「見損なったぞ!お前がっ…お前が、そんな男だとは思わなかった…」
店内の薄暗い照明じゃ、壁に押し付けた拓也の表情はハッキリわからない。だが戸惑っているのはたしかだ。弱くなってしまった語尾の後、ハッと乾いた笑いを聞かせ掴んだ襟元をさらに締める。俺より数センチ高い目線が動揺で揺れ、震える唇が開いた。
「お前こそ…ここでなにしてんの…?」
「今は俺の事なんかどうでもいいだろ!!拓也!輝ニはどうした?!」
「輝ニ?…そりゃあ家だけど」
「なんで一緒じゃないんだ!!」
厚みを感じさせる胸板に拳を叩きつけ、苦い心持ちのまま言葉をぶつけた。一瞬苦痛の息を吐いた後、「…へ?」と力の抜けた声が降ってきた。
「え…当たり前だろ、合コンだし」
「…当たり前って…ッ拓也ァ!」
「わーッ!待て待て輝一!お前勘違いしてっから!」
「何が勘違いだ!お前ッ輝ニがいてなんで他の女性と出会う場所に来ているんだ!!」
「輝ニ公認だからこれ!!」
「………は?」と、今度は俺自身から間抜けな声が出た。襟首をぎりりと締めていた手をつつかれ慌てて離せば、軽く咳き込んだあと涙目になった拓也がへらりと笑う。
「ちょっとは落ち着いた?」
「……説明、してくれるんだろうな」
「説明もなにも無いんだけどなぁ…」
後ろに手を回しポケットから黒い端末を取り出した。「ちょっとまってな〜」と声にしながら指先が液晶を滑る。
突きつけられた画面には、一時間程前に送られてきていた輝ニからのメッセージが映っていた。
『合コン楽しんでるか?』
『先寝てるかもしれない』
『牛乳買って来て』
「……牛乳」
まず一言目に同棲中の相手に『合コン楽しんでるか?』って質問はおかしいだろ。拓也の言う公認ってのが嘘ではないことはわかったが、今度は逆の心配事が出来てしまった。苦虫を噛み潰したような顔でもしてたんだろう、拓也がけらけら笑いながら「愛されてんのよ」と言ってのける。
「……はあ…とりあえず…首、しめてごめんな」
「いーえ〜、まあ普通そうなるわな。言っとくけど俺は穴埋め要因、ここが終わったら直帰ですんで」
「まったく…寛大なのか抜けてるのか…」
言われてみたら容易に想像がつく。『合コン?へえ、よかったな誘ってもらえて』って言ってる姿が。ついでに拍手ぐらいしていそうだ。
「で?輝一は友達と飲みにきてんの?」
「あっ…いや……俺も、合コン」
「………それ絶対輝ニには言うなよ」
はたと、疑問が湧く。
「え…なんで」
「いやいやいや、お前も知ってるだろアイツのブラコンっぷり!病気だ病気!」
「……そんなに?」
「そんなに。お前と腕組んだままスキップしそうだぜ」
そんなにかあ…。
この二人にあてられたわけじゃないけど、そろそろ彼女つくらなきゃなー…あれ、俺いつからいないんだっけ…、と羨ましさ大半の焦り少々で誘いにのってここに来ていた旨を伝える。セットされた髪をくしゃりと抑えながらため息混じりな声が返ってきた。
「お前が知らない女のケツ追っかけてるって知ったら卒倒するぞ」
「…そんなにかぁ」
育て方間違っちゃったかな…。俺自身、妹離れする気はさらさらないから「嫌だ!私の輝一じゃなくなるのは!」と、言われたわけでもないのに、あの小さい口を尖らせる様を想像して口元が綻んだ。俺の妹、可愛いだろ?
