Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    命辛辛

    @hukei_K_iro

    商光の事ばっかり考えてる。最近はザナ前提の商光(ザナ光♀)の自分にしかわからないCPに盛大に沼ってる。
    ベッター置き場の切り替えがいちいち面倒なので、ポイピクに今後ザナ光のネタとか話とか投げていく。拙い話しかない。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 23

    命辛辛

    ☆quiet follow

    ザルとナルの始まりの話。
    現在ではなく、数百年ほど前の出来事。

    #ザルナル
    zarnal

    I′ll be waiting for you. それはなんて事のない、いつもの日常での事だった。
     いつもの様に話しをしていた。それがどんな会話だったのかは、もう覚えていない。本当に取るに足りない、些細な事だったのかもしれない。その最中、何故か黄金の指先がナルの右頬の模様を掠める様に撫でたのだ。それは本当に軽く、ともすれば触れたのかも判らないほどだった。目尻から離れていく指先を目で追い、そのまま片割れを見遣る。ザルは反転した瞳を覗かせて、柔らかに微笑んでいた。 
     気付きを得たのは、その時だ。息をするように自然に、だが唐突に胸中に沸いた感情。ただ一つの言葉。
     
     ──好きだ。
     
     自分でも意味が分からなく、固まった。
     
     
      〜『I′ll be waiting for you 』〜
     
     
     自分の中で急に湧き出たソレに首を傾げ、考えない事にした。気のせいだろう、気の迷いだろうと思い込んだ。それなのに、以来、ザルとの距離に違和感を抱き始めた。
     これほどまでに、近かっただろうか。
     これほどまでに、片割れは触れてくる奴だっただろうか。
     見つめてくる瞳に時折灯る火は、何だ。
     一つ気になれば、幾つも見つかる違和感。〝違和感〟と名付けた感情。それは日増しに強くなり、心を占めていく。
     二面宮で、時折降りる人の世でソレを見つけてしまっては、自分を恥じる。何をしているのだ。何を考えているのだ。何てモノを、抱えてしまったのだろうか。自分の半身に。
     それからと云うもの、ザルに対して一方的に気不味さを持ち始めた。悪い事をしている、という現在進行形の形で抱くそれを払拭しようと、やはり自分を誤魔化す。 
     考えない。気のせいだろうと自分を偽っていたけれど、ザル本人がそれを許さない。
     触れ合うほどに近くて。
     頬や額を時折撫ぜる指先は優しくて。
     見つめてくる瞳は柔らかくて。
     
     ──無理だ。
     
     どうしたって考えてしまう。どうしたって、気のせいに出来ない。気不味い。なかった事になど、出来はしない。なんて事だ。頭を抱えるしかなかった。
     解らない、判らない。どうしたらいい。解を、誰か教えてほしい。
     
     宮の一室で、いつもの様に人の世を眺めていた。下界を映す鏡面は、鮮やかな命たちを映し出す。生まれて死んで、栄えて滅んでを繰り返すその様を見つめて、不意に気が付いた。
     今、聞けばいいのではないか。抱いた〝違和感〟の解を、得られるかもしれない。  
     
    「ザルよ」
     
     傍らに立つ半身へと、口を開く。いつもの様に、普段の様に。──本当に? 
     ナルは気付かなかった。いつもより、一歩、片割れから離れていた事に。いつもより、紡ぐ声が小さい事に。
     呼びかけに、鏡を向けられていた顔がナルへと向けられる。閉ざされたままの、同じ顔。だがいつもその顔が、自分とは違い美しいと感じのは何故だろうか。
     
    「このところ、近くないか?」
    「近い?」
     
     ザルは僅かに首を傾げ、一瞬だけ柳眉をひそめた。何を言っているんだ、と言う声がナルには聞こえた気がした。 
     
    「いつも通りだが」
    「……い、つもこんなに近かったか?」
    「どうしたと言うのだ」 
    「……いや、何でもない」 
     
     数拍分の沈黙の後に、ザルは「あぁ」と何事か得心を得たのか一人で頷き、ついで頬を和らげる。その顔に、何故か〝喜び〟があった。
     
    「いつも通りだ」 
     
     柔らかに微笑むその顔に、何故か苛立つ。いつも通りと言うザルの言葉からは、結局、解を得られなかった。 
     
     ──いつも通り。……いつも通り?
     
