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    Ogonsakana

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    Ogonsakana

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    だいぶ前からゆる〜だと書いている菊トニの妖怪パロ話です。書きかけ。

    昔々、北の果ての地。人里離れた雪山に、ある1匹の鬼が住んでいた。
     夜の闇をすべて吸ってしまったような艶のある黒の髪を撫で付け、堀の深い顔には立派な角が二本、天に向かって大きく伸びていた。
    大煙管を片手に、退屈だと言わんばかりにいつも煙を吐いていて、重く垂れさがった目をギラギラと光らせ獲物を探すこの鬼を、人々は大いに怖がった。
     さて、この鬼が住まう雪山、奥へ奥へ、ずぅっと奥へ進むと小さな出で湯が姿を現す。
    まるで人から隠れるようにひっそりと佇むこの出で湯には、なんとも不思議な力があった。
     ある吹雪の夜、雪山に迷い込んだ一人の猟師がこの秘湯にたどり着いた。猟師はひどい吹雪でくたびれ切っていて、冷え切った体を温めようと、迷わず湯に足をつけた。するとどうだろう。すうっと体の奥から、鉛のような重い疲れが抜け去って体がうんと軽くなった。それだけではない。猟師が自分の体を見ると、長いこと雪山を彷徨ってついた擦り傷や痣が全て綺麗さっぱり消えていた。
    猟師は吹雪が止むまでこの出で湯に浸かり、村に帰ると村中の人間にこの秘湯での出来事を話した。
    それからこの雪山には、たびたび秘湯を目当てに人が訪れるようになった。
     鬼はこれが面白くなかった。自分のものを荒らされたような気分で、山へ入る人間を見つけると誰彼構わず襲うようになった。恐ろしい鬼の姿を見た人間はたまらず悲鳴をあげ逃げ帰る。そんな人間の姿を見ると、鬼は愉快でたまらなくって煙を吐いて大声で笑った。
    村まで響くその笑い声に村人は怖がって、やがて誰も雪山には近付かなくなった。
     そうして誰も来なくなって暫く、ある新月の夜のこと。鬼がいつものように大煙管片手にプカプカと煙を吐いていると、墨を垂らしたような真っ暗闇の中からなにやら音が聞こえてきた。

    カンッ カンッ

    渇いた、下駄の音のようなそれは山の奥の方から響いている。鬼は眉間に皺を寄せ険しい表情を見せた。

    「また人間か」

    吐き捨てるように言うやいなや素早く音のする方へ向かった。あいつらめ、次から次へと湧いて出てきやがる。ぐつぐつと胸の奥から激しい嫌悪が迫り上がる。
    この山も秘湯も全て俺のものだ。俺のものに手を出すやつは許さない。
     深い雪の中だというのに、あっという間に鬼は山の奥の秘湯にたどり着いた。
    カンッカンッ
    月の光に頼れない暗闇の中、鬼がじっと音がする方へ目を凝らすと、湯の中心に何やら人影が見える。

    「おい そこのお前 何をしている」

    鬼が低く静かな唸るような声で言うと、人影はサッと鬼の方へ振り向いた。

    「ここの湯は傷に効くと聞いたから、浸かりに来たのです」

    低く掠れた男の声。しかし凛とした品のある不思議な声だった。
    鬼は驚いた。今までの人間は皆自分の声を聞いただけで飛び上がって逃げ帰っていたから、自分に臆さない返事が返ってくるのは初めてであった。
    だんだんと暗闇に目が慣れてくる。
    薄い衣一枚を身につけ湯を浴びる一人の初老の男が姿を現す。
    闇の中でもわかるほど綺麗な真っ白の髪と肌。額には深く刻まれた皺と目立つ傷が一つ。その下にある大きな二つの目を伏せて、少し下を向いたその表情はこの世の冷たさを全て引き受けたような、危うい美しさがあった。
    鬼は暫くその美しさにほうけていたが、慌てて男に言った。

