天秤——1つ、君に質問がある。
斜陽が入り込む禍特対室にて1人業務を進めている中、突如降ってきた声にわずかに身じろいだ。
約半年前、丸の内にて巨大化した部下に目を剥きながらもビルの屋上へ登った時を思い出す。あの時と声の主は異なっているが、初めて聞くものでもなかった。
「…機動隊に取り囲まれるのは、しばらく勘弁したいんだがな」
『その点を警戒する必要はない。監視の人間には職務を続ける君が見えている』
どのように、と聞いても答えは返ってこないだろうし、こちら側に理解できる内容でもないのだろう。田村は重い息を吐き出した。
ウルトラマンが飛び立ち、天空に浮かぶ生物兵器と共に消えた後。ただ一点を見つめる自分たちの元に現れたのは、金色の外星人だった。
自分こそがこの星の廃棄処分を決めた裁定者であること。
処分を止め、ウルトラマンに変わって自身が監視者となったこと。
ゼットンを退けた戦闘力に目をつけ、今後も侵略者が現れると予想されること。
——同胞は、人類を信じて眠りについたこと。
それらを一方的に告げ、外星人ゾーフィは姿を消した。自分たちの報告は再び世界中の政府を騒がせたが、その慌ただしさは”対策”の方向へと進み始めている。
今この足並みを乱すような事態になるのは避けたいのだが。
「質問とは何だ?」
『ゼットンを倒す方法を知った時、君はそれを拒んでいた。恒星系ごと滅却される危機に直面し、猶予も無い中で。ウルトラマンに対する罪悪感をわずかでも払拭したかったのか?』
部下の姿をした外星人の背中が脳裏をよぎる。ゼットンと対峙し、重傷を負った彼に自分たちは、片道切符を突きつけることしか出来なかった。
「…あまり見くびるな。ベーターシステムの件で、今後外星人による侵略行為が始まる可能性は把握していた。現時点でそんな犠牲を許したらこの先、人類の安寧のために何を犠牲にするか分かったもんじゃない。そう判断して、あの案を却下した」
『君は母星の消失より、ひと握りの命を優先したのか。…理解に苦しむ』
「じゃあこちらからも聞かせてもらうが、宇宙の秩序という大義名分があれば、犠牲にしても構わない命があるのか?それを決める権限が君に?…裁定者というのは、随分と偉いんだな」
『では何故、作戦を実行した?』
張り詰めた空気が漂っている。気がつけば、拳を固く握りしめていた。
薄明に染まった仲間のデスクを見据えながら、迷いなく答える。
「”君たちの未来が最優先事項だ”と。…あの時人類の未来を誰よりも信じていたのはウルトラマンだった。それに応えるために俺は彼を送り出した、そして今もここにいる」
長い沈黙が続く。立ち去ってしまったのだろうかと思ったところで、唯一無二、か。と何かを思い出すように呟く声が聞こえた。
——君と話せて良かった。礼を言う、田村。
気配が消えたのを感じて、背もたれに深くその身を預ける。どうやらご納得いただけたらしい、疲れがどっと押し寄せてきた。
しばらくして、喫煙室に向かおうと立ち上がったところで、初めてゾーフィに自分の名前を呼ばれたことに気がついた。