「…にやにやしちゃってさ……ホント、妬けるぜ」
「え〜?いいだろ別にー、俺も愛されてるんでな」
「はいはい言ってろよ」
くすくすとお互い肩を揺らしながら談笑していると、端の個室から「木村ー?」と呼ばれ、同時に拓也の端末も震えた。
「っと、わり…そろそろもどんねぇと」
「俺もだ、呼ばれてる」
「お目当ていた?」
「………特に」
「あははっ!じゃあさ、このあと家来いよ。あいつも喜ぶ」
「んーそうだなぁ…お言葉に甘えさせてもらおうかな」
じゃあ後でとお互いに手を振り、各々の集まりへと戻っていった。
***
「そういや、うち来たのって引っ越しの時以来じゃね?」
「そうかも…ふっ、あの時の輝二にはホント参ったよ」
「…参ったって顔してないけどな。どこの世界に、愛の巣の合鍵を兄貴にも渡すバカがいるんだってな」
「えへ~うらやましいんだ?」
「あーはいはいはい」
不動産以外に二人しか持ってない鍵を回し扉が開かれた。奥の居住スペースから光が漏れ伸びている。「たくやー?」と間延びした輝二の声が聞こえてきた。
「はーい、たでーまぁ」
「おかえり、随分早かったな」
「お前に会いたかったの〜♡」
「ほーん」
拓也の悪ノリをヒョイッとかわし、ソファに身をゆだね背中を向けたままテレビに夢中で俺に気づかない。にやにや笑って口元に指を押し当て振り返った拓也が、輝ニの背後からするりと腕を回し、挨拶するみたくクリップで髪をまとめて露わになった項へと口をつけた。
「邪魔」
「お~?そんなこと言っていいんか?すんげぇお土産あんだけど」
「牛乳だろ?…あ、甘い物も買ってきてくれたとか」
「あ、牛乳忘れた」
「ったく、使えない」
「こいつッ!」
背もたれを挟んでがばりと肩を両腕の中へと閉じこめた。短い悲鳴をあげた輝二が、そのままくすくす笑いながら拓也と…こう、いちゃいちゃと…いちゃ、いちゃと……。
「こーじ」
「っへ?……こー…いち?」
目を丸めた輝二が、乱れた髪の束を垂らしかけた顔をこちらへとむける。やっ、と若干気まずそうに笑いながら手をひらつかせる俺を見て口をはくはくと開閉したのち叫んだ。
「違う!これは違うんだ!」
どーんと突き飛ばされた拓也が無様に床に転がった。「ハァ?!」と荒れた声を放つ手を引き体制を整える手伝いをし、改めて妹へと居直る。
「こんばんは、輝二。こんな時間に悪いな…プリン、買ってきたからあとで一緒に食べような。部屋着姿も可愛いね」
いつも通り愛する片割れを愛でる言葉を伝えながら笑いかければ、わなわなとその細身を震わし始めた。そして、きゃあ!とお化けにでも会ったかのような悲鳴を上げた。
「だっだめだ!見ないでくれ輝一!」
「え…なんで?」
「こんなっ…こんな格好、見せられたもんじゃない!!」
ソファから飛び降りバタバタと部屋から逃げていく。あの慌てようだと拓也を蹴ったことも気づいてないだろうな。取り残された俺たちはぽかんと呆けるばかり。
「…あの子、どこ行ったんだ」
「…さあ?」
顔見合わせて首をひねった。
こうしていても仕方ないしと、購入してきたアルコールとつまみたちをテーブルへと広げていく。ほんとだ、牛乳忘れてたな…。ちゃっかりプリンとアイスは買ってあるのに、肝心のおつかいが出来ていない。
「あ、風呂いってるんだわ」
「輝二?」
「ん」
指さされた先には給湯器、湯沸かしのマークが光っていた。言われてみたらシャワーの音がする。…あまり考えるのはよそう。うんうんと一人頷いていると部屋の外から「拓也—っ!」と声が聞こえてきた。
「なぁにー?」
「下着忘れた!今のうちに持ってきてくれ!」
「はあ?…ったく、しょうがねぇな…。今行くー!」
扉を隔ててるはずなのにしっかり会話が繋がる声量におもわず笑ってしまった。あの子、こんな大きな声出るんだなぁ。
程なくしてにやけ面の拓也が戻ってきた。
「そんなにやけて、なにか面白いことでもあったのか?」
「へ?…いやな?輝二の奴がさ、持ってった下着にいちゃもん付けやがんだよ。これじゃない!ってさ。おっかしいの、無いものかき集めても仕方ないのにな」
「…きまず、聞かなきゃよかった」
幼児体系とまではいかないが、抱き着かれたときに感じる膨らみは確かに薄い。元カノがEぐらいあったから尚更そう思うってのもあるけど。
居心地悪そうにする姿にふはっと笑い声がかかる。
