ぷれぜんとはおれ「マーヴ。ラッピング、開けてもいいか?」
グースの甘い声へ頷く代わりに、マーヴェリックはケープの真ん中についた大きな桃色リボンを見せつけるようにして胸を反らした。生成りのフリルがリボンの尻尾と絡んでふわりと踊る。
「……ベッド行くか」
マーヴェリックの健気な仕草に、グースは優しく笑って吐息を漏らした。
寒いからな、と差し出されたグースの手のひらに誘われて、マーヴェリックは赤いミトンに覆われた己のそれを重ねた。手を握るグースの力加減は幼子にするように柔らかく、けれど有無を言わさぬ、振りほどけない程の力。もとよりマーヴェリックには振りほどくつもりなど微塵もなかったのだけれど。
引かれる腕に、嬉しくなる。まるで一刻も早く包装を解いてプレゼントの中身を確認したがる子供みたいだ。マーヴェリックは自分がグースに必要とされているかのような感覚に口元をムズムズさせながら、下がらない口角のまま足取り軽くグースの背中をついて行った。
サンタクロースだ何だと言っているこんな真冬に、いくら文明の利器が室内を温めてくれるからって服を脱いで寒くないわけがない。
寝室、と呼べるほど立派なものではないマーヴェリック宅の簡素な一室――ベッドがあるのだから結局のところそこはベッドルームと呼んで差し支えないのだろうけど――に移動して、部屋の中が温まるまで二人でベッドに腰掛ける。グースの足の間に腰を下ろす形になったマーヴェリックは、後ろから抱きすくめられ正にプレゼントの心地だった。思わず「ふふっ」と溢す。ベッドに座ってから何度目かの甘い音がした。首の裏に寄せられたグースの唇だ。
「……くすぐったい?」
「髭が?」
「えーっ、じょりじょりしよーっと」
「あっ、こら、……ははっ、本当にくすぐったいだろ!」
やーめーろ、と体を捩りながら発されたマーヴェリックの全く本気じゃない戯れの静止を受け、じょりじょり攻撃がバードキスへと変化した。リップ音をさせながら、髪、耳、頬。ちゅ、ちゅ、と食まれる度に、マーヴェリックは胸の奥の方からじんとした幸福が全身へ溢れていくのを感じていた。「なんか、」柔らかな幸せが鼻に抜ける。
「これじゃ、おれ、本当にプレゼントになったみてぇ」
それも、飛び切り喜ばれるプレゼント。きっと、プレゼント冥利に尽きるってやつだ。
「何言ってんだ。なったみたいじゃなくて、プレゼントだろ」
この言葉こそグースの優しさに違いないとマーヴェリックは思った。きっとクリスマスプレゼントを忘れたおっちょこちょいなサンタクロースを慰めるための方便なのだとしても嬉しかった。他人を思い遣るグースの心遣いはいつでもマーヴェリックに居心地の良さを与える。そうしてお膳立てされたプレゼントの役割を、マーヴェリックはグースの口車に合わせて演じることができるのだ。
「リボン、解くぞ」
グースの長い指先がリボン結びの垂れの先を抓むのに合わせて、今度こそ明確に肯定の意を持ってマーヴェリックの頭が上下した。
はらりと解かれた子供じみたリボンに導かれ、真っ赤なケープが肩を滑る。
「寒くねぇ?」
グースはマーヴェリックの肩を二、三度撫で、背中のファスナーが悩ましく閉められた赤いオールインワン姿をしっかと抱きしめた。フロント側に飾られた二つの大きなポンポンが自重で胸元を覗かせ、赤く熟れた実りがインナーの奥でツンと尖っているのが見える。
「さむくない。へーき」
言葉と同時にマーヴェリックは湿った息をほぅと吐いた。嘘ではなかった。背中に腹にと感じるグースのぬくもりが心地よい。心の奥からぽかぽかとしたもので満たされていく。グースの唇が触れた場所には熱さえ宿った。
「後ろ、外すぞ?」
疑問の体ではあったが、グースがマーヴェリックの回答を待つことはなかった。返事より先にスプリングホックを外し、ファスナーを下げる。胸元についたポンポンの重みがオールインワンを腰まで落とした。
ぶるりと体が震える。
「これ以上は寒ぃな」
「でも、ぎゅってしてるし、あったかい」
力を抜いて背中を預ける。寒いなんてつまらない理由でプレゼントを開ける手を止められてはかなわない。
マーヴェリックの懸念をよそに、開封作業は止まらなかった。白いインナーの上を手のひらが這う。胸の飾りをいたずらに撫でられ、捏ねられる度に小さく腰が跳ねる。やわらかな湿り気が鎖骨に吸い付いた。
痕が残ればいいのに。
切ない願いだった。吸われた場所を熱い舌がひと舐めし、整えられた口髭が掠めた。
「じゃ、脱がしちまうから。横になるか」
待ってましたとばかりに喜んだのはマーヴェリックだった。早く全身にマーキングしてほしい。焦がれた想いを言葉にして伝えることはどうしてもできないけれど、『グースのもの』にはなれる。愛だの恋だのいう関係になれないことはわかっていたし、そうするつもりも毛頭なかった。マーヴェリックにとって何よりも大切なものはグースの幸福そのものだった。恋愛感情の伴う関係性でなくとも、グースに必要とされるのならば、それこそがマーヴェリックにとって歓びなのだ。
自らサンタブーツを脱ごうとしたマーヴェリックが両手に嵌められた不自由なミトンに苦戦していると、グースの大きな手が優しく咎めて甲に重ねられた。もふもふミトンを外される。自由になったはずの手はグースの長い指と絡み合い、再び不自由になった。グースのものよりも一回り小さな手の甲とそこから伸びる指先に、柔らかなキスが滑る。
両の手へのマーキングを行って一旦満足した様子のグースがベッドを降り、床に膝をついた。マーヴェリックが苦戦したミトンとブーツの鬩ぎ合いが嘘のように、器用な指先でサンタブーツを簡単に取り払う。トナカイ柄がワンポイントに刺繍された赤いソックスも、この日はその役目を終えることになった。
曝された素足をグースの手のひらが丁寧に包む。プリンセスにガラスの靴を履かせるほどの手つき。軽く持ち上げた足の爪先まで恭しく口付けるグースに抵抗しようとしたところで、「俺のかわいいプレゼントちゃん」と呼ばれてしまっては、マーヴェリックに残された選択肢はグースに従うことのみだった。
足へのマーキングが一通り終わったグースはマーヴェリックをベッドの中程まで誘った。腰のあたりでまごついていたオールインワンを脱がし、ベッド下に放る。
「グース。ちょっとだけ、寒い」
薄手のインナーシャツとブリーフパンツだけを纏った姿で、マーヴェリックはベッドの真ん中に横たわったままグースに両腕を伸ばした。意を汲んだグースにぎゅうと抱きしめられる。
「そうだな、寒いよな。ごめんな」
「ぎゅってしたら、寒くない」
「そっか。暫くぎゅーってしてような」
「ん、」
鼻に抜ける甘え声が蕩けた。互いの体温が混ざり、寒さも熱も溶けていく。
「こうしてると、グースのにおいがいっぱいして、落ち着く」
「においも沢山つけとこうな」
「うん……。おれ、ぐーすのものだから、いっぱいつけて……」
ぎゅうぎゅうと体を擦り合わせ、においを、体温を、交換し、混ぜていく。火照る肌にキスの雨が降る。抱きしめ合って、交わらない口付けを交わして、また抱きしめ合う。恋愛よりももっと本質的で、本能から安心する行為だった。
やわらかなシーツに包まれて、夜が更けていく。