    「この山もその湯も全て俺のものだ 勝手に入ってもらっちゃ困るぜ」

    どんなに美しかろうと鬼には関係なかった。自分の所有物に手を出されるのはどうにも我慢できない。

    「今すぐ山を降りろ 今なら見逃してやる」

    さぁ早く出ろと言わんばかりに強い声で鬼が言うと男は額の傷を撫でながら言った。

    「この傷を癒すためにやっとの思いでここまで来たのです どうかこんな年寄りにそんなひどいことおっしゃらないでください」

    カンッカンッ

    男が舌を鳴らし、ゆっくりこちらへ近づいてくる。足を動かすたびに水面に波紋が広がり、男の薄い衣の裾がゆらゆらと揺れる。
    なるほど、この音は下駄の音ではなく舌の音だったか。鬼は納得した。通りで男が俺の姿を見て怖がらないわけだ。この男は目が見えていない。
    鬼はすっかり困ってしまった。今までの人間は自分の大きな体と恐ろしい二本の角をみるとたちまち山を降りて行った。しかしこの男にはそれが通用しない。それならば痛い目を見せてやろうか。ぎゅっと拳に力を入れる。
    気がつくと男は鬼の目の前に来ていた。見えない藍鼠の目をじぃっと鬼に向ける。
    鬼はその吸い込まれそうな瞳にすぅっと気が遠くなるのを感じた。この美しい顔に傷をつけるなど、とてもじゃないができない。
    ぐっと胸に重いものが詰まる。こんな気持ちは初めてだった。

    「新月の夜だけでいいのです 新月の夜だけ どうかここにくることを許してください」

    白い息をはきながら懇願する声に、ううんと鬼は低く唸る。片手の大煙管を、指で一、二回トントンと叩いて暫く考えた。

    「いいだろう。新月の夜だけなら、許してやる」

    鬼の答えに、男はほっとした表情を浮かべた。

    「その代わり、俺の話し相手になってくれ」

    鬼は続けてニヤリと目を細めて言う。タダでは俺の場所に踏み入らせない。
    鬼はもう何百年もこの山に住み着いていた。
    最初の頃は弟と二人、ひっそりとだが楽しく暮らしていた。しかしその弟が病にかかり、鬼の看病も虚しくあっという間に亡くなってからというもの鬼の心にはぽかんと大きな穴が開いて、すっかりと寂しくなってしまった。それから鬼はもうずっと一人で暮らしてきた。たまに他の山から仲間の鬼が自分の様子を見にくることもあったが、最近じゃそれもなくなって、鬼はずっと退屈だった。
    まともに会話したのなんて何百年ぶりだろう。鬼は内心嬉しくてたまらなかった。自分に近寄る者全てを追い出し喜んでいた鬼だったが、その心の反対側ではずっと人恋しかったのだ。

    「ええ、ええ それくらい 喜んで話し相手になりましょう」

    ぴんと背筋を伸ばし男が答える。肝の据わった男だ。と鬼は感心した。

    「新月の夜にはこうやって、舌を鳴らして私が来たことを知らせましょう」

    そういうと男はまたカンッと乾いた音を鳴らした。鬼は男の美しい顔を見つめながら、暫く退屈せずにすむと煙をはいてくくっと笑った。









    それから新月の夜になるたび、カンカンと乾いた音が山に響くようになった。
    その音が聞こえると、鬼は胸を躍らせ秘湯へ走りあの美しい男へ会いに行った。
    村まで響くこの音に、村人たちは鬼だけでなくとうとう天狗まででた。化け物山だ。とますますこの雪山を怖がった。
    男は梟と名乗った。
    鬼と初めて出会った日のように、梟はいつも湯の中心にポツンと立って、その指先を水面になぞらせては鬼を待っていた。
    話し相手になってくれとは言ったが、梟は目が見えず、この山のことをなんにも知らなかったから鬼が山の様子を教えてやり、今日あったことを一方的に話し、梟はそれにうんうんと優しく相槌を返すだけだった。
    鬼はそれでも満足だった。
    静かな梟の声は夜の闇に溶けて、鬼の硬い心をほぐしていった。

    「その傷はいつまでたっても癒えないな」

    新月の逢瀬を何度か重ねたある夜のこと。出会った頃から変わらぬ梟の額の大きな傷を、じぃっと見て鬼はそう言った。この湯の力ならばどんなに大きな怪我だろうがたちまち治ってしまうのに、梟の額の傷は一向によくなる気配を見せず鬼は不思議に思った。