「気合入れてんだとよ、褒めてやってな」
「…お前が褒めればいいだろ」
「やだよ、はじーじゃん」
まったく、こいつらは…。一緒に育ったわけじゃない俺よりも前に出会った二人だ。気が付いたら付き合いだしてあれよあれよと同棲までこぎつけて、過ごした時間は俺と比べ物にならないくらい多いはずなのに。だからこそ、なのかもな。あの子を素直に褒める俺に「いいよな、お前は」と曖昧なことを言われたことを思い出した。あの時は一瞬なんのことを言っているのかわからなかった。すぐに追いついた頭で、なるほど恥ずかしさがあるのかと腑に落ちたんだ。あんな愛らしい子を気持ちよくさせる言葉を言えないなんて、なんて損な男なんだ可哀想に…。
「さっき大変だったんだからなぁ…むくんでないか?変なとこないかなって、俺服着てんのに引きずり込まれるの。おかげでほら、ズボン濡れちゃった」
「…のろけかよ」
前言撤回、見せつけやがって。少しは悩めバカ。
「あはは!ふくれっ面、輝二と一緒!」
「…当たり前だろ、双子なんだから…」
「そうだよなぁ…けど、輝一見てもなんにも思わないのに輝二見てたら手出したくなるんだよ…いや~不思議不思議」
「…さてはお前、酔っぱらってるな?」
「残念、シラフで~す」
製氷機から取り出した氷を入れたグラス片手に引いた椅子へと腰かける。促されるまま正面へと腰を下ろし、どれを飲もうか吟味している間に今準備したグラスにウイスキーと炭酸水を注ぎだした。各々飲み物が出そろったタイミングでカツンと乾杯の鈍い音が鳴る。
「…で、実際どうなんだ?輝二とはうまくいってるんだろうな」
「面談かよ!…心配しなくても順調だから」
「ならいいけど…にしても、恋人が合コンに行くのを許すのはどういうつもりなんだ」
「言っただろ?愛されてんだって」
「逆はあるのか?輝二がそういったとこに行ったり」
「は?許すわけないじゃん」
「……」
なんて身勝手なんだ。被せてきた言葉に特大のため息を吐いて見せれば慌てて「違う!」と否定が入った。
「俺だって別に行きたいわけじゃないっての。輝二が嫌だって言うならもちろん断るし…」
「…言われ、ないんだ」
「……うん…。誘われたって伝えたら『需要あるのか?』って言われた…」
…本当に、可哀想な男だ。
「俺には俺の交友関係があるだろってさ、輝二の考え」
「だったら輝二だって…」
「ぜっっったいヤダ、行かせない」
「……」
びしっと指を突き付けながら息巻かれもう一度ため息が出た。必死だ、余裕なんて全くないじゃないか。喉をせわしなく上下させながらグラスの中身を空ける。一気にあおったのにも関わらずまったく変わらない顔色のまま、だが少し座った眼付きの拓也が「なあ」と続けた。
「……アイツって、可愛いじゃん」
「え?まあ、そうだけど…」
今更、そんな当たり前なことを言われても。
「他の男の隣に座らせてたまるかよ…」
「…呆れた。言ってやれば?俺以外見るなって」
「いえるわけないだろ~?どうせけらけら笑って『カッコ悪』って返されるのがオチだぜ」
ぐだりとテーブルに突っ伏したかと思えばすぐに起き上がり、早く飲めとせかされる。ちらりと端を見れば買い込んだ缶とリキュールが目についた。こいつ…どれだけ飲むつもりなんだ…。輝二が全く飲めない子だから、こうやって付き合ってもらえるのが嬉しいんだろうけども。
「酔っ払いの面倒は見たくないからな」
「……いいもん、輝二に見てもらうから」
それはとても魅力的だ、俺も介抱されたい。出来上がった俺達をみたらどっちを取るのかな…。演技だとすぐ見抜かれて拓也を優先させるかも。優しいあの子が愛おしそうに拓也に接してる姿をツマミに飲むのも悪くない。…ちょっとだけ寂しいけどな。
「あ〜酔っ払いになりたーい」
「ザルなクセして…あ!ダメだからな!この家でいちゃいちゃ禁止!」
「いちゃいちゃって…」
継ぎ足した氷の上から再び注がれていくウイスキーと炭酸水。割合がおかしいぞそれ、半々ぐらいじゃないか…やっぱり酔ってるだろ。
視界に捉えた目がいつの間にかしっかり据えられていて、今日何度目かのため息がでた。これは本格的に介抱が必要なやつじゃないかな。自宅だから最悪俺がベッドまで引きずっていけばいいんだろうけど…。
「いちゃいちゃしてますぅ俺の目の前で毎回毎回いちゃいちゃしてますぅ〜!」
