湯たんぽ 目を開けると、真っ暗な部屋が視界に入った。ゆっくりと周囲を見渡してから、大きく身体を伸ばす。履いていたはずの靴下はいつの間にか脱げていて、足先がひんやりと冷たい。外側に向いている背中にも、じわじわと冷気が迫ってきていた。
僕は、枕元の時計に視線を向ける。モニターに表示されている時刻は、深夜二時を少しすぎた頃だった。いつもの僕であれば目を覚まさない時間である。
ついに、この季節がやってきたのだ。秋から冬へと季節の移ろう、切り替わりの時期が。この時期になると周囲の気温は一気に下がり、朝晩の冷え込みが激しくなる。身体が変化に付いていけないのか、僕でも夜中に目が覚めることがあったのだ。
寝返りを打つと、反対側から冷たい風が流れ込んできた。背筋が凍る感覚がして、慌てて布団の隙間を整える。もう少し暖かい寝間着を着るべきだっただろうか。そんなことを考えるが、早いうちに暖かい服を下ろしてしまったら、真冬の寒さに耐えられなくなりそうだ。
頭を悩ませながら、僕は隣に手を伸ばす。そこには、ルチアーノが身体を横たえていた。衣替えを済ませているから、身に纏っているのは長袖の寝間着だ。彼は必要ないと言い張ったけど、僕が無理矢理着せたのだ。
手のひらを上に乗せると、ほかほかとした熱気が伝わってきた。彼の身体は機械でできているが、人肌と同じくらいには発熱している。寒くなってきたこの時期には、いい湯たんぽになってくれた。寝間着の上から身体を撫でて、冷えていた手のひらを暖める。手のひらが暖まると、今度は足を伸ばした。起こさないように足を絡め、冷えた爪先を暖める。子供の少し高い体温は、すぐに熱を伝えてくれた。
露出した部分を暖めると、少し欲が出てきてしまった。そっと腕を伸ばすと、身体の下に潜り込ませる。ゆっくりと腕を回すと、背中に身体を押し当てた。
「何してるんだよ」
腕の中から、ルチアーノの呆れた声が聞こえてくる。さすがに、物音と感覚で目を覚ましてしまったらしい。回していた腕を緩めると、ボリュームを抑えて声をかけた。
「起こしちゃった?」
「さっきから起きてたよ。君、僕で暖を取ってたな。気づいてたぜ」
くすくすと笑いながら、ルチアーノは答える。柔らかい赤毛がさらさらと揺れて、僕の顔を擽った。
「だって、寒いんだもん」
答えてから、僕は彼の背中に顔を埋めた。二人分の熱で、布団の中はぽかぽかと暖かい。
「寒いなら、もっと着込めばいいだろ。それが嫌なら、暖房を付けな」
「まだ早いよ。そんなことしたら、真冬に凍え死んじゃう」
僕が言うと、彼は小さく溜め息を付いた。呆れた声で呟く。
「面倒くさいやつだな。そんなこと言って、僕にくっつきたいだけなんだろ」
図星だった。結局、僕はルチアーノとくっつきたいだけなのだ。寒い冬は、特に人肌が恋しくなってしまう。彼は人ではないけれど、僕の大切な恋人なのだ。
「そうだよ。僕は、ルチアーノとくっつくのが好きなんだ。こうしてると安心するし、よく眠れるんだよ」
素直に答えたが、返事は返ってこなかった。呆れているのだろうか、それとも恥ずかしがっているのだろうか。今さら怒っているわけでもないだろう。
静かになった部屋の中に、カチカチと時計の音が響き渡る。眠気で瞼が落ちてきて、僕はゆっくりと目を閉じた。そのまま、うとうとと眠りの世界を彷徨う。意識が離れ始めた頃に、ルチアーノが囁き声で言葉を発した。
「それにしても、君は子供みたいだよな。人のことを抱き枕がわりにするなんてさ」
僕は薄く目を開いた。眠気でふわつく頭で、ゆっくりと言葉の内容を咀嚼する。ワンテンポ遅れてから、寝惚けたまま口を開いた。
「抱き枕じゃないよ。湯たんぽだよ」
「同じことだろ」
ルチアーノは言う。囁くような言葉が、耳に心地よかった。彼の囁き声は、普段の声色からは信じられない程に甘いのだ。この声を聞く度に、僕は脳味噌が溶けそうになる。
「違うよ」
答えながらも、意識は眠りとの境界線をさまよっている。彼のくすくす笑いを聞きながら、僕は眠りの中に落ちていった。