2022/11/11「兄さん、これもあげる。はい、どうぞ」
無邪気な笑みを満面にたたえながら、花城がピンクのポッキーを差し出した。
謝憐はとまどいながらも口をあける。
「? ありがとう、三郎」
大学の空き教室で時間をつぶしていた、とある昼下がり。
花城が持ってきたのはいろんな味のポッキーだった。
どうやら今日はこの菓子を食べる日らしい。
そうしたことにうとい謝憐は、誘われるままに箱をあけ、いくつか味見をしたあと、ビターチョコのポッキーをかじり始めた。
花城は謝憐のとなりに座り、いちごの絵が描かれたピンクの箱をあけた。
そしてなぜかさっきのように、時々謝憐にポッキーを差し出してくる。
(たしかに、そっちも食べてみたいとは言ったけど……)
頭に疑問符を浮かべたまま、謝憐はぱくりと花城のポッキーにかじりついた。
よくわからないけれど、花城が食べさせてくれるのは嬉しいし、実際においしいのだから問題はない。
その時、向かいの席に座った慕情が我慢ならないといった様子で白目をむいた。
「慕情、どうしたんだ?」
「何でもありませんよっっ!!」
目ざとい慕情は気づいていた。
さっきから花城が謝憐に食べさせているポッキーが、どれもハート形の芯をしていることに……。
(というか! 箱に! 箱に書いてあるだろ!! 箱を見ろよ謝憐この鈍感!!)
そう、箱には大きく「ハートフル」と書いてあった。
ご丁寧にハート形のプレッツェルの断面写真までのっている。
花城がこのポッキーを買ってきたのは偶然ではないだろう。
おそらく他のポッキーに紛れ込ませて、最初から謝憐に食べさせるつもりだったのだ。
(こっわ……こいつ怖!!)
そうとは知らず、謝憐は花城の差し出すハートをもぐもぐとおいしそうに食べている。
慕情はつっこむ気力もなくし、だが背筋のぞわぞわ感を処理しきれずに、横にいた風信の肩を殴りつけた。
「いてっ! 何するんだ」
「帰る。邪魔だからどけ」
「だったらそう言えばいいだろ。何で殴るんだ」
「いいからどけ」
寒気がするかのように腕をさすりながら出ていく慕情を見送って、謝憐は首をかしげた。
「慕情どうしたんだろう。風邪かな」
「兄さん、あんな奴のことはほっといて、もう一本どう?」
「ありがとう。でも君は全然食べてないじゃないか。私ばかりいいの?」
「いいんだ。これは僕の気持ちだから、兄さんにあげる」
「?」
気持ちとは何だろう。
お礼という意味だろうか。
お菓子をおごってもらうようなことをした覚えはないのだけど……。
「おいしい?」
「うん、おいしい。これ、好きかも」
「よかった」
差し出されたポッキーにかじりつくと、目の前の花城は花が咲いたように笑った。
その笑顔が本当にうれしそうで、謝憐はこまかいことはどうでもよくなってしまった。
謝憐が、甘酸っぱいピンク色の下に隠されたハートに気がつくのは、もう少し先の話――。