     解らない、判らない。いつも通りがわからない。
     淡々と、時間だけが過ぎていった。
     どう話していた。どんな態度で接していた。ザルが言う所の〝いつも〟がわからない。一方的に気不味さを抱えながら、わからないながらに演じてみるけれど、ザルはただ笑っているだけだった。
     思ったよりも近い距離感に体が勝手に強張る。
     交わす言葉に詰まってしまう。
     視線は合わず、つくろう表情はどこか固くなる。 
     距離感も話し方も何もかも不自然だろうに、ザルは何も言わない。ナルの心などお見通しだ、と言わんばかりの態度を見せてくる。ただ笑っている。何が嬉しいのかわからないが、ただ微笑むだけ。それが余計に、腹立たしく思うのだ。
     自分ばかりが心を乱している。自分ばかりが苦しんでいる。
     いつしか、共にいるのが嫌だと思うようになってしまった。あの顔を見れば、気配を感じればそちらに意識がいって余計にわからなくなる。思考が千々に乱れてしまう。
     離れよう、と思った。
     暫く離れて、傍にザルが居ない状況でならば、何かが解るかもしれない。独りになれば、きっと解を得られる。
     二面宮の一室に置かれた、横たわった状態の人を模した器に手を伸ばす。いつでも世に降りれる様にと、メンテナンスを怠らなかった万全の状態で置かれた器たち。朱色の髪を持つ魂の入っていない空の器の隣には、同じ顔の造形だが薄群青色の髪の器が寄り添っている。その様に、何故か胸の奥がチクリと痛んだ。
     一見すれば仲睦まじく眠っている様に見えるが、彼らに息はなく脈もない。当然だ、ただの人形なのだから。
     愛用の器の頬に手を当て、自身の額を押し当てる。
     
    「……お前は、苦しくはないか?」
     
     紡いだ言葉は自分でも驚くほどに弱々しい。
     空の器は応えない。ただ、安らかな表情を浮かべていた。最後にこの器を使った時、はたして何も思っていたのだろうか。同じく安らいだ表情で寄り添う青の存在に、心がさざめく。
     ナルはきつく眉根を寄せ、慣れない術式を発動させる。朱金の燐光を放ちながら、自分の中にある様々なものが抜け出て眼前の器に注ぎ込まれていく。
     これは〝逃げ〟なのかもしれない。けれど、今の自分には必要なのだ。後ろめたさがあるけれど、何も告げずに一人で炎天を飛び出し、人の世に降りる事を許してほしい。
     一人になれば、『解』を得られるはずなのだ。
     
      ◇ ◇ ◇
     
     慣れないながらに行った器への魂の紐付けは、なんとか成功はした。しかし、いまいち身体へと魂が馴染まない。と言うか、動けない。腕を伸ばし、足を動かせどもその感覚が遠く、いやに曖昧だ。不安を抱きながらも無理に街へと紛れてみれば、何度も足がもつれては躓き、度々倒れそうになってしまった。
     
    「ちょいとアンタ、大丈夫かい? さっきから危なっかしいったらないよ」
    「す、すまない」 
     
     何もない場所で転げ、ついに尻餅をついた所で声がかけられる。年若い青年の手が、ナルの背を軽く叩き、腕を掴んだ。 
     他人が見ても不調が良く分かったのか、駆け寄って来た心優しい人の手を借りた。もつれそうになる足を動かし、膝に力を入れてなんとか立ち上がる。その際に、肩を貸してくれる青年がスンスンと鼻を鳴らすのを不思議に思った。
     
    「……兄さん、なんだか良い匂いがするな」 
    「は?」
    「なんだったかな、これ。え〜っと……」 
     
     青年は首を首の後ろを掻きながら首を傾げ、小さく唸った。良い匂い、と言われて同じように首を傾げる。器にそんな機能などつけてはいない筈だ、何を言っているのだろうか。立っているだけで左右にふらふらと揺れる身体を意思の力で押さえつけ、言葉を待つけれど、「まぁ、いいや」と、流されてしまった。
     
    「兄さん、何処に行くんだい? 医院か?」
    「いや、街を見て回ろうかと……」
    「ってことは旅人か!? そんな状態で馬鹿言ってじゃないよ! その前に医院に行きな!!」 
    「医者にかかる程ではないのだが」 
    「体が資本の旅人が何言ってんだ!!」
     
