会いたい、とスハはタクシーでため息をつく。
帰宅ラッシュの道をは混み合っていて、進みが遅い。急ぐ用事もないから構わないのだけれど、こんなところでスタックしてしまうのは、どこにも行けない現状への比喩のようでうんざりとした気持ちになった。
タイムゾーンの違う恋人は昨日から友人たちと楽しく過ごしているらしい。InstagramもTwitterにも頻繁に現れては楽しい時間を共有してくれる。スハ個人への返信はこないけれど、友達との時間を満喫しているのだろう。
縛りたい訳ではないのだ。心の広い恋人でいたい。
わたしを優先して欲しい、他の男とベッドの共有なんてしないで欲しい、わたしの事だけ考えててよ。
そんなことばかりを考えてしまう子供っぽい自分は浮奇には見せたくはない。
だからスハも友達と会っては気を紛らわせたし、どの投稿にも反応も返さないようにして一晩を過ごした。そのまま眠れない夜を過ごして、結局は我慢できずにリプライも送ってしまったのだけれど。
浮奇が好きなのだ。
浮奇の関心が引きたかった。
どれだけ楽しく友人たちと遊んでみても、ひとりになると浮奇のことばかり考えてしまう。
わたしだって浮奇と直に会いたいし、同じベッドで眠りたい。お菓子を口へ運んだり、飲み物を分け合ったり、一緒にいるのだと全世界に発信したい。時々する牽制のようなPDAでは、もう足りない。
直に触れ合って、わたしの愛と浮奇の愛を確かめたい。
今すぐにでも飛行機に乗って会いに行ってしまいたい。
「まぁ、出来ないんだけどね〜……」
スケジュールアプリを開けば楽しい予定ばかりが詰め込まれていて、旅行の予定など入れられそうもない。
ため息をついたところでスマホが震えた。
甘い浮奇からのリプライに頬が緩む。天井を仰いでその返事を噛み締める。浮奇もわたしに会いたいと思ってくれているんだろうか。そうだったら、嬉しい。すごく嬉しい。
リプライを返してスマホを閉じれば、浮奇が恋しくてまたため息がでる。
浮奇はそろそろ家に着いた頃だろうか。
落ち着いたらで良いから、スハの深夜帯でも良いから、電話くらい出来ないだろうか。
タクシーが停まる。
スマホが震える。
料金を払って車を降りれば、外はもう夜だ。
浮奇からのリプライだろうかと通知を見れば、ディスコードでの浮奇からのメッセージ。
『So,I've arrived<3』
到着?どこに?え、わたしに???嘘でしょ?
バクバクと鳴る心臓に、期待するなと言いつけて辺りを見回す。いつも通りの町並み。見慣れたマンションのエントランス。
ここにじゃ、ない。そりゃそうだ。
大きく息を吐いて心臓を落ち着ける。大丈夫。落ち込む程のことじゃない。
『at Korea』
タイプして、消して、タイプして、消して。
少し悩んで打ち直す。
『at home Take good rest 💙💙💙』
浮奇にだって仕事があるんだから、下手な期待はしない方がスハの為だって。
それでも、送る前にもう一度悪あがきみたいに周りを確認してしまう。見慣れた道路は、いつも通りの人通り。
暗くなった町は街灯が灯る。
ため息を吐く。送信を押す。鞄から鍵を出す。
「No I have flown to u 자기~」
ドン!と背中に衝撃。そうして覚えのある香水の香り。焦がれ続けた柔らかい声。
「飛んで来たよダーリン!」
「はっ?……えっ?浮奇?本物!!?」
振り返ると本当に浮奇がいて、サプラァ〜イズ!なんてニコニコと笑う。ちょっと着いていけてないわたしの口は開きっぱなしで、鍵も落として、瞬きが止まらない。
やっぱり、スハにも会いたくてきちゃった。と笑った浮奇は、ちょっと待ってね〜と言い残して遠くに置かれたキャリーバッグを取りに行く。
鞄も置いてわたしを追いかけて来てくれたの?というか会いに来てくれたの?浮奇が?わざわざ???
少しずつ状況を理解するけど、理解すればするほど訳が分からなくて泣きそうだ。
本当に、本当に、スハは浮奇に会いたかったんだから。
とりあえず戻ってきた浮奇の手からキャリーバッグを預かって、エントラスの鍵を開けた。
待って、なんで、ほんとに?ばかり繰り返すわたしの腕に絡まった浮奇が何かを説明してくれているけれど、嬉しいと幸せで脳みそなんか溶けちゃってる。
もう雪崩れ込むように部屋に入って、そうしてやっと浮奇を抱きしめる。
暖かくて、可愛い、わたしの天使。
言いたいことは沢山あるけど、もう言葉じゃ足りないから、隙間もないくらい抱きしめるのだ。