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    Ibara_Vm7eSO

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    パトリツィオ背景推理
    原案:イバラ
    作:みるみう

    パトリツィオ背景推理両親は銀行業でそれなりの業績、そして地位があった。母親が中々子供を孕めず、やっとの事で授かった第一子。美しく気高く、それでいて人形のように無表情の男の子。両親は、彼―パトリツィオの笑顔を見た事がない。音楽に芸術に、学問に、人の刺激になりうる全てを体験させたとしても、表情1つ見せず、興味もなく本当に人形の様にどこかに佇んでいる毎日。日に日に精神が参って行ったが、美しい神からの贈り物を手放す理由にはなりえなかった。

    パトリツィオが10歳の時、使用人が彼の部屋に、花瓶に一輪の花瓶を添えた。真紅に染った、棘の取られていない一輪の薔薇。それを目にした瞬間、使用人の目も気にせず、彼は吸い寄せられる様に、食い入るようにその薔薇を見た。
    表情こそ動かなかったものの、生気のなかった目がみるみると輝きを帯びていき、彼の美しさが際立っていく。それを見た使用人達は直ぐに両親に報告した。これを両親は大いに喜び、直ぐにパトリツィオに尋ねた。

    「パトリツィオ、貴方は薔薇が好きなの?」
    「……そう、かもしれません、母様。」

    しどろもどろになりながら答えたパトリツィオに、母親は穏やかな笑みを浮かべそっと彼の肩に手を添えた。

    ―彼が頬を赤く染め、ほんのりと息が上がっていたことには誰も気づかなかっただろう。

    それからというもの、パトリツィオは、その薔薇が生きているように何度も話しかけ、触れて、その度に嬉しそうに顔をほころばせるようになった。そして、学問や芸術にも興味を示すようになり、将来は何になれるだろうかと、両親と、明るくなったパトリツィオにクラスメイト達は大層喜んだ。
    パトリツィオの表情がまた曇り始めたのは、花を生けてから三週間ほど経った時。
    生け花にしてはよく持った方だろう。あの綺麗な薔薇は初めとは比べ物にならないほど色褪せ、あと数日で花弁は完全に枯れ落ちるだろう。使用人が気を使い、薔薇を替えようとしたが、花瓶から薔薇を抜き出した瞬間、パトリツィオが泣き出し、辞めてくれと必死に懇願した。

    「辞めて、彼女を、殺さないで……!」

    あまりにも悲痛な声に、使用人は思わず手を止めた。両親は、きっと彼は薔薇の最期を看取ってやりたいのだろうと考え、パトリツィオの気持ちを尊重し、使用人達に一切過敏に触れないことを伝えた。
    日に日に枯れ萎んでいく薔薇と比例して、パトリツィオの元気もなくなって行った。事情をよく知らないクラスメイトは彼の事をたいそう心配したが、パトリツィオは大切な"人"が弱っていっているから落ち込んでいると言うのみで、何もしてやることが出来なかった。
    ついには体調を崩すようになってしまい、彼もまだ子供なのだと思うと同時に花一つにここまで心を寄せられる慈悲深い子なのだと両親は病床に耽けるパトリツィオを横目に微笑んだ。

    一週間後、花を生けてからちょうど1ヶ月。遂に薔薇は枯れ、最後の茶色くなった花弁がカサリと朝方に落ちた。パトリツィオは泣きじゃくりながら茎だけになった薔薇を庭の土に埋め、静かに手を組んで祈りを捧げた。そしてその翌日、今まで一度もものをねだらなかったか彼が初めて父親に本を強請った。

    「植物の、生物の本、論文でも、何でもいい。あの子……薔薇について、もっと知りたい。」

    勿論と、父親は笑顔で快諾し、将来は植物学者になるのかもしれないと胸を躍らせた。
    使用人達は、彼の異変に気づいていた。あの日以来、本を読んでいる時、知識を頭に入れている時、パトリツィオの瞳に歪んだ光が宿るようになったことを。

    あのままパトリツィオは学問に力を入れ、元から賢い方であったパトリツィオは冗談抜きで天才ともてはやされるほど賢くなった。それも、彼にとっての想い人、薔薇のために一生を捧げるとあの時あの瞬間、彼女を埋葬した際に心に決めたからだ。
    容姿も幼少期から色褪せることなく、更に美しさをまし、一途な瞳で芸術や学問に打ち込みはにかむ姿は多くの淑女の心を掴んだ。が、どんなに美しいと評判の娘でも、パトリツィオは告白を受け入れること無く、決まり文句のようにこう言うのだ。