    「ずうっとずうっと昔におった傷ですから」

    梟はそれだけ言うと両手で湯を掬って、流し込むようにその傷に当てるとそれっきり黙ってしまった。
    梟は自分のことをあまり語りたがらなかった。
    鬼はそんな寡黙な梟の、湯で火照りうっすらと赤らんだ頬を見つめながら胸がきゅうっと締まるのを感じた。
    最初はただの退屈凌ぎのはずだったのに、梟に会うたびに鬼の体には甘い痺れが走るようになった。
    愛おしい と言う感情だろうか。
    弟が死に、仲間が自分の元から離れ久しく感じていなかったそれが、再び鬼の中でぽっと火をつけた。
    人のものを奪い、自分の力にして籠ってばかりだった心が、この美しい梟になにかしてやりたいと動きだした。










     次の新月の夜。いつものようにカンッと山中に響く音を聞き鬼は待っていたと言わんばかりに素早く梟の元へ向かった。両手に沢山の酒や煙草や上等な着物を抱えて。

    「全部あんたのためさ。どれでも好きなものを貰ってくれ」

    どさりと梟の前にそれらを置いて、少し顔を赤らめ鬼がそう言うと、梟はたいそう驚いた。あんなにも自分の物に執着していたこの鬼が、自分に差し出しものをしてくるなんて。
    梟はそれらに手を伸ばし、その形を確かめるように手のひらでゆっくりと撫でた。

    「こんな上等なもの、一体どうしたのですか」

    梟がそう聞くと、鬼はにいっと意地の悪い笑みを浮かべ、酒の入った徳利をひょいと持ち上げ答えた。

    「いやぁなに 盗人から盗み返してやっただけさ」

    すっかり人が来なくなった雪山だったが、それでも秘湯目当てに時折人が訪れていた。ただ、梟が来る前と違い、やって来るようになったのは戦で傷を負った殿様だったり、万病に悩む都の姫君のような、高貴な身分の者たちだった。それも鬼から身を守るためと沢山の護衛を引き連れ、まるで祭り事のような豪華な行列をつくりやってきた。鬼は丁度いいやとこの行列を襲い、一瞬にして身ぐるみを剥ぎ、酒やら煙草やらを奪ったのだ。梟との出会いで鬼の心は随分と丸くなったが、それでも鬼は鬼。人の道徳など最初から持ち合わせておらず、やはり人から奪うことしかできなかった。

    「だからなんでも好きなものとってくれ」

    気に入ったものがないならまたとってくるからさ。悪びれもせず笑う鬼の手を、梟が両手でぎゅっと包み込んだ。

    「そんなことをしてはいけない 人のものを奪っては、いつか必ず自分も奪い返されてしまいます」

    下を向き、苦しそうに言った梟に、鬼は狼狽えた。先程まで湯に浸かっていた温かいはずの梟の手は、恐ろしいほど冷たかった。
    暫くして、梟はぽつりぽつりと自分のことを語り始めた。

    昔はこの目も見えていて、傷ひとつない綺麗な顔と黒髪だったこと。悪さばかり働いていた自分に天の神が怒り、罰として自分に呪いをかけたこと。呪いによって目から光を奪われ、顔に大きな傷をおい、自慢だった綺麗な黒髪は一晩で真っ白に燃え尽きてしまったこと。やっと改心した頃にはその体はもうボロボロで、藁にもすがる思いでこの秘湯へやってきたが、それでもこの呪いは癒えないこと。

    「だから奪ってはいけない 私のようになってしまいます」

    幼子に言い聞かせるように何度も鬼の手を撫でた。そんな梟に鬼はたまらない気持ちになった。人から何かを諭されたのは初めてで、どうすればいいのかわからなかった。初めて触れた梟のかさついた手の優しさに、自分もぎゅっと握り返すことしかできなかった。

    「悪かった これは全部返してくる ただこれだけは貰ってくれないか これだけは、奪った物じゃないんだ」

    しばらく経って、鬼は絞り出すようにそう言うと、自分の懐から衿巻きを出した。黒と胡桃色で染められた、綺麗な山道紋の衿巻きだった。

    「あんたに似合うと思ってよ これはちゃんと買ったものだからさ」

    縋るような手で衿巻きを梟の手に押し付ける。
    何か贈り物をしたいと、鬼が人に化けてわざわざ人里まで降り買ってきた物だった。

    「だからさ、頼むよ」

    鬼は梟に嫌われたくなかった。自分の行いで梟がもうこの山に来なくなったらどうしようと気が気じゃなかった。それくらい、鬼にとって梟の存在は大きな物になっていた。
    梟はその衿巻きを受け取り、大事そうに胸に抱えた。

