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    隘田アイダ

    @TWw0s

    *オレ ウチヨソ スキ
    *……
    *ただの 物置 のようだ

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    隘田アイダ

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    些細なことが気に病んで勝手にぐちゃぐちゃになっている福重とそんな心中を察しているのかいないのかまったくわからないけど今日も優しい悟くんの話です。
    まだBLじゃないし恋愛感情の自覚も無さそうだけど将来的にBLになるんだろうな、という温度感のSS。

    ※これが公式である/公式にしろという意図は一切ないので、一般腐女子が書いた二次創作ファンアートとして見てください。

    ##うちよそ

    処方箋////////



    「SNS用に写真一枚いいですか?」
    いつもなら気にも留めない何気ない一言で、ふと気がついた。俺のカメラロールには相方の、悟の写っている写真が一枚もないということに。


     養成所で知り合ってから今日に至るまで、随分長い時間が経ったような気がする。仕事でもプライベートでもよく一緒にいたはずなのに小さな電子機器の中をいくら探してもその記録は出てこなかった。
     トークアプリになら残っているだろうか。悟のトーク履歴を開いて確認すれば弁当、夜空の写真、よくわからない街の看板がいくらか見つかった。どれも全て送信元は悟になっている。
     一番古いやり取りまで遡ってようやく一枚だけ見つけたのは、出会ってすぐの頃の写真だった。コンビを組もうと声を掛けられて、記念にと半ば強引に撮影されたもの。大きな口を開けて笑う悟とは対照的に画面の中の俺はひどく引きつった顔をしていた。

    (あ……思い出した……)

     俺はこの時突然向けられたカメラに驚いて、咄嗟に悟のスマートフォンに手を伸ばした。なんでもないような顔でひらりと身をかわし「どうしたの」と呟く悟と真っ直ぐに視線がぶつかる。濃いピンク色の大きな瞳の奥に酷く無様な自分自身が映ったことを今でもはっきりと覚えていた。
     写真苦手だから、とかなんとか。必死に声を吐き出したあと、悟がどんな顔をしていたのかは覚えていない。俺はずっと床だけを見ていたから。「そっか、ごめんね」という声が耳に届いたあとは足早にその場を去って、それ以降悟がカメラを向けてくることはなくなった。
     こんなこと、今の今まで忘れていた。だというのにあいつは、俺よりも俺の言ったことをよく覚えている。そしてそれらを律儀に守ろうとするのだ。そんな些細な話なんかすぐに忘れて同じことを繰り返しそうなものなのに、俺が嫌だと言ったことを悟が二回以上強要してきたことは、思い返せば一度もなかった。