言い方。腹立つなこいつ…。
「今の拓也みたら、輝ニも呆れるんじゃないか?」
「ばーか、んなことねぇよ…あのちっこい冷たい手で目元冷やしてくれーんの。…俺の彼女、最高だろ?」
「……俺の妹はさ、会うとき必ずヒールを履いてくるんだ。何でか聞いたら『輝一との距離が近くなるからな』だって」
「………」
「………」
目をあわせ、いや睨み合ってから同時に手元を空ける。差し出された氷が入ったグラスにウイスキーと炭酸水が注がれ、同じものがテーブルに並んだ。
「こないだ、弁当作ってくれたんだよ。冷食でいいよって言ったのにちゃんと作ってくれてさ…まあ焦げてたり、味見したんか?ってなるやつもあったけどな〜」
「唐揚げだろ?俺が教えたレシピ作ってくれたんだな…今度一緒に練習しておくな」
「やめてください」
「襟元がレースの服持ってるだろ?何着ても可愛いんだけど、俺が好きなの気づいたんだろうな…何度も着てきてくれるんだ」
「キスマ付けまくって着せなきゃいいって話?」
「殴るぞ」
「デカいベッド買うかって話したらさ、まだ十分使えるからいらないって。ふふっ…あれ、絶対フェイク。俺とくっつけないって思ってんだよ」
「俺の部屋、布団一式しかないから一緒に寝れるよって伝えておいてくれ」
「揺さぶりかけるのやめろよ!今すぐ行こうとか言い出しそうで怖いわ!」
新品未開封だったビンの中身が気が付いたら空になっていた。同量しか減っていない炭酸水のペットボトルが、俺たちが飲んでいる物の異常さを物語っている。後半ほぼ原液だったしな。完全に目が座った手持ち無沙汰な拓也が新しいラベルをはがしにかかる。まだやろうってのか?いいだろう、受けて立ってやる。
「最近、俺の香水使うから日中もおんなじ匂いしてんだぜアイツ」
「うっわいいなそれ…あ、俺も匂いの話あるぞ。今お前たちが使ってる柔軟剤、俺が使ってるやつ教えてあげたんだ」
「聞きたくなかった~!なんか嬉しそうに洗濯してるなって思ったらそういうことかぁ~!」
「あの子の今のアイコン、あれ俺と出かけたときに撮ったやつ」
「待ち受けは俺とのデートの時な」
「知ってる、見せてもらったからな。動物園のモルモットの写真だろ?その時はいてた靴は俺のプレゼント」
「……いい加減、妹離れしろよおにーさん」
「なんでお前に指図されなきゃならないんだ。あと、輝一は私の兄であってお前のじゃない、勘違いするなよ」
いつの間にかテーブルの脇に立っていた輝二が拓也の頭を小突く。白熱しすぎて気づかなかった。触り心地がよさそうなもこもこの青のボーダーのパジャマに身を包み、頬がほんのり色づいている。ぶかぶかのスウェット(おそらく拓也のだろう)1枚の姿も可愛かったけど、このパジャマ姿も最高に可愛い。あとで写真撮らせてもらおう。
「あでっ」と軽く声を上げた拓也が顔をとろんと綻ばせ、そのまま腕を引く。
「あったまった?」
「ちゃんと」
「そっか……~…やっぱいいなこれ…きもちい……」
「っおいやめろ!こーいちが…見てる…」
見てなかったらいいのか?血反吐きそう。
「すまない、輝一…このバカが迷惑かけたんじゃないのか?」
申し訳なさそうに眉尻を下げ、胸元に顔を擦りてけてる拓也を想像した通りの優しい手つきが撫で上げる。
俺の完敗、完敗だよ拓也。
「ふぅ~ん…お前、すっごく幸せそうに笑うんだな」
「…ちゃかすな…。…まあ、悪い気はしないな」
うわ言の様に輝二の名前を呼びながら腕から腰に手を回し、酔っ払いがその手中に収めた。…お願いだから俺のいる前で手を出してくれるなよ…。
「離せよ拓也、輝一のとこにいかせてくれ」
「…ヤダ。俺の膝座れよ」
「俺のほうおいで?」
「待ってて、今すぐこのゴリラ引きはがすから」
「てッめ!!」
「ぅわッ?!」
ガタッと大きい音をたてながら立ち上がりその場で軽々と持ち上げる。目をぎょっとさせたのは俺だけじゃなかった。驚きの声を上げた輝二を抱きかかえながら振り返ったかと思えば、冷蔵庫前に彼女を下ろし濡れた黒絹に口づける。
ねーぇー、ホント…やめてくれよ気まずいからぁ……。
「アイスとプリン、どっち?」
「…チョコレート入ってるやつ」
「おっけ、アイスね」
