独占したいし、されたいからそれは、12月の2週目に入る頃。
今年の高野さんの誕生日は日曜日だからと指折り数えながら、プレゼントは何にしようかと仕事をしながら頭の片隅で考えていた。
毎年年末進行でドタバタする時期だが今年は珍しくも余裕をもった入稿が出来そうで、それぞれの担当作家の調子も良い。
いつもこうだったらいいのに…とは思うけれどそう簡単にはいかないのがこの仕事。
机の上のカレンダーを見ながら、チラリと編集長席に座っている高野さんを視線だけで見上げる。
校了日を過ぎてもきっとまた忙しいのだろうけれど、それでもやっぱり誕生日くらいは……と高野さんの予定をこっそりと確認した。
12月に入ってすぐは忙しそうにしていた高野さんだが、10日を過ぎた頃から少し余裕がありそうな感じだった。
(今なら声、かけていいかな……)
『高野さんの誕生日の週の金曜日、泊まりに行ってもいいですか?』って。
金曜日に泊まり込めば自然と土日も二人で過ごすことになる。高野さんの家に泊まること自体は初めてではないけれど、俺が高野さんと一緒に過ごしたいからと明確な意志を持って高野さんの家に泊まるのは実は初めてだったりする。
だからこそ昼休憩時でエメ編に俺と高野さんしか居ない今、声をかけようとしているのだが…普段自分から誘う事が滅多にない俺が誕生日を一緒に過ごしたいと言うのが、何だか気恥ずかしく思えてなかなか声をかけあぐねているのだ。
ーーこういう時、俺を誘っても1つ返事で了承しないかもしれないと分かっていても、ただ一緒に居たいからという理由だけで朝食や夕飯に誘ってくれていた時の高野さんみたいに、俺も『誕生日を一緒に過ごしませんか?』のたった一言が素直に言えたら……と思う。
素直になれたら、なんて言葉で言うのは簡単なのに実際に行動するのは難しい。俺の場合は照れ隠しがあまりにも極端で自分でも自覚はあるんだけど……
「何?」
そんな事を思いながら高野さんを見ていたら、ふいに視線が合ってしまい反射的に視線を逸らしてしまった。
(やばい……変に思われたかな……?)
そんな俺の心配をよそに高野さんは手元の書類に視線を戻しながら、普段となんら変わらぬ声色で問いかけてくる。
「あ…えっと、その……こ、今年の高野さんの誕生日、日曜日じゃないですか!だから……高野さんの誕生日の週の金曜日…と、泊まりに行ってもいいか聞きたくて…で、でも高野さんだって急ぎの会議とか入るかもしれないし無理にとは言わな……っぶ!」
恥ずかしさでまくし立てるように答えていたら、編集長席から立ち上がった高野さんが俺のデスクに近付いてきて、腕を引っ張られたかと思うと強く抱きしめられた。
「お前さ、それって誕生日は俺を独占したいって事だよな?だからわざわざ誘ってんの?」
「………そうですよ…高野さんを独占したいし、高野さんに独占されたい…から」
高野さんに顔を見られたくなくて、視線を逸らしながら答える。
自分でも分かるくらい顔が赤くなっているのが分かるし、心臓がバクバクと煩いくらいに音を立てていた。
「……だめ…ですか?急に俺がこんな素直になって、気持ち悪くなったとか……」
「なわけねーだろ。……すげー嬉しい」
高野さんはそう呟くと、俺の肩に腕をまわして抱き寄せた。
「あ、あの高野さんっ!」
「なんだよ。誕生日も泊まってくれるんだろ?」
「……そうですけど……」
誰かに見られたらどうするつもりなんだ!と慌てる俺を余所に、高野さんは俺の肩口に額を押し付けて嬉しそうに笑っている。
(ああもう。こんな顔されたら何も言えなくなるじゃないか……)
でも、良かった。高野さんを喜ばせるには何をしたらいいだろうって本当に悩んでたから。
まあ……その結果、こんな風に喜んでもらえるならもっと早くに言えばよかったと苦笑が漏れたけれど、それもこれも高野さんと出会えたからだと思う。
「お陰でスゲーやる気でた。それに、お前が自分から泊まりに来たいって言ってくれたこと、スゲー嬉しかったし」
言われてみれば、俺が自分から泊まりに行きたいと高野さんに言うのは初めてかもしれない。高野さんに誘われて、でも素直に行きますなんて言えずに突っぱねて…なやりとりばかりしてきたから。
「……俺も、こんなに素直になれるなんて思ってませんでした」
