懐かしい声を聞いたような気がした。
心地よい微睡から目が覚める。
気づけばすっかりと日は上りきり、散らかった部屋に暖かな光が斜めに射し込んでいる。
しばらく寝台でウトウトしていたが、喉の渇きに耐えかねてようやく骨が唸る身体を起こし、本が積み上がった部屋を見渡す。埃を飛ばそうと雑にかけた風魔法で散らばった書類も、そのままだ。
水で喉を潤し、端的にまとめられたレシピを見ながら調理に取り掛かる。う〜ん、レシピ通りにつくったはずだが味はどこか曖昧ではっきりしない。微妙だ。栄養だけは摂れているはずだから構わないだろうか。どこかくすんだ味の昼食をもそもそと食べ切る。
久しぶりに料理に関する本をひらけば、はらりと栞が音もなく落ちた。読んだことのないページに挟まれた栞の輪郭を指でなぞる。
ふと思い出したかのように箪笥にしまった指輪を取り出す。緑の、かつての彼の、涼しい瞳と同じ色の石。
少し石を傾ければ日の光を拾って、くすくすと笑い声が溢れるようにまばらに輝く。静かな声とは相反した、思いの外表情豊かな瞳を思い出す。今日は随分と感傷的な気分みたいだ。
今日は日差しが穏やかで鳥が頭上で歌う、絶好の昼寝日和だ。
住処から1分もしない、少しだけ坂を登った上にある簡素な墓標まで歩く。墓標は高台にあり、振り返れば見晴らしがよく点在する村々が見えた。
雑に撒いた花の種だったが思いの外日当たりがよく、植生に合致していたのか稀に魔力で補助する程度であたり一面に生い茂っていた。今は青い花の盛りだ。
「はあ…僕も随分寂しがり屋になっちゃったなあ」
感情を処理するのがひどく面倒だ。
墓石の前まで辿り着き、石に刻まれた彼の名前を唇に乗せれば不意に胸の奥が焼けるように熱くなる。寝転べば花のわずかな甘い香りが鼻腔をくすぐる。
貴方に会いたい。
そっと目を閉じて墓標に擦り寄る。いくら時間を使って思い返そうが、死は不可逆なのに。はあ、僕がこんなになってしまったのは先生のせいだなあ、などと責任転嫁してみる。きっと先生に出会わなければ、こんな面倒にはならずに済んだ。
柔らかい一陣の風が頬を撫でるように駆け抜けていった。
「もう少しだけ、くだらない話でもしましょうよ」
せめて夢の続きを見たくて、丘の向こうから微睡が来るのを待った。