「浮奇の目は、わたしがもらってもいい?」
深夜に帰った部屋はアルコール臭かった。床には焼酎の缶がいくつも転がって、机の上のワインボトルも半分以上が減っている。
おかえり、とこちらを見上げた男の据わった目をみて、男の家に居たのがバレているのだと、理解した。
ルームシェアを始める前に了承は取ったのだ。
飲みに行く夜があること。帰らない朝もあること。デートにいく昼があること。
スハと知り合ってから、浮気の回数自体は減ったけれど、それがなんの言い訳にもならないのは知っている。何故かおれを愛してしまったこのひとが、本当は自分だけを見ていて欲しいこともちゃんとわかっている。それでもねずみ算に"お気に入り"は増えていく。
だってそれが浮奇ヴィオレタなのだから。
take me or leave meなんて歌があったけれど、本当にその通り。受け入れられないなら、離れてもらうしかない。
そんなのは悲しいと袖を掴んだ自分もどうかと思うけれど、それでも選んだのは、スハだよ。
「おれの目?どっちの?」
たぶん悪いのはおれだけど、それはそれとして散らかった部屋は嫌いなので、鞄を置いて空き缶を捨てる。酔っ払いの言葉はよくわからない。
机の上のワイングラスは何故か2つ。綺麗なままの方を戸棚に戻そうとして、腕を掴まれた。
よく見ればスハの目元は少し赤くて、少しだけ泣いたのかもしれなかった。
「座って、浮奇」
言われた通りに大人しく隣に座れば、静かに赤ワインが注がれていく。そのまま乱雑に自分のグラスにも注いだスハはそのまま乾杯をしてまたグラスを空けてしまう。
飲みすぎじゃない?と聞けば、酔ってないよと酔っ払いの返事。そうして空いている手を握られる。
使われていないグラスはおれの分で、飲んでいたワインはおれが最近気に入っているラベルのものだったらしい。
もしかしたら、今日は暮らし始めて半年の記念日だったのだろうか。だから、ひとりでおれを待っててくれたのだろうか。
どうしてこのひとは、そんなにおれが好きなんだろう。
嬉しいが半分、困惑が半分。
締め付けられる心臓にしたがって肩にもたれれば、手を握ぎられる力が強くなる。
熱い手をした酔っ払いは、宙を見ながら話を続ける。
「浮奇が死んじゃったらさ、きっとみんなが浮奇のことをほしがると思うんだよね」
「うん?」
「浮奇は優しいから、みんなの願いを叶えてあげようとするでしょう?そしたら、浮奇の願いを叶えてあげたいわたしは我慢をするしかないよね」
よくわからないなと思う。死体なんていったい誰が欲しがるんだろう。動かない、話さない、笑わない。そんな身体にいったい何の価値があるんだろう。
とりあえずで口をつけたワインは美味しい。
あれだけ飲んでいるから、きっとスハのスハはもう今夜は使い物にはならない。おれももう出せるものは出し切ってしまったから、そっちの方がありがたい。
酔って妬いているスハは激しくて、すごく良いけど、でもそれは今日じゃなくても構わない。一緒に暮らしているんだから、機会ならまた巡ってくるはずだ。
一緒にただ眠る幸福を浮奇はスハとの暮らしで知った。
「だからさ」
正直もう眠たくて、メイクを落として眠ってしまいたい。シャワーはもう浴びてきたから、早くパジャマに着替えたい。暖かいベッドに潜って、スハに抱きしめられて眠りたい。
「だからせめて、浮奇の目だけはわたしが欲しいよ」
「……目玉、ってこと?」
「そう。浮奇の目玉。本当は声が欲しいけど、声帯だけじゃ音はでないからね」
瓶にいれて、わたしが死ぬまで大事にするよ。と、瞼にキスをして、スハがおれを抱きしめる。
今日はもう本当の本当に眠たくて、言葉の意味はよくわからない。
おかえりなさい、ともう一度スハが言ってくれたから、ただいまと返事を返す。
---わたしの処に帰ってきてくれるなら、それでいいよ。
ルームシェアをすると決めたとき、スハが何か言っていいて、たぶん今その言葉を思い出したけど、考えるのをやめた頭じゃわからない。
明日が休みで良かったと思う。
隣にいるスハがかわいいと思う。
だから今はとりあえず、浮奇は愛しい酔っ払いの背中に腕をまわした。