薄命時に映る赤深く、暗い闇の中で、意識を取り戻した。
その瞬間、肌を冷たさが包み込み、ゆるやかに流れていくことを感じ取った。身体が、ゆっくり、ゆっくりと下へ向かっている。
白衣が、ゆらりゆらりと靡いている。
聴診器が、ゆらりゆらりと揺れている。
ボクは今、落ちている。
落ちていることに気付くのに時間がかかったが、不思議と恐怖は無かった。
だが、何故ボクがここにいるのかは、思い出せない。ボクが何者なのか。何をしていたのかが、もやに包まれている。
ただひとつ、頭の片隅にぼんやりと思い出せたのは、「戦い、勝て」という命令だけだった。
考える間もなく、朝日が昇り始める。移ろい行く色彩を眺めているうちに、世界がその姿を表した。遠くに見える滝と、山と、町並み。…それが、何故か、懐かしい。
共に光に照らされながら、地面が近付いてくるのを目にした。もやを晴らすことはできなかったが、足はしっかりと地面の上へと降り立ち、暖かい方向を見詰めていた。
優しい風に乗って、手のひらに花弁が落ちた。
いや、ボクは…白い手袋をしていた。
「ドクター…、やっと、見付けた。」
その声に、ふと振り返った。花弁が流れていった先に、知らない、赤色の服を来た男が、そこにいた。…この人は、これから戦う相手だ。敵だ。それだけ、理解した。
だが、その姿に。声に…違和感がある。何かが引っ掛かる。それが何なのかは、やはりわからない。
「……キミが、ボクが戦う相手か?」
目の前の相手へと、質問を投げ掛けた。
この人間が、この相手がこれに答えてくれるということは何故か知っていた。
やわらかい風がふいた。
「…そうだね。ボクは、キミと戦う相手だよ。」
相手が少しだけ、寂しそうな表情をした気がする。でも、すぐに戦う者の瞳へと変化した。
相手の瞳が、まっすぐにこちらを見つめている。ボクも、同じように見つめている。
その瞳に、何かが動かされるような感覚がした。
「戦い、勝て」という命令が、頭の中に再び響いた。…そうだ。こんなことをしている場合じゃない。これは、戦いだ。
「ボクは、キミと戦う。そして、勝つ。それが、ボクに与えられた命令なんだ。」
「ボクも同じだよ。キミを探していたんだ。ボクも、…キミと戦う。」
小さく息を吐いた後、お互いに地面を強く蹴り出した。