    「僕にはもう、好きな人がいるんだ。」

    その好きな人というのを、友人も使用人も、両親でさえ知らないのだから不思議なものだ。19歳にもなり、そろそろお見合いも考えなくてはならない。両親はどのような娘なら彼は気に入ってくれるだろうと必死に頭を悩ませた。
    例えどんなに美しく、優しい淑女が現れたとしても、彼が揺らぐことは無いだろう。何故なら10年間、彼の恋心は薔薇から逸れたことは無い。そして、彼は遂に薔薇と"一つになる"方法を考えついてしまった。
    それは、薔薇の細胞の1部を自分に移植するというもの。この行為は禁忌とされ、研究すること自体が弾圧の対象になりえた。しかし、その程度で足を止められるほど、パトリツィオは理性の保てる人間ではなかったのだ。
    20歳になる誕生日、遂にその夢は実現出来ることとなった。
    両親はパトリツィオに最高のプレゼントを用意してくれていた。それは、家から少し離れたところにある、広い原っぱの所有地。研究に没頭する間に、巨大な薔薇園がそこに作り上げられていた。

    「父様、母様……!ありがとう!!」

    涙ぐみながらパトリツィオは両親に飛びつき、満面の笑みを浮かべはしゃぎ回った。ここまでご機嫌な彼は、きっと誰も見た事がないだろう。両親はそれに大層喜び、薔薇園へと消えていく彼を微笑みながら見送った。
    これだけのサンプル、開花時期をずらしているであろう薔薇園から、この何よりも美しい赤が潰えることは無い。パトリツィオはその事実だけでも嬉しかった。そして、3年前からじっくりと温めてきた実験を、被検体を自分として開始した。
    夜な夜な首筋に、薔薇から抜き取った細胞を首筋に打ち込んでいく。彼女らと一つになる。

    「は……はー……」

    かすかに震える手と、ゆっくりと流し込まれる薔薇たちの細胞。パトリツィオの身体中を彼女たちが蹂躙している気がして、浅く息をして頬を上気させうっとりとした目はどんな者の劣情も煽る事だろう。暫くして来る痛みも、細胞を移植する行為を性行為と誤認する内に快楽へと変換されていくようになった。

    「あッ……ひ、ふふ」

    じくじくと痛む左腕を愛おしそうに撫で、時折びくりと肩を震わせる。とろりと溶けた目は、人前に出されることはなく全て薔薇に美味しく頂かれる。薔薇とひとつに、美しさしか無い空間。それは紛れもなくパトリツィオの理想だった。彼女達に掻き乱されるのは、なんて楽しいのだろうか。

    20歳を迎えてから1ヶ月、パトリツィオはある物を振る舞われた。それは、薔薇のように紅いワイン。同じ表向きのテーマで研究をしている仲間からの差し入れだった。

    「上品な香りが特徴なんだ。飲んでみるといい。」

    パトリツィオは、いわゆる飛び級というやつをしてこのチームに入れて貰っていた。入ってきた当初、もう既にほかのメンバーは成人済で週末に全員でお酒を飲み、朝まで何かしらについて語り合うのが週間になっていた。パトリツィオに酒が振る舞われたということは、その週間へのお誘いと捉えても差し支えないだろう。が、パトリツィオはその週間とやらに何ひとつとして興味は無い。人と話している時間を、全て彼女達の愛を受ける時間に当てたいほどだ。
    しかし出された物をそのまま放っておくのは彼のポリシーに反する。美しく仕上げられた酒瓶を何時もの、丁度三年前に作られた研究室で栓を開けグラスに注いで一気に煽った。……暫くすると、気分が良くなって頭がふわふわとしてくる。これが酔いと言う奴だろうか。
    薔薇園が造られてからも1ヶ月。手入れの行き届かない場所は茨が生え放題になり、それもまた薔薇の美しさをを際立たせていた。ふと、酒に酔った頭でパトリツィオは考えてしまった。
    ―茨の中に突っ込んでいけば、彼女達も自分とひとつになれるのではないか?
    そう思い立ったが最後、身体は勝手に茨の群生地へと赴いていた。そして、愛おしそうに茨と立派に咲きほこる薔薇を見つめ、茨へと正面から突っ込んだ。

