。両者が睨みあって、ついにデュエルが始まった。
男は、強引に先攻を奪ってきた。Dホイールを走らせ、僕たちの前に出ると、意気揚々とカードを掲げる。僕たちの方に見せつけると、大きな声で宣言した。
「デスメテオを発動!」
ソリッドビジョンで作られた火の玉が、僕たちの方へと降り注ぐ。それは、幻であるはずなのに、燃えるような熱を放っている。火の玉がかすった左腕に、刺すような痛みを感じた。
「やっぱりだね」
ルチアーノがにやりと口角を上げる。痛覚の無い彼にも、その感触は分かったらしい。歓喜の笑みを浮かべると、男の前へと駆け寄る。
「やっぱりだ。お前は、サイコデュエリストだな。この辺で人を襲って回ってたのも、お前たちなんだろ?」
ルチアーノの言葉に、男は目を見開いた。隙間から見える瞳を細めると、警戒したように言う。
「俺たちを知っているのか? さては、シグナーの仲間だな?」
男の言葉に、ルチアーノはあからさまに嫌な顔をした。地雷を踏んだのだ。彼は、本気で男を叩きのめすつもりだろう。御愁傷様、と、口には出せない言葉を唱える。
「あいつらと一緒にしないでくれるかい? 僕たちは、もっと高尚な存在なんだ」
ターンを引き継ぐと、ルチアーノは慣れた手つきでデッキを動かしていった。しかし、その中身は、見慣れないカードばかりである。いつもの機皇帝ではなく、戦士族を基調としたモンスターに、攻撃力アップを重ねたデッキ構築だった。攻撃を宣言し、一気にライフポイントを削る。痛みに呻く男を見ると、楽しそうに声を上げた。
「お前たちには、これくらいで十分だ。ターンエンド」
ルチアーノが僕に目配せをする。デッキからカードを引き抜くと、次の展開を考えた。いつもと違うデッキを使っているからには、ルチアーノには何か考えがあるのだろう。それは分かるのだが、肝心の内容までは察せなかった。
モンスターを召喚すると、フィールドに残ったモンスターを使ってシンクロ召喚をした。モンスター効果を発動し、さらにモンスターをフィールドに出す。倒すか倒さないかのギリギリを狙って、男に攻撃を仕掛けた。
相手も、そこまで馬鹿では無いようだった。トラップを発動すると、僕の攻撃を凌ごうとする。もう少し攻めても良かったと思いながらも、対策カードを残してエンドを宣言する。
「アルカディア・ムーブメントを舐めるなよ。我々には、更なる秘策があるのだ……!」
悔しそうに言いながら、男がターンを開始する。サイキック族のモンスターで挽回しようとしてきたが、トラップを発動して動きを封じた。思っていたよりもあっけなく、男は策を失う。組織が壊滅したときにトップの構成員はいなくなったと聞いたから、今は下っ端しか残っていないのかもしれない。
「くそっ! 俺たちの本当の力は、こんなもんじゃないのに……!」
悔しそうに声を上げながら、男はエンドを告げる。遊星に負けた構成員も、こんな感じだったのだろうか。そんなことを考えながら、僕は相手を見ていた。
「僕のターンだ!」
意気揚々と叫びながら、ルチアーノがカードをドローする。にやにやと笑うと、意味深長な態度で男の元に近づいた。
「お前たちを倒すなら、こういう演出がいいと思うんだ」
そう言うと、手札の中から一枚のカードを持ち上げる。カード名を確認すると、勿体ぶるようにディスクに差し込んだ。
「来いっ! ジャンク・シンクロン!」
ソリッドビジョンが動き、機械的な姿のモンスターを映し出す。オレンジの身体を持つそのモンスターは、まごうことなき遊星のカードだった。
「それは……!?」
相手の男が、驚愕の表情を浮かべる。追い討ちをかけるように、ルチアーノがエクストラデッキに手を伸ばした。
「まだ、驚くには早いぜ。僕は、レベル5のXセイバーウェインに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング」
ルチアーノがディスクを操作する。その計算式には、聞き覚えがあった。もしかしてと思うと同時に、彼の唇が言葉を紡ぐ。
「現れろ。スターダスト・ドラゴン!」
光と共に、フィールド上にキラキラと輝く白い竜が現れた。見慣れたそのモンスターは、遊星だけが持つシグナーの証である。予想もしなかったモンスターの登場に、男が恐怖に顔を歪めた。
「なぜ、お前が、そのモンスターを……!?」
怯える男を見て、ルチアーノはにやにやと笑う。左手を前に差し出すと、きひゃひゃと笑って声を上げた。
「お前たちの組織は、このモンスターの持ち主に滅ぼされたんだよな。今度も、こいつに滅ぼされろよ」
高らかな声色で、攻撃を宣言する。為す術もなく、悲鳴を上げながら、男の身体が吹き飛ばされる。ゴロゴロとアスファルトの上を転がると、ガードレールの前で動きを止めた。
ルチアーノは、そっとDボードを滑らせた。倒れたままの男を、冷たい瞳で見下ろす。呼吸があることを確認すると、僕の前へと戻ってきた。
「あーあ。いろいろ問い詰めてやろうと思ってたのに、気絶しちゃったぜ。人間ってのは脆いな」
淡々と語るルチアーノを、僕は恐れを感じながら見つめる。怒りに身を委ねたルチアーノは、何よりも恐ろしいのだ。男が無事で良かったと、密かに安堵していた。
「ねぇ、スターダストなんて、いつもの間に用意してたの? ルチアーノは、シンクロが嫌いなのに」
尋ねると、ルチアーノは楽しそうに僕を見上げた。甲高い笑い声を上げながら、手元のカードを見せつける。
「これか? これはな、不動遊星のカードを元に作った即席のコピーだよ。アルカディア・ムーブメントに宣戦布告をするなら、これが最適だと思ってな」
ケラケラと笑いながら、彼はカードをひらつかせる。簡単にこんなものを作ってしまうなんて、イリアステルとは恐ろしいものだ。倒れたままの男と、コピーカードを見せつける少年を見比べながら、僕は改めて自分の触れた世界の恐ろしさを自覚した。