    「ありがとう どんな高価なものよりも、あなたが選んでくれたもののほうがよっぽど嬉しい」

    梟がそう言うと、鬼はかっと顔が熱くなるのを感じ慌てて手で自分の口元を覆った。そんな様子に気づいたのか、梟は慣れた手つきで衿巻きを自分の首に巻くと、両の手で鬼の顔を包み込んだ。

    「あなたばっかり見えてるんじゃあ狡いじゃないですか」

    私にもあなたの顔を見せてください。と雪のように冷たく白い手で、火傷しそうなほど熱くなった鬼の頬を撫でた。鬼が梟を大切な存在だと感じるように、梟にとってもまた、この鬼の不器用さが愛おしくてたまらなかった。

     梟の手が、鬼の角張った頬を撫でる。その皮膚の下の、骨までも確かめるように、指先まで力を入れて、けれども優しく撫でてゆく。やがてその手が頬から鼻筋へ、鼻筋から額に流れたところで鬼はハッとした。
    梟が俺を恐れないのは、目が見えないからだ。きっと俺のことを人間だと思っているに違いない。この額の大きく伸びた角を触られたら、俺が鬼だとバレてしまう。
    鬼は焦った。自分が恐ろしい化け物だと知ったら、梟は自分の元から逃げてしまうんじゃないか。ここまで触れられては、もう人に化けることもその手を止めることもできない。
    どくんどくんと苦しくなる鬼の心臓なんて知らず、梟の手はとうとう鬼の大きな角にたどり着いた。

    「俺が恐ろしいか」

    梟の美しい藍鼠の瞳を強く見つめながら鬼は問うた。梟は黙ってその根元からてっぺんを優しく撫で、手を添えた。 

    「いいえ 少しも」

    出会った日と同じような、全く臆さない凛とした声だった。
    弟が死んでから、ぽっかりと空いた鬼の大きな胸の穴が、その時初めて満たされた。
    鬼は梟の手に自分の手を添え、静かに涙を流した。
    互いの秘密をさらけ出した夜。
    月さえも目を逸らした暗闇の中で二人はいつまでも手を重ね合わせていた。









     その夜から、梟はだんだんと自分のことを話すようになった。自分のことといっても、山菜の天ぷらが好きだとか、目が見えない分鼻と耳がよく効くんだとか、とりとめのない話ばかりだった。しかしそんなお喋りも鬼は楽しくて楽しくてたまらなかった。梟が自分に気を許している証拠であったし、梟のことを少しでも知れるのが嬉しかった。こんなに穏やかな時間を誰かと過ごしたのはいつぶりだろうか。

    「もう新月の夜だけじゃなくていい あんたの好きな時にここにきてくれて構わない」

    ある夜、鬼は言った。新月の夜の短い逢瀬だけでは物足りなくなっていた。もっと梟を知りたい。もっと梟と過ごしたい。
    鬼が土産に持ってきた、蝋梅の花をいじる梟の手が止まる。そんな梟を見つめながら鬼はうっとり続けた。

    「ここだけじゃなくてもっといろんなとこに連れて行ってやる。そうだ。その蝋梅が咲いてる場所へ二人で行こう。あんた花が好きだろう」

    梟はうーんと渋った。
    梟は療養でこの山を訪れている身だから、どこそこと山を回るのはまだ辛かった。だからこうやって、ここで静かに鬼と話すだけでもうんと楽しいことを伝えた。鬼はそれに十分喜んだが、モヤモヤとした言い表せない気持ちがあった。せめて、新月の夜以外にも会えないだろうか。 

    「新月の夜にしか会えないのは寂しい それに、月が出ている時にあんたの顔をしっかり見てみたい」

    甘えるように梟へ擦り寄った。鬼の体からは煙の香りがして、梟はそれに目を細めた。ほんのりと甘く、深く吸うと頭が痺れそうなこの匂いが梟は好きだった。

    「では次の満月に、あなたに会いに来ます」

    梟は鬼からもらった蝋梅の花を山道紋の衿巻きでそっと包んで、大事に大事にその真っ白な着物の中へしまった。お互い言葉に出さないけれど、この時にはもう、二人は心底愛し合っていた。
    鬼が梟の体を抱き寄せて「約束だよ」とつぶいやた。