「なんだよそれ。でもま、お前がこうやって少しずつ甘えてくれるようになったから嬉しいけどな」
どうしよう。休憩時間返上して高野さんに抱きつきたい。
高野さんの体温をもっと感じたくても、素直になれない自分が嫌で仕方がなかったのに。それなのに高野さんは俺の気持ちをちゃんと受け止めてくれて……嬉しいって言ってくれた。
「……っ……た、たかのさん……」
「律」
ああもう高野さんってなんてずるいんだろう。
俺が欲しい言葉、いつもくれるんだから。
でも俺だってずっと高野さんが欲しかったんだ。素直じゃない俺のせいですれ違いばかりで、遠回りして、やっとお互いの気持ちを繋げて今こうしていられる。
高野さんの体温をもっと感じたくて、その背中に腕をまわした。
ここが編集部内だとか誰かに見られるかもしれないとかそんなのはどうでもよくなって、背伸びをして高野さんに口付ける。
ただ高野さんと触れ合いたくてたまらなかった。最初はそっと触れ合うように重ねていた唇も、いつしか深く貪るように交わってゆく。
「ん……っは……」
「……律……」
ーーああもう。
高野さんのキスってなんでこんなに気持ちいいんだろう。
いつもみたいに乱暴なキスじゃない、優しいキスを何度も啄むようにして交わす。そんな甘いキスをされると、もっと……と強請るように俺も自ら唇を寄せて、高野さんを求めてしまっていた。
「……仕事中だってわかってんのにな」
「いいんです……今は休憩中だから……」
誰かに見られたらどうしようという緊張感は勿論あるけれど、それ以上に俺は今高野さんと触れ合いたかったし、高野さんが欲しかった。
「お前がそうやって素直に甘えてくれるようになったの、すげー嬉しい」
「高野さんが根気よく俺に向き合ってくれたからですよ」
「当たり前だろ。好きな奴に振り向いてほしくて必死だったし」
高野さんはそう言うと、もう一度だけ触れるだけのキスをしてくれた。
「ん……」
俺もそれに答えるようにして自分から唇を寄せる。するとそれを合図にしたように、高野さんが俺の髪を梳くように頭を撫でてくれた。その優しい手つきが心地よくて、うっとりと目を閉じると今度は啄むようなキスではなくもっと深く口付けられた。
「……ふぁ……っんん……んっ」
「……律……」
高野さんのキスはいつだって優しくて、それでいて激しい。まるで嵐の中にいるみたいに、俺の全てを攫うような口づけに俺はいつも翻弄されてしまうんだ。
「……た、かのさん……っ」
「今日はここまでな?これ以上すると抑えられなくなっちまうから」
そう囁かれて、慌てて体を離すと高野さんは楽しそうに笑っていた。
ああもう本当にずるい。俺が高野さんに弱いことを知っていてこんなことを言うんだから質が悪いと思う。
「も、もう休憩終わりですよね!俺コーヒー買ってきます!」
これ以上高野さんのそばにいたら本当に仕事にならなくなりそうで慌てて立ち上がった。恋人になったからといって今までと距離感が変わったわけでは無いけれど、それでもやっぱり高野さんの俺に対する態度や行動は少し変わったと思う。
何より今まで以上に甘やかされているというか、二人で居るときの甘い空気感は高野さんが俺を恋人として扱ってくれている証拠で。それに気づいてしまうともう駄目だった。
「小野寺」
「っ……は、はい?」
熱くなりそうな頬を必死に誤魔化していると、突然後ろから高野さんに抱きしめられた。驚いて振り返ろうとすると、ちゅっと首筋に触れるだけのキスが落とされる。
「誕生日だけじゃなくたって、独占したいならしていいぞ。俺だってお前を独占したいし」
「……か、帰ってから……なら……」
「ん。楽しみにしてる」
そう耳元で囁いて、高野さんはようやく俺から離れていった。俺はというと、暫くその場から動けなくて、高野さんが編集部から出て行った後、ズルズルとその場にしゃがみこんだ。
「……っ……ほんとずるい……!」
ああもう駄目だ。
やっぱり高野さんには敵わない気がする。いや……絶対に勝てない。だってあんなの反則だろうと思うのだ。普段は横暴で我儘なくせに、不意に見せる甘えるような仕草だとか口調だとか、それから俺を抱きしめる時の優しい視線とか。今までよりも格段に甘さが増したことを実感してもう俺の心は高野さんでいっぱいだった。