細い身体にまとわりつきながら「ほらよ」とアイスが手渡された。輝二の手には大きいそれを両手で持ち、スプーンが用意されるのを大人しく待っている。あの様子だと俺の膝の上にくるのは難しいだろうな。案の定阻止されて、拓也曰く同じふくれっ面をしたまま膝の上へと座った輝二たちと向き合う形に落ち着いた。
「で、何をそんなに盛り上がってたんだ?」
「輝ニが可愛いね〜って話してたんだ」
「はぁ?コイツと〜?言うわけないって、輝一まで酔っ払ってるのか?」
本格的に可哀想になってきた…。ナイナイと笑いながら蓋を開け、座る前に受け取っていたスプーンが氷菓子の上をなぞっていく。頬を綻ばせながら小さい手がカップと口を往復した。その後ろから、拓也が慣れた手付きでタオルで髪の水気を取ってあげている。お前たちも十分いちゃいちゃしてるじゃないか。
「あ」
「ん」
肩口に顎を乗せ、ひとくちとねだった口へとスプーンが差し出された。冷たさに顔を歪めたあと二人が見合って「美味しい?」「ん、美味しい」と笑い出す。
「…眼福眼福」
「え?」
「こっちの話だよ。あ、俺にも食べさせて?」
「もちろん。あーん、して?」
「あーっん♡」
拓也の悲鳴が聞こえた気がしたが、目の前で嬉しそうに微笑んでくれてる輝ニしか見えてない俺は、差し出されたスプーンを口の中へと招き入れる。
「美味しいね」
「だろ?最近のお気に入りなんだ。一緒に食べれて嬉しい」
「お前…わざとだろ?なあわざとだよなァ!!きい〜ッ!腹立つ!!」
「男の嫉妬は見苦しいぞ。…あ!輝一からのはいつでも歓迎だからな!」
「……この貧乳が」
「?なんか言ったかこの野郎」
怖い怖い、ホントやめてくれよ。さっきまでほんわかした空気が嘘のよう、至近距離でガンの飛ばし合いが始まってしまった。だが輝ニのほうが早々に折れ、慌てて「あっ、違うぞ輝一っ!そんな…いつもこうってわけじゃないんだ!拓也が喧嘩売ってきたからそのっ!」と、俺に対して言い訳を募らせる。
「強気な輝ニも可愛くて大好きだよ?」
「輝一……私も、大好き」
「……この場でひん剥いてやろうかぺちゃぱいめ」
「あ~ホントうるさいなあ…やれるものならやってみろよ」
また始まった…子供かよ…。
「お〜お〜そんな事言っていいのか?マジでやるぞ」
「はっ!何のためにあの下着用意させたと思ってるんだ」
「…いやそれは本当にわかんないから困るなその質問」
「なんでだよ!輝一にいい格好したいからに決まってるだろ!!」
「ホントお前はなにを目指してるの?!」
まるで漫才じゃないか。思わず吹き出してしまったのに二人には届かず口合戦は続行された。…拓也の膝の上で。バランスを取るために輝ニの右手はテーブルについているけど、左腕は拓也の肩へと乗せられて。その拓也の両腕は当たり前のように腰を抱きかかえて……見せつけられてるなあ……。
このまま眺めていたい気もするが、さすがに目の前で喧嘩という名のいちゃつきを見せられ続けるのはしんどさがある。そろそろ仲裁をと口を開いた時、輝ニがアイスの塊を拓也の口へと突っ込んだ。
「んぐっ」
「…お前、結構酔ってるだろ。手、熱いぞ…」
自らのお腹に添えられた一回り以上大きいそれに手を重ね、心配の色を浮べた目を拓也へと向けた。
「……〜……ちょっと、な」
「ばか、ちょっとじゃないだろ」
さっきまで悪口を言い合っていたとは思えないほど、瞬時に雰囲気が甘いものへと戻った。輝ニの首筋に額を押し付けながら、低い唸り声混じりで声を発しだした。
「ちょっと……ねみぃ、かも…」
「わかった。…あ、髪が…」
「俺が乾かすから」
「ん…洗面所行こうな」
俺がみる普段の2人とは真逆で、今回は輝ニが手を引いている。フローリングへと両足を下ろし、あくびを噛み締めている拓也を立ち上がらせた。
「輝一、ちょっと待っててくれ。髪乾かしてからコイツ寝かしつけてくる」
「あ〜寝ててくれていいから!そのままベッドでいちゃいちゃしてくるんでぇ〜!」
「は?そんな無駄ごと言える元気があるならチャキチャキ歩けよ」
あいつ、実はまだ余裕あるんじゃないか。いつの間にか細腰に腕を回し、舌を突き出しながら牽制してきた。…やっぱり酔ってるな。いつもの拓也らしくないむき出しの敵意に笑ってしまいそうだ。
そうして、俺1人残された部屋の扉が閉められた。
その後すぐに聞こえてきた、鈴の音のような甘い声と平手打ちは聞かなかったことにしよう。