カーステレオから軽快なラジオが聞こえる
深夜らしい攻めた内容も笑い話に転換され心地良い。
だか隣の運転手はどうでもいいといわんばかりにアクセルを踏み込める。
10年前、最後に見たのは後ろ姿だった。10年後、遠くに見た後ろ姿にかつての面影を見て私は部屋を飛び出した。
そこから、歯車が、軋みだした
いや、私の歯車などとうに軋み歪んでいる。最初の挫折と敗北、絶望。それすら巻き込んで進み続けると決めた時から。
だから『彼』との思い出だけは箱に仕舞い込むように底に沈めていた。
彼、天国獄についてふたつの噂を聞いたことがある
ひとつは『金次第でボーターラインの案件でさえ勝訴へ持っていく悪徳弁護士』
ひとつは『いじめの被害者の為に身を捧げるヒーロー』
一見反目するふたつの噂はどちらも本当だろうという気がした。
彼はそう、黒いモノも白いモノも同列に扱う。人間として極当たり前の負の方向の感情、清廉なまでの社会性からくる行動。
それが、天秤に置かれてるかのように釣り合いが取れて──
「──オイ」
気づけば見慣れない地下の駐車場と思しき所だった、逢瀬の場所は郊外で、は彼からの提案だが異論は無かった。
トナイ、特にシンジュクでは夜の世界を仕事場にする彼か、それが当然のように日付が変わるまで会社に拘束される彼のどちらかに見られるのは避けたい事象だ。
「ビビってんのかよ、やっぱやめるか?」
気遣いを見せる言葉に嘲りの色が乗っていた
「んで、どーすんだよ」
そう問い掛けながら伸ばした手が顎を掬う、此方を見つめる眼に嫌悪の色は無かった。
彼は、何時でもそうだった、必ずどこかで優しさを差し出してくれた。怯えて振り払ったのは私の方だ。
滅茶苦茶になってしまった世界もそこの無い悪意も結局彼の根をひっくり返すに足らなかった。
「まさか、今夜だけでも一緒にいられてとても嬉しいのに」
それでも君の痛みを取り除いて、苦しみを変わりに飲み干してあげたかった。彼が最も嫌う行為だとしても。
夜が明ければ互いの住処へ帰る、だから今だけは情に全てを傾けさせてほしい。
「…オマエ、マジでいい加減にしろよ…」
気がつけば目の前の男は顔を真っ赤にして怒りの表情を携えていた、私が知ってるかつての面影をそこに見て思わず泣き出しそうだった。