あんな高野さんの事を知ってしまって……この先俺は一体どうなってしまうんだろう。
(……本当に困る)
でも、それ以上に嬉しいと思ってしまう自分に気付いてしまって、また顔が熱くなってしまった。
***
ーー12月22日。金曜日の夕方のエメラルド編集部。
何とか定時内に仕事を終わらせて、1階のエントランスで高野さんを待つ。自分から泊まると事前に誘ったせいもあって、待ってる間も何だかそわそわして落ち着かない。
「お疲れさん」
突然高野さんに後ろから抱きすくめられる。今しがた期待めいて想像していたせいか、それだけで思わず全身が熱くなった。
俺の頭をくしゃくしゃとかき混ぜるその顔は二人だけの時に見せる笑顔で、社内でそういう顔をしたらただでさえ人の目を惹くというのに、心臓に悪い。
「お、お疲れ様です……」
一度意識してしまうとコントロール出来なくて、不自然に思われると頭では分かっているのに顔を直視出来ない。
「律?顔赤いけどへーき?」
「だ、大丈夫ですから早く帰りましょう!」
高野さんを引っ張るようにして、俺はエレベーターに乗り込んだ。
高野さんが部屋の鍵を開けて、先に入るように促される。おずおずと中に入り、玄関のドアの鍵を閉めた。
(どうしよう……すごく緊張してきた)
自分から泊まりたい、だなんて言ったからだろうか。だってただでさえ片手で数えるほどしか自分から誘ったことが無いのだ。
「律」
靴を脱いで玄関先に上がったところで、不意に高野さんに後ろから抱きしめられる。
「あ、あの……高野さん?」
心臓は爆発寸前で、このまま破裂するんじゃないかとさえ思う。
「そんなに緊張しなくていいから、いつも通りでいろよ」
「え……?」
「滅多に自分から泊まりたいなんて言ったことねーから頭ん中ぐるぐるしてたんだろうけど、別に泊まるからって言って必ずしもセックスする必要があるわけじゃないだろ?そりゃしたい気持ちはあるけど、小野寺がしたくないならしなくてもいーし」
「……っ!」
高野さんの言葉に、さっきまでの緊張が嘘のようにすうっと軽くなっていく。
「あ、あの……」
「ん?」
「……俺はその……別にしたくないわけじゃないです……」
いつも高野さんから誘われるばかりで、俺から自発的に誘ったことなんて数えるほどしか無い。
だからこういう時、具体的にどうしてほしいのか、どう言えば高野さんをがっかりさせずにすむのかがよく分からないのだ。
「お、俺だって……男なんですよ」
「小野寺……」
「…高野さんの誕生日は俺にとっても特別だから、少しでも長く過ごせたらって思うし……素肌で触れ合う時間だって少しくらい欲しいです」
だから自然と泊まりたいって発想が浮かんだし、高野さんも同じ気持ちならと期待した。高野さんと過ごす時間はいつだって特別で、出来ることなら少しでも長く一緒にいたいから。
俺の言葉に高野さんは満足そうに笑うと、俺の手を引いて寝室へと向かった。
***
ベッドの上で恥ずかしげに見上げてくる小野寺を見て、キスしたい衝動に駆られる。
「んっ……ふ」
唇の間から漏れる微かな声さえ惜しくて、息継ぎの暇さえ与えずに夢中で唇を重ねる。小野寺の両手は背中のシャツを掴んで、必死にしがみついてくる。
俺と同じように求めてくれている嬉しさに自然と手の動きが性急になった。
シャツの裾から手を潜り込ませて滑らかな肌に触れると、小野寺の体がぴくんと跳ねる。
「あっ……高野さ……」
まるで期待めいたような小野寺の視線に、思わず笑みを零した。
「嫌?」
そう聞きつつも、もう今更止められるはずもない。
「やじゃな……あっ」
小野寺が何か言いかけるのを無視して首筋にキスを落とすと、小野寺はまたぴくんと跳ねた。そしてそのまま舌を這わせて首筋から鎖骨にかけてを辿りながら、俺は胸元に辿り着くと唇でその先端をそっと挟んだ。
「んっ……」
途端に漏れた甘い声が可愛くて、もっと聞きたくて何度も胸を愛撫する。その度に小野寺の体が震えて、声も少しずつ色づいていく。
「や……高野さん……」
名前を呼ばれると余計に煽られる気がして、胸の飾りを指先で弄った。
「あっ……そっちは…かんじ、やすいから…っあ、あ…っ!」