    「考えごとしてるの?」
     頭上から声が降ってくる。ベンチに腰掛けた俺の隣に座り込んでペットボトルを差し出してきたのは今まさに思考の大半を占めた男だった。俺が受け取ったミネラルウォーターは常温で、悟が手にしている方は表面がびっしりと結露している。冷たすぎる水はあまり得意じゃないなんて、いつか俺が言ったんだろう。別にここまでしてくれなくてもいいのに、とは言わないでおいた。
    「お前のこと考えてた」
    「俺のこと?」
    「そう」
     ぱきぱきと音を立てながらキャップを捻れば、柔らかいボトルに指が沈んで少しだけ手のひらが濡れる。別にいいかとそのままにして口をつけ液体を嚥下すると、濡れたままの手を握り込んでちらりと隣に視線をやった。
     夏の太陽の光に照らされて瞳がきらきらと反射している。眩しいだろうに眼を細めることもなく、真っ直ぐにこちらを見ては「どんなこと?」と俺の話の続きを促した。濃いピンク色の大きな瞳に逆光となった俺の姿が映り込む。じりじりと身を焼くような日差しの強さに耐えかねて額から汗を流し、照り返しに眼を細める姿は、やはりどこか無様だった。
     ふい、と視線を戻してペットボトルのキャップを見つめる。洗練されたデザインの企業ロゴを覆い隠すように自身の親指が重なり、所在無さげに貧乏揺すりをしていた。
    「別にたいした話じゃないし、聞いても面白くないと思うけど」
    「ええ、気になるよ。幸希が嫌じゃないなら教えて欲しいな。あ、もっと涼しい場所に行こう! ここじゃ暑すぎるし」
     悟はパッと立ち上がると俺の手を掴んでそのまま引っ張り上げる。ふらふらの足取りで立ち上がると既に周囲をキョロキョロと見回して涼めそうな施設を物色しているらしかった。
    「まだ教えるって言ってないんだけど……」
    「あ、ダメだった……?」
    「べ、つにそうじゃないけど……本当にたいした話じゃないし…」
    「良かった! たいした話じゃなくても俺は聞きたいから行こ行こ!」
     手と手が重なった部分から、太陽とはまた別の熱が広がっていく。他人の体温なんて気持ち悪いものだとばかり思っていたのに、意外と平気なのは夏の暑さで思考がやられているからなのだろうか。なんか色々どうでも良くなってしまって、野郎二人で手を繋いだまますぐそばの喫茶店に入った。席に通された頃には自然にそれは解けていて、クーラーの風で冷やされた体を撫でているうちに自分の体温だけがそこに残った。
     アイスコーヒーを注文してそれが届いた頃、悟は改めて俺の話の続きを促す。穏やかなクラシック音楽と少しの喧騒に加えて頭も冷やされたおかげか、俺は今更ながら自分のしていた考えごとが非常な些末で恥ずかしいことのように感じられた。やっぱり言わなくてもいいんじゃないかと思ってそう言おうとしたけれど、クリスマスの夜にサンタでも待っている子どものような顔でこちらを見られると圧に耐えきれない。俺は乾いた喉を何度も潤しながら「本当にどうでもいいことなんだけど」と再三前置きをした上で話し始める。
    「写真が無いなって思っただけ」
    「写真って何の?」
    「お前の……いや、厳密に言うとお前に限った話じゃなくて誰の写真も全然ないんだけど」
    「幸希って写真あんまり好きじゃないもんね。人を撮るのも嫌いなの?」
    「別に……撮る理由がないから撮らないだけ。あと一緒にいるのに一人で撮るのも変な話だし、そうなると一緒に撮ろうとかこっちも撮るとかそういう話になりそうで嫌だからしない」
    「あ〜確かにね。せっかく楽しいことしてるんだったら思い出だし、一緒に撮りたいって思っちゃうもん」
     悟はうんうんと頷きながら自分の分のコーヒーにミルクとガムシロップを注いでくるくると掻き混ぜた。真っ黒な液体がやや白みがかって、柔らかなブラウンに変化する。
    「でも何で急に俺の写真? 何か必要になったの?」
    「え……」
     俺は言葉に詰まって暫く閉口した。別に必要になったわけじゃない。ただなんとなく、ほんの少し淋しさを覚えてしまったのだ。あの人は持ってるのに、自分は持ってないのか、と。
     そういった感情は誰しも幼少期に感じたことがあるはずだ。大して欲しくもないけれどみんなが持っているから、自分も同じものが欲しい。みんなに人気だから、本当の価値なんてよく分からないけれど欲しい。口に出すのも恥ずかしい、なんとも子どもじみた考えだ。
     だけど一番醜くて恥ずかしいのは、そんなことを思ったのが人生で初めてだという事実だった。常にそういった思考に基づいて行動するのであればそれは周囲への同調に他ならないだろう。けれども今回のケースはそうじゃない、ただ一つの事象、相手に対して「周りが羨ましい」などと指を加えて拗ねるのは誰がどう見たって嫉妬だ。俺は背中に嫌な冷や汗が流れていくのを感じてアイスコーヒーに口をつける。指先が震えているのも心拍数が上がったこともおそらく気のせいではない。
     氷がガラスとぶつかる軽やかな音が止んだ。形の整った唇に黒いストローがあてがわれ、茶色い液体が少しずつ水嵩を減らしていく。揺れる表面を見つめて少しだけ伏せられた目蓋を長い睫毛が彩っていた。
     悟は相変わらず俺の言葉の続きを待っている。
    「幸希?」
     その声ひとつで心の奥まで見透かされているような気持ちになって、消えてしまいたいと思った。こんな話しなければ良かった。難しいことを考えなければ、そんなことに気が付かなければ。広げてしまった風呂敷を綺麗に畳む術を知らない俺は、また目の前の現実から眼を逸らしてゴクリと唾を飲む。
    「か、家族が。見たいって言うから、お前のこと。でも俺、持ってないなって思って、それだけだよ」
     咄嗟に吐いた嘘はあまりにも粗末なものだった。目は泳ぎっぱなしだし、声も所々震えていて、たとえ言葉を覚えたての子どもであろうとも俺が会話を誤魔化していることに気が付けただろう。
     それでも悟は「そうなんだ」といつものようにあっけらかんに笑って答え、俺の挙動不審を詮索せずにスマホを取り出す。いくらか画面を操作すると俺のポケットが振動した。開けばトークアプリに4枚の写真が添付されている。
    「とりあえずなんか適当に送っておくね」
    「あ、うん……」
     そのうちの三枚は俺の知らないものだった。オフで出掛けている時のものであろう一枚、衣装に身を包んでいるものが二枚。どちらもトリミングされているが隣に人物が見切れている。切り取られたであろう人物に、当然覚えはなかった。そして最後の一枚は、今日SNS用にと頼まれた写真だ。そいつを真ん中にして悟と俺がいつもの立ち位置で並んでいる。御得意の決めポーズを取る悟の横でオーバーリアクションをする男と、そのさらに隣に立っている添え物のような俺。胃の少し上、心臓よりもっと奥。体の底に重石が乗せられたような感覚がして息が詰まる。
     そのあともいくらか写真が送られてきたが、全て見覚えのないものだった。実際に真綿で首を締められたことはないが、まさしくこのような感覚のことを言うのだろう。呼吸が覚束なくなって、ふ、と短く息を吐いた。耳鳴りがする。もうこのまま金だけ置いて店を飛び出して、家に帰り布団の中に閉じ籠もりたい。そしてこれから先、二度とこいつと顔を合わせることなく、人生を終わりにしてしまいたかった。一時的な破滅衝動だと理解していながら、それが脳内に溢れ出るのを止められなかった。
     左手で尻のポケットを探る。財布の縁に指先が触れた瞬間、悟が「ねえ」と口を開いた。反射的に俺は硬直して、額から汗が流れるのを拭うこともできずにただそちらを見つめる。
    「幸希と一緒に写ってる写真全然ないね」
     知ってるよそんなこと。
    「なんか寂しいな」
     別に俺と撮らなくたって、お前にはたくさん仲間がいるだろ。
    「……今も写真は嫌い?」
     そんなの。
    「嫌い、だから」
    「うん」
    「ひ、とりで映るのは嫌だ」
     俺は何を言ってるんだ。
     またこいつの優しさに漬け込もうとしている。自分じゃ思ってることの十分の一も言えやしないくせに、お前ならわかってくれるだろうと勝手に期待して袖を引いている。他人に期待するのはとっくの昔にやめたはずなのに、
    「俺と一緒なら撮っても平気?」
     ほらまたそうやって。お前はいつだって俺の一番欲しい言葉を吐いてみせる。なんでもない顔で、気にしてないような素振りで、いつも通りの声色で。その度に俺は自分の狡さが嫌になるのに差し伸べられた手を振り払うことができない。一度知ってしまった他人のぬくもりは劇薬と相違ないのだ。
     俺は左手を膝の上に置いてから静かに頷いた。悟はもともと明るい表情をさらに明るくさせて笑うと、わたわたと少し慌てた様子で席を立つ。二人を隔てていたテーブル一枚すらも超えて隣にやってくると、慣れた様子でスマートフォンを翳した。液晶には楽しそうな顔をした悟と、微妙な表情をした俺が並んで写っている。他には何もない。ただそれだけだ。