    包帯だらけの体でベットに横たわり、パトリツィオは昼頃に聞いた噂について考えていた。―悪魔の噂だ。
    ここの所、ここ一体の地域である疫病が流行り始めたらしい。治療法は不明で他人に移りやすく、かかったら最後、死を待つのみ。特徴は、体の一部が激しく痛むことらしい。ある人は言った。これは、悪魔の引き起こした災厄だと。
    今の自分は静養を医者から命じられているし、1度飲んだだけで随分と気に入ってしまったワインも暫くはお預けだ。多分、かかることは無いだろう。
    その疫病にかかった人は、唯一感染を広げないために死体ごと焼かなくてはならないらしい。赤く熱く光る炎は薔薇を引き立たせてくれるかもしれないが、肌が焼け爛れてしまえば逆に薔薇が醜く見えてしまうかもしれない。

    静養を命じられ、なるべく広い範囲を動き回らないようにと忠告されていたが、どうしてもあの週間だけは辞めたくなくて、懲りずに薔薇園へと足を進めている。

    「ああ、今水をあげようね……おや、もう元気が無いね?」

    枯れそうな薔薇にはいっそう悲しそうに、美しく咲いた薔薇にはとても嬉しそうに話しかける。傍から見れば、無機物に話しかける異常者とみてとれるだろうか。それこそ、悪魔のような。

    「あ……」

    一つ、また枯れおちてしまった薔薇を見つけた。分かりやすく表情に影を落とし、粉々になった花弁にそっと手を組み祈りを捧げる。
    月夜に照らされ、ぼんやりとした光をまとうパトリツィオはどんな神話の生物よりも神秘的に見えることだろう。

    医者から厳重注意を受け、やっと包帯が取れてお酒も解禁された頃、社交パーティーと称した大規模なお見合いが開催されることとなった。……と言っても、その中心になるのはパトリツィオだ。20歳にもなれば婚姻の話は避けることは出来ない。しかし、パトリツィオは全てのお見合いの話や告白を断っているため、そういった事柄と彼は無縁なのだ。世代交代を考えなくてはならない今、両親は心苦しくはあるがパトリツィオの興味をどうにかして研究や植物から人へと移す必要があった。ので社交場という、貴族であれば避けられない場で良い人を見つけてもらおうという魂胆である。どの角度から見ても崩れることの無い造形美は、表面上笑顔を保っているもののどこか退屈そうな気配を纏っていた。

    人付き合いは出来ない訳では無いが、好きという訳でもなかった。やっぱり、どんな物よりも美しく全てを捧げようと思えたのは薔薇、彼女達だけだった。
    ベランダに出て夜風に当たり、何となくあの気に入った酒を煽っていた。
    ふと、そういえば今日は彼女らと1つになっていなかったなと思い出した。恐らく、あの調子ではもう離しては貰えないだろうと落胆した。申し訳なく思うと同時に、どうしようもない虚無感がパトリツィオを包む。それを紛らわす様に酒を入れるペースを上げた。

    「……パトリツィオ様、少々飲み過ぎです。そろそろ館内へ戻られては?」

    どうやら長居しすぎてしまったらしい。薔薇のことを考えていると時間はやはり随分と速く過ぎていく。誰かから呼び出されたのか、はたまた両親から頼まれたのか、心底興味が無いといった表情の使用人がグラス一杯の水を持って一人ワインを飲み干しているパトリツィオの元へやって来ていた。

    「ああ……悪い、そろそろ戻るとする。」
    「酔い覚ましとして此方を。」
    「感謝する。」

    すっと前に差し出された水を一気に飲み干すと、足早にパトリツィオは煌びやかで賑やかになった館内へと消えていった。

    いつの間にか寄ってきた取り巻きの言葉や誘い文句を上手く交し、さてまた涼んでくるかとその場を去ろうとした時、突然体の力が抜け、為す術もなくその場に倒れ込んだ。美しく作られた薄い硝子の砕ける音が耳元で聴こえる。感覚が段々と薄まり、何者かにずりずりと身体を引きずられ、気を失う前に辛うじて聞こえた声。

    ―毒が効いた!やはり彼はあの疫病を引き起こした悪魔に支配されていたのだ!

