力と意志 「この体は魔導の器にすぎない、俺こそが偉大なる力、そのものとなるのだ。」
禍々しい黒いオーラを纏った男は、赤く怪しく光る眼光でこちらを睨んでいる。
「お前も自分の目的の為に人の命を操り利用しただろう、覚者ともてはやされてはいるが、実のところ皆お前を異質だと思っている。忌み嫌われているのだ…」
男の指で血のように赤い何かが、ギラリと光る。
「もう一度聞こう、何故俺を追ってきた?俺を捕らえて点数稼ぎか?いや違う…お前が欲しているのは、力だ。そう…、この指輪の力。そうだろう?くくく…お前は俺と同じ臭いがするぞ…いずれ、直ぐに分かる。お前もな…」
(違う…)
「もう後に引くことなどできない。…そして、虚無の世界に絶望する…」
(違う…俺は…!)
「────っ」
微睡みから目覚め飛び起きたそこは、野営地のテントの中だった。外はまだ暗く真夜中のようだ。焚火の番をしてうとうとしている兵士と見張りのポーンの背中が見えた。
(嫌な夢だ…)
体中、寝汗でじっとりとしていた。
手のひらで額の汗を拭い、顔を覆って息を整えた。
見下ろした自らの右手の中指には、サロモから取り返した竜王の指輪がはめられている。
領王から与えられた任務だった。サロモに奪われた竜王の指輪は、屑物屋のモンテバンクに贋作を依頼し、見分けの付かないそれをオルダスに渡した。…本物は今ここで、血のように濃く、鈍く、赤い光を放っている。
「俺は、何故力を欲している…?」
奪われた心臓を、ドラゴンから取り戻す為。大切な人達がいる、このグランシスをドラゴンの…そして、それ以外の脅威から守りたい。…ただそれだけだ。
例え、この世界が守るに値しない世界だったとしても。
その先に本当の世界があるのなら…
「それが、俺の意志…。」
動揺し揺れていた気持ちが落ち着いてくると、指輪の真紅の宝石も仄かに輝き、穢れなき光を取り戻した。不思議と力が湧いてくる。竜王の指輪の本来の輝きと力が感じられる。全ては己の心次第なのだ。
気を許せば、いつでも正気を刈り取られてしまうだろう。サロモの言葉はあれからずっと、頭にこびり付いて離れない。どこかで、自分自身を疑っているからだ。しかし、彼とは明確に違うことだけは確かだ。サロモは力への欲に溺れ、得た力による恍惚に酔いしれていただけなのだから。…惑わされてはいけない。
覚者となって日が経つにつれ、この世界と自分自身への疑念は増していくばかりだ。
…だからこそ、もっと強くならなければ、身も心も。
もうひと眠りしよう。日が昇れば、また先へと進まなければならない。旅はあの赤竜を討つまで、続くのだから。
焚火の薪が小さく爆ぜる音と風が大地を駆けていく音を聞きいていると、また瞼はゆっくりと落ちていった。
「マスター…、おやすみなさいませ…。」
炎を見つめるポーンがそう囁いた声は、俺の耳に届くことはなかった…。