     ナルではなく、何故か青年が怒っていてさらに首を傾げざるを得ない。永く人を観ているけれど、やはり人は理解出来ない事が多々ある。医者に診せようとする青年を何とかして宥める事に成功したが、取っている宿は何処だと聞かれ、「まだ取っていない」と答えれば再び怒られてしまった。何故怒られるのだ。
     とりあえず近場の宿の押し込まれ、部屋を取らされた。預かった鍵を持って、親切だが怒りっぽい青年に礼を言えば、
     
    「──ああ、思い出した。ラベンダーだ」
     
     と、突拍子もなく指を差されて言われた。 
     
    「ラベンダー?」 
    「そう。ラベンダーの香りが、アンタからしたんだよ。前に、嫁がめちゃくちゃ嗅がせてきたから、確かだ」 
    「……匂い袋の類は、持っていない筈だが」
    「そこまでは知らないよ。とりあえず、しっかり休んで体を整えな!」 
     
     片手を上げると、青年は颯爽と去ってしまった。その背中が雑踏の中へと消えていくのを見届け、借りた部屋へと足を動かす。何度か壁にぶつかりながら二階の部屋へと辿り着くと、一番に寝台に突っ伏した。
     柔らかな寝台に身を埋めながら、目を閉じて身体の内を探る。問題点をいくつか見つけ、修正を何度も施す。かちり、かちりと不揃いだったピースを嵌めていき、ついで室内をゆっくりと歩く。動けるようには多少なったが、ましにはなった程度。未だに修正箇所がある。
     徐々に身体を慣らし整えるけれど、それでも今回は妙に疲れやすい。いつもならばもっと自由に地を力強く駆け回り、様々な人と語らうというのに。慣れない事をした罰なのだろうか。簡単に見えたザルの術はその実、精緻であったのだと初めて知った。
     ふと思い立って、上着の内ポケットに手を入れる。指先が覚えのない物を触れ、遠慮なく引っ張り出して見れば、それは小さな匂い袋だった。鼻先に当てて匂いを嗅げば、『ラベンダー』と言われた少し独特な香りがした。そしてその香りは、いつの頃からかザルがよく纏うようになった香りだ。
     
    「いつの間に、こんな物を……」 
     
     匂い袋を握りしめ、ナルは深く項垂れた。
     身近にありすぎて、逆に判らなくなる。第三者に指摘されて、初めて知る。まさに、今がそうなのだろう。今が、気付きの時なのだと、思った。
     
     次の日の夕方になってようやく、外で活動が出来る位にまで身体は整った。けれど、日暮れとあっては人は家路に着くもの。夜になって賑わう酒場や露天に心惹かれたが、万全でない状態で暗がりに潜む〝闇〟に会うのは少し怖い。何かあってはいけないと大事を取る事にした。
     開かれた窓辺から見下ろす、夕暮れの街並み。敷かれた石畳に反射する鮮やかな斜光。家々の窓に灯る灯りと、指し示す街角の松明。風に乗って鼻腔をくすぐる炊事の匂いは、なんの料理だろうか。
     道ゆく親子や商人、警備の者。様々な種族の人間が忙しなく歩き回り、限られた命を謳う。
     一日の終わり。二面宮にあっては長くあるが、人の世であっては刹那の時間。
     間も無く夜の帳が空を覆い、星と月が太陽に替わって人に寄り添う頃合い。何度見てもその光景は美しく、心を揺さぶられた。
     
    「美しい。なあ、ザルよ」
     
     いつもの〝癖〟で名を呼びながら振り返るが、そこには誰もいない。茜差すがらんどうとした室内は、どこか物悲しく冷たい。思いを共有してくれる者を、自分の意思で置いてきた筈なのに、寂しさを感じてしまった。静まり返った部屋に、外の喧騒が嫌に耳につく。またチクリと胸に痛みが刺して、ナルは顔を顰めると、ゆっくりと窓を閉ざした。──胸に湧いたこの寂寥感はきっと、冷たい風に当たったせいだ。
     