     鬼は毎晩毎晩天を見上げ、欠けた月を眺めては早く満月が来ないかと待った。
    抱き寄せた梟の、その着物の柔らかさを思い出しては恋しさを募らせ日々を過ごしていった。
    そうして美しい真円を描く月が空へ登った夜。カンッカンッと山中に乾いた音が響く。その音を聞くなり、鬼はビュンと風のような速さでその音の元へ向かった。
     梟は鬼と初めて出会った日のように、それがまるで決まりごとであるかのように、出で湯の中心で、薄い衣を身に纏いその腰から下を湯に沈めポツンと立っていた。
    月の光を一身に浴びたその姿は淡く輝き、美しい藍鼠の目を飾るまつ毛が瞬きをするたびに、パチリパチリと白銀の火花が散って、夜の静けさに溶けていった。
    広がる水の波が月の光を吸って銀色に輝く絹の糸になり、梟のその美しさをより神秘的なものたらしめる。
    暗闇の中に咲いたその白に、鬼は息を呑んだ。
    何百年と生きてきた中で、今が最も美しい瞬間であると悟った。
    キラキラと光の粒を纏った梟の美しい顔に手を伸ばす。頬に触れ、己の手も梟の白い輝きに染められるのを見て鬼はこのまま燃えてしまうのではないかと思った。
    頬に手を添えられて、梟は白銀を散らせた目を瞑り、ぎこちなくその手に顔をすりつけた。
    ぶわりと鬼の中で大きな火焰が巻き上がる。
    この梟と永遠を共にできるならば、全てを投げ打ったってかわまない。そのための命なのだと胸が熱くなる。


    「俺と一つになってくれ」


    ぎゅうと鬼が梟の体を抱きしめる。己の心に触れたその光を離すまいと、強く強く抱きしめる。愛おしいこの梟に、自分のものになって欲しい。
     逞しい腕に抱かれ、梟は目一杯鬼の着物についた甘い煙の匂いを吸い込んだ。そして目を瞑ったまま、黙って両の手を鬼の胸に押し当て自分と鬼の体を剥がし


    「私は、あなたとは一緒になれない」


    震える声でそう言った。
    その瞬間冷たいものが鬼の心臓を突き刺した。先程まで高揚していたからだに一気に寒さが走り、顔はみるみる青ざめていった。今にも大声を出してしまいそうなのを抑え、ぎゅうと強く梟の両肩を掴む。

    「やはり俺が恐ろしいか」

    その声は怒気を孕んでいた。

    「違う!」

    梟は答える。

    「ならばなぜ 愛していたのは俺だけだったか」

    その問いに梟はちがうちがうと言いながら今にも泣き出しそうな顔になった。煮え切らない梟の態度に、鬼は苛立った。 
    鬼は梟が自分の元へ来てくれるなら、もう他に何もいらなかった。梟のためならば、今の暮らしを捨て、人として生きていく覚悟もあった。きっと愛するとはそういうことで、それは梟も同じはずだと信じていた。
    それなのに、梟は真っ当から自分を拒んだ。
    残酷なその事実に耐えきれなくて、肩を掴む手にどんどん力が入る。ぴきりぴきりと鬼の首に青筋が走る。

    そんな。許すものか。あんたはもう俺のものだ。離れるなんて許さない。拒むなんて許さな
    い。

    鬼の赤黒く、ドロドロとした部分が姿を現す。
    垂れ下がったその眼をギラギラと燃やし、恐ろしい形相を梟に向けると、ぐるると獣のような音を鳴らして梟の体を押し倒し、その白くやわい衣を剥いだ。
    たまらず梟がやめろと叫ぶ。しかし鬼は止まらない。逃げようと自分の胸を叩く腕を掴み、ぎゅうぎゅうと力を入れるとぱきりと嫌な音が立ち梟は悲鳴をあげた。

    「これでもまだ俺を拒むか」

    地響きのする化け物の声が迫る。
    折れた腕の痛みからか、はたまた鬼の心の歪さに心を痛めたからか、梟は一筋の涙を流した。
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