silent night目が覚めたのは、衝撃のせいだ。次いで痛みがやって来た。
「やかましゅうて眠れんわ。どあほぅ」
野宿がたたって体中に砂をかぶっていた僕を見下ろして、ウルフウッドが毒づいた。
どうやら、僕はうなされていたらしい。普通に起こしてくれればいいものを、デコピンでもされたのか額がジンジンと痛む。恨みがましく見上げれば、暗闇のなか、ウルフウッドの指先に小さな火が灯った。明るさを増したオレンジ色は、やがて吐き出されるウルフウッドのため息に同調して再び闇に身を沈ませる。
「夢ん中ぐらい、都合の良いもん見たらええねん」
目を覚ませば現実は、否応なしにつきつけられる。そう言って彼はたばこをくゆらせた。
「うん」
ごもっともなのだけど、夢は無意識のなせるワザ。無意識をコントロール出来るなら、それは無意識ではないわけで、詰まるところ起きてる状態ではないだろうか?
「普段しょーもない笑い方しよるくせに、夢ん中で笑うこともできひんのか」
呆れたように半眼を向けられて、躱(かわ)すことが出来ない。気付けば、例によって笑ってごまかしていた。中途半端な笑みを浮かべる僕を見て、ウルフウッドがこれ見よがしのため息をつく。
「…ドーナツ」
唐突にウルフウッドが呟いた。食べ物の名前の意味するところが読み取れず、僕はウルフウッドを見あげた。夜中だからサングラスこそ外しているけど、仏頂面から感情をくみ取ることができない。
虚空を見つめて眉間に皺を寄せる様は、牧師と言うより気難しい修験者のようだ。バカみたいにみつめていると、次の言葉が彼から転がり出てきた。
「ナポリタン」
しりとりではなさそうだ。けれど、ますます彼が何を言ってるのかわからず、さらに謎が深まった。
ウルフウッドの呟きは無表情のまま繰り出す言葉としては、かなり意外性のある名詞だと思う。その内に、また次の言葉が召喚される。
「焼き飯」
可視化出来るものなら、僕は自分の放出したクエスチョンマークに埋もれていたはずだ。
彼の言葉の共通項は食べ物であること。何だろう。まさか、食べたいものを羅列してるだけ?
「なんつーたか。ジェシカ?あの子が作ってくれた焼き飯、美味かったな」
「え?それが言いたかったの?」
随分遠回りにたどり着くものだとは思ったものの、家族を褒められるとやはり嬉しい。驚きつつ笑っていると、ウルフウッドが柔らかい笑顔になった。
「笑(わろ)たな。おやすみ。いまやったら、もう、うなされへんやろ」
突き放すように言うと、ウルフウッドは半分よりも短くなったたばこの火をもみ消した。
話を途中で切られて呆然と見つめる僕を無視して、もぞもぞと横たわるとさっさと睡眠の準備に入る。
「え?」
「ワイは眠いんや。もう、うなされんなや」
びしりと人差し指を突きつけられる。勢いに押されるようにうんと頷いた。
程なく隣から安定した寝息が聞こえてきた。
成る程、僕を笑わせようとしてくれていたのか。
それに気付くと、自然に笑みがあふれた。静かな寝息に温かい気持ちを抱いて、横になると瞼がとろりと落ちてきて、僕も夢に沈んでいった。