「……」
「……」
「………えっとぉ…こーじ…さん?」
「なあ拓也」
じっと観察していたら、目線に耐えられなくなったのか問いかけてきた。それに被せるようにして名前を呼ぶ。
「な、何…?」
「……なんか最近のお前さ……可愛い、よな」
「えっ………は?」
同じソファに腰掛けて正面を向いていた拓也が、俺の言葉に目を丸くした後顔を顰めた。そんなこと気にも止めず組んだ脚に肘をたて、そこに頬を寄せたままもう一度まじまじと見つめる。居心地悪そうにたじろいだかと思えばじとりと睨まれた。
「いや……藪から棒に…なんだよ」
「なんだろなぁ……太った、とかか?」
「誰が丸くなっただ。変わんねーよ」
ほら、可愛い。
呆れながら手をひらつかせる姿にどくりと血が巡る。
フォルムの変化は見て取れないが、もしかしたら視覚ではなく感覚でそう認識してるのかもと言葉にしてみたが、どうやら勘違いだったようだ。だったら髪型は…と目線を上げるが、特に変わった様子はない。風呂上がりの普段のまま、少しごわつく髪質の茶髪がへにゃりと垂れている。
じゃあ、この感情はなんだというのか。
ここ最近の話になる。拓也が視界に入るだけで胸が高鳴るし、入らなければ目が探してしまう。まるで惚れたてのような反応を見せる思考回路に困惑するのも無理もないだろ。
「……熱でもあんの?」
「体調悪いわけじゃないけど…」
「…ホントだ。とくに熱くねーや」
体温を計ろうとして触られた首筋がじんわりと熱を帯びる。だがそれは風邪の類いではなく、別の感情が沸いて鼓動が早鐘を打つ。
「んっ…」
「……えっとぉ……ヨッキューフマン…だったりする?」
「…そんなんじゃない、んだが…」
「いやでも…なんか顔赤くなったし……ヤリたいのかなぁ…って…」
「……」
性交渉の頻度には満足しているはずだが、もしかしたら拓也の言う通り溜まってるのかもしれない。同棲するにあたって取り決めた週2回は、お互いの時間の都合と体力を考えてゆえの回数。休日前夜をメインにして、次の日余裕がある夜にさくっとヤるのが定番だ。その”さくっと”が一昨日の晩で、その時は満足したけど実際は物足りなかったの…かもしれない。
「なんていうか、お前を見てるとさ…こう、気持ちがだな…高まるというか…」
「え~惚れなおしちゃった?♡」
「バカ、端からうんざりする程惚れてるのに、惚れなおすも何もないだろ」
「…さよで」
グッと一度息を飲んだ拓也が口元を手で覆った。照れてるのか?ほら、可愛いじゃないか。
俺がどうこうじゃなくてコイツのしぐさ等が要因で、自分の目に狂いはなかったなと安堵した。解けた謎にふっと笑いをもらしていると、口元にやっていた手のひらが頭へと伸びてきた。ぽん、ぽんと叩かれ、熱が引いた拓也の顔へと目線を戻す。
「まあ…なんでもないならいいけどさ」
「ああそうだな…いきなり、悪かった」
「いーえ?」
手が離れる際に耳の骨をかすった。その瞬間フラッシュバックしてきた記憶に、正常だと息巻いた思考が止まってしまった。
先週の休日前夜。帰宅した俺を出迎えたのは、辛抱ならないって表情の拓也。久しぶりに見た男くさい拓也にそのまま風呂場へ押し込まれ、抵抗空しく洗うとこから全部やられてしまった。やめろ、って言ったら止めてくれるのがわかるから、ひたすら「落ち着け!」と叫んでいたっけ。流れで風呂場と脱衣所、水分補給で寄った冷蔵庫の前、最終たどり着いたベッドの上は悲惨なことになっていた。(最後の方は意識が朦朧としていたから覚えてはいない)
そういえば、あの日初めて前を触らず、しかも射精もせずにイッたのも記憶の波にもまれながら思い出した。汗で張り付いた前髪を邪魔くさそうにかき上げた手のひらが腰を掴み、逃げられない俺の身体を深く突き刺したスキン越しのモノががつがつとえぐってくる。腰もとはベッドについてすらおらず、覆いかぶさるように熱の塊が奥へ奥へと進んでくる。犯されてる、これほど当てはまる言葉はないだろう。限界まで開いた足先をぴんっとのばし、悲鳴じみた声をあげながら身体が震えあがった。腰を送られてくる反動で揺れてただけの陰茎は硬くなったままで、でも普段の勃起の状態と比べたら柔らかさが見て取れた。それと、たしかに達したはずなのに、屈折した腹に白濁は散らばっていない。ちかちかする視界で捉えたのは、うっとりと笑っている拓也の顔。
「出来たね、メスイキ」
なにがそんなに嬉しいのか、とろけきった脳みそで考え付くはずがない。続いた「もう一回、いい?」という拓也の言葉を理解しないまま頷いて、そのあとの記憶が無い。多分意識を飛ばしたんだろうな。
「……」
「なっなあ!輝二お前っホント大丈夫か?!顔いろすごいことになってんぞ…?!」
「……な、なぁ…たくや…」
引かれて行った拓也の手を握り、力いっぱい引き寄せた。油断していたこともあり、力に反することなく驚きの声をあげながら俺の方へと倒れこんでくる。何?とか、どうしたとか、うるさいな…そして、やっぱり、たまらなく可愛い。
惚れ直した、とお前は言うけれど、あながち間違いでもないようだ。想いを通わせ何度も身体を重ね、衣食住も共にして、これ以上入れ込む要素がないと思っていたのに。
なんだ…俺はまだコイツに熱を上げれるのか。
戸惑った拓也が、背もたれに握られてない手をついて、俺を潰さないよう体制を整える。自分の腕をその首の後ろへと回し、二人きりの空間の中目線を絡ませた。
「好きだぜ、たくや」
「…なぁ、それ誘ってる?」
「さあ?どうかな」
「……」
肩を揺らしながらくくっと笑った拓也が瞬きをして、開いた時にはぎらついた欲の色が浮かんでいた。ぞくぞくと這いあがってくる感情に舌なめずりをして、その唇へと噛みついた。