「お前さあ…前も言ったけど、わざわざ自己申告したらどーなるか分かってんだろ?それとも、『もっとして』って催促?」
「ちがっ……あぁんっ」
胸への愛撫を続けながら、既に固くなっている小野寺自身に手を伸ばす。途端に小野寺の体が大きく跳ねて、嬌声もより高くなる。
「やっ……だ、だめ……」
小野寺は頬を真っ赤に染めながら緩く首を振ったが、俺は構わず手を動かし続けた。すると小野寺の腰が震えだし、俺の背中に回された手にも力が入り始める。
(そろそろ限界かな)と思って一気に強く擦り上げると、小野寺は体を仰け反らせて甘い悲鳴を上げた。
「ああぁっ!」
吐き出される精を手で受け止めて、そのまま後ろの蕾に手を伸ばす。
「………何か柔らかいんだけど。もしかして慣らしてきたのか?」
「…い、一応…そのつもりで泊まりたいって言ったし……少しでも高野さんの手が煩わないようにって思って……」
(……何だこの可愛い生きもの)
消え入りそうな小野寺の言い訳に愛おしさが込み上げる。
「あーもう、お前ってそういうとこ可愛すぎ」
ゆうに二本は指が入る状態になるまで慣らしてあって、小野寺が自分でしていたのかと思うと興奮を抑えられない。
「あっ、あの……高野さ……んっ」
小野寺が何かを言おうとしているが、それを聞かずに俺自身をあてがってぐっと押し込んだ。小野寺の中は熱くて柔らかくて気持ちが良すぎて、気を抜いたらすぐにでも達してしまいそうになる。
小野寺が俺の背中に回した手にまた力を入れたかと思うと、苦しそうな声で呟いた。
「……い」
「え?」
「う……嬉しい…です…」
瞬間、俺の頭の中は真っ白になった。
「……優しくしてーんだから、あんま煽るようなこと言うなよ……」
小野寺が可愛すぎて、小野寺のことを気遣う余裕すら失いそうだ。
「俺は…いつもの高野さんを感じたいです……だから…好きにしてください……」
小野寺は恥ずかしさを堪えるように顔を背けると、消え入りそうな声でそう言った。
(……ったく、こいつは)
「キツかったら言えよ。お前が痛がんのは嫌だから、ちゃんと言ってくれ」
それだけはちゃんと気付いて気遣ってやりたい。小野寺本人に好きにしていいと言われても、俺の独りよがりで痛い思いをさせるのは絶対に嫌だ。
「……はい…」
「俺の誕生日だから、なんて理由で無理すんのも無しだからな」
小野寺が俺を祝ってくれようとする気持ちはとても嬉しいけれど、俺としては小野寺と一緒に居られればそれでいい。
「やっぱり高野さんは優しいですね……」
小野寺は嬉しそうにふわりと笑った。
(……お前のそーいう顔が見られるなら、いくらでも優しくしてやりたいよ)
俺は小野寺にキスをすると、緩やかに律動を始めた。
***
「どーぞ。誕生日プレゼントです」
甘い夜を過ごした翌日、俺は小野寺にリボンでラッピングされた箱を手渡された。
「俺がよく行く紅茶の専門店でクリスマスアドベントティーっていうのが置いてあって。中身は開けてからのお楽しみになってるんですけど、7種類の特別な紅茶が入ってるそうなんです。高野さん、普段はコーヒーばかりだけどたまには紅茶も気分転換になって良いんじゃないかなって思って」
「サンキュ、後で淹れてみるわ」
小野寺を抱き締めて軽くキスをすると、小野寺は嬉しそうに笑った。
(ったく、可愛い過ぎだろ)
小野寺のくれるものなら何だって嬉しい。特に、俺のことを考えながら選んでくれたものなら尚更だ。
「誕生日おめでとうございます。いつも俺を気にかけてくれて、厳しい事を言われる時もあるけど…今はそれが高野さんの優しさだって分かるから。今でも意地張って素直になれなくて怒らせちゃったりしますけど、本当は高野さんが好きだから、ずっと一緒にいたいです」
「律……」
普段はなかなか口に出来ない小野寺の気持ち。俺を困らせないようにと気遣いながら必死に伝えようとしてくれる。俺は思わず笑みを零した。
「うん……ありがとうな。これからもずっと傍にいてくれ」
「はい」
ふわりと笑う小野寺を、俺はまた抱き締めた。
(きっとこの先も、小野寺にはかなわないんだろうけど)
俺の人生はいつだって小野寺に振り回されている。それでもそんな時間がたまらなく愛おしくて大切で仕方ないから、きっと何があっても手放すことなんか出来ないだろう。