     数えるならば三日目。
     部屋にこもっているから変な気分になるのだ、外に出よう。と、ようやく歩み出した。
     〝現在いま〟を生きる人々の中に混じり、眺め、品を手に取る。時には人と言葉を交わし、様々なモノを得た。
     飲んで、打って、食う。『買う』は何故かそういった気分にならず、しなかった。
     景色を眺め、人を眺め、世を眺めていれば、時間はあっと言う間に過ぎ去った。気がつけば日が暮れて、また登って一日が過ぎていく。それからは日を数えるのを止めた。
     何度か日没と朝日を繰り返し眺め、あちこちの街や村を転々とし、見聞していく。一人の時間は楽しく、新鮮で、何もかもが……。
     物足りなかった。
     全てを分かち合い、共有してくれる〝もう一人〟がいない。
     胸にわだかまり続ける〝寂しさ〟はいつまで経っても消えず、むしろ深さを増していく。
     何をしても満たされず、どうしようもなく渇き、飢えてしまう。
     もう認めるしかない。
     
    「私は、ザルを好いているのだな……」
     
     声に出し、音として形を与えてみれば、ただそれだけの事なのだ。けれど、その事実がやはり苦しい。  
     永く、共にあった。元は一つの存在であった者が、人の祈り・願いによって〝型〟にはめられて、いつしか二人になった。それがいつからなのかは判らない。自然と、何の疑問もなく持つ隙もなく、権能も力も何もかも全てが分たれていた。
     一人は現世と生を。
     一人は来世と死を。
     どちらも欠ける事は許されず、巡る生命の灯火を見守り、時には導いた。
     永く、共にあった。傍に在ることが当たり前の存在。失う事など考えられない、己の半身。──半身なのだ。
     この数日間、自分の中の感情を解き明かしていけばいくほどに、これは〝許されない事〟だと自覚した。その事に一人で勝手に悲しくなって寂しくなって、どうしたら良いのか判らなくなった。相手は自分の半身で、大事な片割れで。兄弟みたいなもので。そんな大切な存在に、肉親に向ける情ではない愛情おもいを抱いてしまった自分が、とても穢れたものに思えて仕方がない。 
     自分が自分を好いている、とでも言うのだろうか。とんだ自己陶酔だ。浅ましくも邪な考えに反吐が出る。こんな感情を抱えているとザルが知れば、気持ちが悪いと詰るだろう。自分がそうなのだから。 
     どうすれば良い。一人になっていくつかの解を得たけれど、一等大事な解を得られていない。時間だけが無闇矢鱈に過ぎていく。少しだけ二面宮を離れるつもりだったのに、気がつけばそれなりの期間になってしまった。
     
    (ザルは怒っているだろうか) 
     
     砂混じりの乾いた風が頬を打つ。いつの間にか陽は西に大きく傾き、じきに荒野をあけに染める時分。一人で眺める、何度目かの虚しい時。
     建物もなく、人の往来もない。砂と岩、過去の栄華の跡だけがそこにあった。そんな場所で一人、ナルは考える。人の世に紛れて考えても駄目だった。だから本当に一人だけになって考える事にしたのだが、場所を変えたところで結局は何も変わらない。だから、自分勝手に〝答えを待つ〟事にした。
     合図も何もない。けれど何故か、ナルには確信があった。息を深く吐き出し、目を閉じ頭の中で、十、数える。そうすれば、
     
    「──考えは纏まったか?」 
     
     焦がれながらも憎たらしい程に涼やかな声が、聞けるのだ。
     背後から久方ぶりに耳にするザルの声に、知らず知らずのうちに口元が綻んでしまい、慌てて渋面を作る。砂利を踏み締める音が近付くが、すぐに止まった。
     
    「ああ、今はコレが咲く時期か」 
    「む?」 
     
     気になる言葉に振り返れば、ザルの白い指先が野草のとても小さな花を撫でていた。何処にでもあるけれど、だからこそ名前を知らない野草だ。それに花が咲く事すら、知らなかった。
     
    「それが何かあるのか?」 
     
     問いかけに答えず、ザルはただ笑みを深めただけだった。野草を愛でていた指先が翻り、花が開くようにしてナルへと向けられる。
     
    「家出は終いだ。そろそろ帰ろう」 
     
     その言葉に、ナルは首を振った。まだ帰れない。まだ、答えを出せていないのだ。「ザルよ」と呼びかけながら、改めて自分の片割れを見つめた。ナルが拵えた器の姿だが、その姿はやはり美しい。薄群青の長い髪。青を含んだ月白の瞳。同じ肌色の筈なのに、己よりも白く見える肌。纏う空気ですら柔らかで、どこか神秘を醸し出す。何もかもが、自分とは違う。 
     
