暗め。エンディング後の日々連戦の最中。珍しく少し弱ってるリ。
支援Bの分岐の片方を取った世界です。
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眠い。全てを諦めそうなほどに眠い。
眠い上に重い。自分の体も重い上に、重い重い荷物を背負っている。
咽ぶほど血の匂いがする戦場で、背中に感じる小さな鼓動だけが、根気のないリンハルトの足を動かす理由になっている。返り血と自身の血でべっとりとした体を戦場から引き上げる。数を重ねるにつれ闘いは激しくなる。今回もまた辛勝という具合だった。
意識が朦朧としている先生の体は重い。後方支援に回っていた弓兵と回復兵が周囲を見回っている。手を貸すか尋ねられたが、みな忙しく動き回っており、自分で対処できる範疇だったので断った。なにより、この人の治療は僕がしたい。ただの我儘で、先生のそばにいたかった。
一時的な拠点にたどり着く。先生の天幕に入り、回復魔法を再開する。パチパチと緑の光が爆ぜる。服を脱がし、人肌に温めた湯を使い身体を拭く。魔法では回復しきれなかった部分に包帯を巻く。意識のない身体を起こすこともできず、少々不恰好になってしまったかもしれない。自分の体についた血も雑に拭いたが、この程度で血の匂いは取れそうにはなかった。
一通り終わったところで、ふと力が抜けてしまい眠り込む先生の横にぱたりと倒れ込む。
「ああ…疲れた…」
先生の胸が上下するのを見つめながらそっと寄り添うように先生の肩に顎を置いた。触れ合った場所から小さく感じる鼓動を数えているうちに意識を手放した。
「ん…」
いつのまにか日が沈み天幕の中も暗くなっている。
「起きたか?」
先生の声が小さく尋ねる。
「ええ…ああ…先生、それで具合はどうですか?」
慌てて意識を現実に戻すが、喉には間に合わなかったのか間延びした声が響いた。
「うん、かなり良くなった。ありがとう、リンハルト」
先生がうっすらと目を細め微笑む。温かな手が僕の頬を撫でる。その表情から無事を確かめながらも、今日の戦場での先生の鮮烈な傷や血がフラッシュバックし、胸の奥がぎゅっと締め付けられ、血液が逆流するような感覚に襲われる。
「……」
無言でぎゅっと、先生を強く強く抱きしめる。優しく頭が撫でられる。前線に出てほしくないとか、もう十分でしょうとかどうしようもない言葉が浮かんでくるが決して口にすることはない。これはもう決めたことだ。
回復魔法は傷が治るまで数回に渡りかけるのが適切だ。再び傷の具合を確かめようと淡々と服を脱がせ包帯を取る。傷が深かったところも大分塞がり、完治まで行かずとも開く心配はなさそうだ。
今晩は先生の体温を感じていたくて、診察を終えてもなお不必要に皮膚をなぞっていた。先生はそんな僕を見て、抱き寄せ、瞳を覗き込む。
「今夜は温めてくれるか?」
戦場での恐怖と、いま触れている温もりから与えられる安心が一度に迫り、喉が熱くなってしまって首肯で答える。情けない顔をしている気がして顔を見られないように抱きついて誤魔化す。自分は表情に乏しい方だと思うが、表情を隠せるかは別だ。こんなに参るなんて、この数日の戦場が余程堪えたのかもしれない。
「今日は無口だ」
「……ちょっと、疲れました」
「ごめん」
先生が謝ることじゃないのに。僕を受け入れる手は熱く、どこまでも優しい。
「……無理についてこなくてもいい」
「それは絶対に嫌です」
どんなに血が嫌だ嫌だと言っても、先生を1人で戦場に送りはしない。まして紋章も神祖の力失っているのだ。僕がついていかないで誰が行くのか。
運命など信じてはいないが、僕の生まれ持った紋章が、回復魔法への適性が、戦場に立つ先生を癒すためのものだったのかもしれないとすら思う。とても非論理的だ。女神への信仰を失った世間に反して、心の底でひっそりと己の紋章に、かつて彼の身体に宿っていた女神に、感謝している。
自分がいる限り死なせない。学徒だった自分にそう言い切った先生を思い出す。幼稚で甘ったれた僕に対して放たれた、力強く単純な言葉。
今度は僕の番なのだろう。
先生の手を取り、残っていた腕の切り傷に回復魔法をかける。傷は暖かな光を纏って閉じていく。
「僕がいる限り、貴方を死なせはしません」
「うん。ありがとう、信じている。リンハルト」
先生は柔く微笑み、2人は口付けを交わす。
寄り添った2人の影が天幕に落ちる。
平和な昼寝まで、もう少し。