    疑いの始まりは、パトリツィオがあの日酔った勢いで茨に突っ込んで行った日のことだ。両親もこれには流石に驚き、本人にこそ問わなかったものの何かに憑かれてしまったのでは無いかと執事や使用人にそれとなく相談したのだ。周りの者達は「やっとか」という雰囲気を漂わせながら、今の時代、憑かれるといえばあの話題になっている疫病を引き起こしたという悪魔ぐらいしか思いつかなかった。あの悪魔さえ浄化してしまえば、心配事は何も無くなると。もしパトリツィオが悪魔に憑かれ、自らを傷付けるような行為をしたのであればもう精神は悪魔に毒されきっていると言えよう、そこで、社交パーティーの前日、使用人数人が集まり浄化の計画を立てた。悪魔に支配されていないのなら、神はきっと彼を護ってくださる。―軽い神経毒の類を盛り、それが効かなかったら悪魔に憑かれてなんていない。

    ―やはり、彼はもう手遅れに……

    ―なんて可哀想なんでしょう、彼のお気に入りの場所ができたばかりなのに。

    ―せめて、あの薔薇園と共に、彼を葬りましょう。

    パキパキと何かが崩れ落ちる音、身を焼くような熱で、ゆっくりとパトリツィオは目を覚ました。動かない体と、パチパチと炎の燃え上がる音で火刑に処されているのだとすぐに分かった。微かに聞こえた声を頭の中で繰り返す。これは、どうして、彼女達まで……?

    (彼女達に、この楽園に、罪は無いはずなのに。)

    こんなのは慈悲では無い。理想では無い。こんな爛れた皮膚で、彼女達も苦しんで、こんなのは全く美しくない、愛おしくない。悲しみと疑問と、腹の底から煮えるような怒りがパトリツィオを支配した。
    パトリツィオが怒っているのは、己を火刑に処したことではない。こんな身勝手で、独善的な理由で彼女達を傷つけている彼ら、友人も使用人も来客も、両親ですら彼は赦すことが出来そうになかった。

    (願わくば……)

    願わくば、彼女たちと共にまた、この楽園を築けたなら、一つになれたのなら、彼らを罰することが出来るのなら。パトリツィオは強く強く怨み、そして願った。

    ―どうか、彼らに罰を、彼女達に救いをと。

    それに応えたのか否か、左半身と、腰の辺り。強い痛みと、それをかき消すようなじわりとする快感がパトリツィオを襲った。

    「ッ……??」

    身体の中から生命が芽生えるような、ばきばきと何かが肉や骨を突き破り身体の中から出ようとしてくる感覚がする。神経毒はまだ残っているのか、幸い激痛は感じなかったが彼女達と一つになっている時の事を強く想起させた。……短い時間の中、パトリツィオが出した結論は一つ。

    「あぁ……はは……」

    それに気づいた瞬間、憎しみと怨みに溢れていた彼の表情は一変し、恍惚とした表情で上機嫌に掠れた笑い声を上げた。火刑を遠くから見守る民衆は、彼の異変に直ぐに気づいた。

    ―なんだ、あれは……!

    ―手が……いや、腕が……!!

    ―おい、背からも何か……!あれは、茨か……?

    身を焼かれながら異形の姿へと変化していくのを、観衆はどのような気持ちで見守っていたのか。恐怖か、悪魔が出てきたと思い込んだか、はたまた神秘的なものを感じたのか。それはもう今となっては分からないことだ。否、どうでもいいと言った方が正しいだろう。
    無邪気な少年のような、妖艶な悪魔のように振る舞い、十字架を破壊した彼は文字通り、周辺の敷地を茨で覆い尽くす。炎の上がる中、彼は薔薇園をもう一度築き上げた。満月の見守る最中、奇跡的に無事だった小さく、そして傷一つない薔薇を一輪見つけ、棘の取られていないまま手が傷つくのも厭わず愛おしそうに花弁に唇をそっと落とす。辺りに血溜まりを点々と作り上げ、すっかり静かになった薔薇園で彼は一人誓いの儀式を挙げる。

    「一生を、貴女に捧げよう。」

    嗚呼、ようやくひとつになれた。貴女と近しい理想に、漸く成る事が出来た。

    炎の収まらない中、誰よりも幸せそうに涙を流したパトリツィオは、薔薇に愛された人形のように美しかった。

    火事は収まり、真に静かになったかつての貴族の敷地で、ある上質な焼け焦げた手紙の封筒のみを残し、その場所は朝方にすっかり更地になっていた。そこに居たはずの大量の人と豪華な建物と、優秀だと謳われていた薔薇の好きだった彼が何処に行ってしまったのか、人々は知る由も無い。
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