    「お前はどうして〝そう〟なのだ?」 
    「何がだ」
    「私だけが、わからない。ただただ、どうしたら良いのかわからずに、悩んで苦しんでいる。なのに、お前だけが、変わらずにいる」 
    「……」 
    「私だけが、変わってしまう」 
     
     ザルの手が降りる。けれど表情は変わらない。
     何を言っているんだろうか。自分でもわからない。ああ、でもそうか。
     
    (私は、変わる事が怖いのか)
     
     また一つ、解を得た。
     ナルは大きく吐息し、このまま言葉を続ける事にした。ザルは何も言わず、ただ待ってくれていた。
     
    「抱えてはならない想いを、抱えてしまった」 
    「それは、誰に?」 
    「……お前に」 
     
     告げれば、いつかのように〝喜び〟を全面に出して、ザルが再び顔を和らげた。そんな顔をしないでほしい、心が軋みそうになる。
     抱えた物を吐露することは、やはり辛い。漏れ出そうな呻きを喉で殺し、何故か痛む胸を押さえた。
     
    「はじめは、気のせいだろうと思った。けれど、お前がいつも通り、近くに寄るから。言葉をかけるから、気軽に触れるから、気のせいではなくなってしまった」
    「嫌だったのか?」 
    「……嫌では、なかった。そう思ってしまうのが、辛かった。だから一人になって、違う『解』を得ようとした。これは許されない事だ。摂理に反する事だ。……異常な、事なのだ。私たちは兄弟も同じで、むしろ同一存在だ。だから、親愛で終わらせる為の『解』が欲しかった」 
    「それは、得られたのか?」 
    「……得られなかった」 
     
     何度考えようと、心を偽ろうとしても、無理だった。一等欲しいものは、得ることが出来なかった。ただただ傍らの存在が余計に恋しくなって、苦しくなってしまうだけだった。一度芽生えてしまった想いを殺す事など、出来る筈がない。
     もう一度その名を唇に乗せ、瞳を見つめる。変わらず、その瞳は穏やかだ。
     
    「どれほど考え悩んでも、この心からお前をなくせない」 
     
     穏やかな筈の瞳が僅かに揺らぎ、ついで細められる。
     
    「私は、どうしたらいい。知っているのなら、教えてくれ」
     
     自分では何も解決策が出なかった。ザルだけが何一つとして変わらずにそこに在る。どんな結果になろうとも、今よりはましだ。いい加減、楽になりたい。そう思って内心をぶちまけたのに、何が可笑しいのかザルが小さく笑い出す。その低い笑いに、自分の悩みを嗤われた気がして顔を顰めた。
     
    「ザル」 
    「ふ、ふふ……。いや、すまん。ここまで同じとは、思わなんだのだ」 
    「同じ?」
    「ああ。やはり我らは、同じなのだ。時期は違えど、同じ事を思い煩い、苦しむ。だが、私は自分で答えを得たがな」 
    「……それは、私も自分で得よ、と言っているのか」 
    「いいや、違う。お前は私に問い、答えを求めた。ならば、それを与えよう」 
     
     ザルの両腕が広げられ、招かれる。
     
    「──心に従えばいい。偽る必要も、殺す必要もない」 
     
     なんて事はない、簡単だろう。と言う言外の声が聞こえた。けれど、示された答えに首を振る。
     
    「無理だっ」 
    「何故」 
    「これはっ、抱いてはいけないモノなのだぞ!? 許されぬ事だ!!」 
     
     声を荒げて言うけれど、ザルはまだ腕を下げない。ただ柔らかに、心底嬉しいのだと、笑みを浮かべたまま動かない。その手をナルが取ることを、信じて疑わない。何を思ってそうしているのかが、ナルには理解出来なかった。 
     
    「私が許す」 
     
     一言。静かな宣言。それがいやに頭に響いた。 
     
    「私自身がそれを許し、ナルの全てを受け入れよう。私以外の誰かの許しなど、必要なかろう」 
    「ザル、違う。そうでは、」
    「違わぬ。その戸惑いと苦しみも寂しさも、抱いた愛おしさも。全て、すべて──」 
     