     ぱしゃ、と短いシャッター音が響いて世界が切り取られる。はいどうぞと手渡されたのは俺のスマートフォンだった。俺は驚いて目を丸くする。
    「俺にも送って」
    「えぁ、お、うん…」
     早く早くと促されるままにトークアプリを開いて今撮ったものを悟宛に送信した。しゅぽんと気の抜けたSEと共に画像データが送られる。左下に小さく既読の文字がついた後、嬉しそうに踊る謎の生き物のスタンプが届いた。どういう感情なのか分からなくて隣の悟を見たら謎の生き物よりも嬉しそうにしている。
    「せっかくだからアルバム作ろうよ」
    「え、印刷は流石に…」
    「違う違う! いやそれでももちろんいいけど、ほらこれ。ここに好きな写真まとめられるから。ここに置いとけばメッセージで流れちゃうこともないし」
     悟は横からすいすいと俺のスマホに指を滑らせた。あれよあれよという間に作られたアルバムには俺が送った1枚の写真が共有されている。
    「保存するときはここね」
    「それは流石にわかる」
    「あ、そう? なら良かった」
     もっといっぱい増やしたいな。もうちょっと撮っていい?
     そう言って今度は自分のスマホを開いてまたカメラを翳した。ぱしゃ、ぱしゃ。シャッターが切られるたびに寿命が縮んでいる気がする。やっぱりまだどうにも慣れなくて、調子に乗った悟が連写モードで撮影したのは咄嗟に手を伸ばして止めた。笑いながらごめんごめんと謝りつつもアルバムにその写真がコマ撮りフィルムのように送られてきていたから反省するつもりはないらしい。画面の中の俺は不安そうな顔から一変して、躍起になってカメラに手を伸ばしている。悟はそんな俺に目をやって楽しそうに笑いながら今まさに倒れ込まんと体が傾いていた。手ブレもしているし、半目にもなってるし散々な写真だ。
     だというのに不思議と俺の胸の突っかかりはいつのまにか薄らいでいる。耳鳴りも手の震えも冷や汗も、最初からそんなものこの世に存在していなかったかのように穏やかだった。嫌なこと全てに薄いベールをかけて覆い隠してしまうようなこの感覚は、頓服を飲んだ時のそれとよく似ている。
     また撮ろうねとスマホを片手に離れる悟を見ながら、脳細胞が死んでゆくのを感じた。

    「……うん」

     発せられた自分の声がやけに喜色を孕んでいる。それが堪らなく気持ち悪くて、俺は残っていたコーヒーを一気に口に含んだ。キャパシティを超えた苦い液体が喉の奥を満たしていく。息苦しさに眉根を寄せながら不快感ごと全てを飲み込むと、目の前の男は楽しそうに笑った。
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