     最後の言葉は風にかき消され、聞こえない。
     白い掌が揺らめきナルを招くけれど、まだそこにはいけない。その手を取れない。──でも、取りたいと思ってしまった。
     考えすぎて頭が痛い。ズキリと痛み出した額を押さえ、俯くけれど、「ナル」と呼ばれて顔を上げる。
     
    「私は答えた。なら、お前は?」 
    「……待ってくれ。いささか、頭が痛いのだ」 
    「もう待ちくたびれた」 
    「ザル……」 
    「こちらを見よ、ナル。私はここにいる」 
     
     穏やかだと思っていたザルの瞳に、火が見えた気がした。
     躊躇いがある。恐れがある。けれどそれ以上に、心が叫んでいる。その名を求めて叫んでいる。
     どうしようもない。どうする事も出来ない。一人で悩んでも何も得られなかったのだから。差し出された『許し』に、甘えてもいいのだろうか。 
     ほんの数歩ある距離をナルは自分から詰め、震える手でザルの手を掴んだ。強く握り返される両手は熱い。
     何か言わなければいけないけれど、言葉が纏まらない。口籠もってまごついていると両手を引かれ、きつく抱き竦められた。久しく嗅ぐその香りと触れ合った体温に、瞼の奥が熱くなった。 
     
    「あぁ……」 
     
     想いを乗せて息を吐く。ナルもまた、ザルの背に縋り付いた。難しい問題だったのに、こうして触れ合ってしまえば簡単なものになってしまった。胸に抱え込んでいた想いが溢れ、ほろりと一粒、雫となって頬を流れた。
     
      ◇ ◇ ◇
      
     二面宮の一室。広い室内にはちゃんと専用の椅子があるのに、広々としたソファの上でナルはザルの頭を膝に乗せていた。久しぶりに帰った己の住処で器から抜け出し、本来の姿に戻った途端に膝枕を強要されてしまった。
     
    「重いぞ」 
    「であろうよ」 
     
     文句を言ってみるがどこ吹く風。対処の仕方がわからない。
     
    「足が痺れてきた」 
    「私を長く放っておいた罰だ」
    「ぐっ……」 
    「この程度で許すのだから、優しかろう?」
     
     痛い所を付かれ、押し黙る。腿にさらに圧が掛かり、色々と諦めた。立てなくなったら、ザルを頼るしかない。 
     大仰に溜息を一つついて、楽し気に笑うザルの頭を撫でる。見下ろす事が珍しくて、さらには触れる事が出来て嬉しい。あれほどに悩んでいたと言うのに、我ながらどうしたものか。
     しばらく和やかにポツポツと会話をしていたのだが、ふと、思い立つ。
     
    「ザルはいつからだ?」 
    「うん?」 
    「その、……いつから、自覚したというか。なんと、言うか……」 
     
     はっきりと言えなくて、気恥ずかしさにモゴモゴと言葉を口内で転がせば、黄金の指先がナルの右頬に触れた。そこに描かれた模様をゆっくりとなぞりながら、「いつか話す」とザルは告げた。 
     
    「今ではないのか」
    「今はナルの心が整うのを待つ。これ以上何か与えて、暴走されては適わん」
     
     暗に家出の事を言われて、気不味くなって顔を逸らした。しかし模様をなぞり終えた指先が顎を擽ってきたので、否が応でも意識はそちらに向く。そろりと俯いて伺えば、今度は頬をつねられた。
     
    「いひゃい」 
    「ふふっ。ようやくだ。ようやく、ナルがここに来た」 
     
     頬をつねるザルの手を捕まえれば、指を絡め取られ手を繋がれる。触れ合う温度や柔らかさは器の時よりも低く硬い筈なのに、それが一番落ち着いた。これが、いつもの姿だからだろう。
     
    「いつから待っていたのだ?」
    「さてな……」 
    「……もう少しだけ、待てるか?」 
    「それぐらいならば、待てる。……長く、ナルが来るのを待っていたのだから」 
     
     ザルはそう言って、繋いだ指先に口付けた。
     
     
     
       終
     
     
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭😭😭😭💘💘💘💖💕👍💞💞💞💞💞💞💞💞💞💞💞☺☺☺☺💞💞💒💒💒💒💒💒💒💒💒☺💒💒💒🍑🍑🍑🍑🍆🍆🍆🍆🍌🍌
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works