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    memura

    めむらです

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    memura

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    両片思いゾ月小説の続きです。

    知らないフリ2寝て起きると死神が居て、女神の教えを説かれる。いつもと変わらない毎日。
    月顔の男はそんな日常の繰り返しに満足していた。
    しかし、最近このルーティンに新たな項目が追加されたのだ。
    一通り教えを説き、死神が帰り支度を済ませたら、月顔は言われずとも目を閉じて待つ。
    そっと口元に柔らかいものが触れ、離れていく。

    「…今日はこれで失礼します」

    挨拶の後、ゾグゾは少し名残惜しそうに部屋を去る。
    月顔の男は何も言わずにまた目を閉じた。

    たまに唇以外も重ねる事があるが、基本は毎日これの繰り返しだ。
    ゾグゾから向けられている感情には気がついているし、こちらが気が付かないフリをしている事もバレているだろう。
    それでも無視を続けるのはその感情がお互いにとってあまりにも不毛だからである。
    正直報いたいと思うこともあるが、こちらが折れてしまえば、それこそ二人とも地獄へ真っ逆さまだ。

    今日も死神が部屋にやって来る。女神の教えを右から左へ受け流し、キスをする。いつもと同じ一日…の、はずだった。

    「…!?い、今!?」

    「…?なんです?」

    ゾグゾは狼狽えた。月顔が、一瞬元の人間の顔に戻ったように見えた。ほんの一瞬。

    「いえ…なんでもありません。それでは失礼します…。」

    「ええ、また明日」

    見間違いだったのだろうか…?その時はその程度にしか思わなかったが、それ以来、一瞬ではあるもののたまにキスの後人の顔に戻る事に気が付いた。
    月顔の男は気が付いていないようで、ゾグゾは口付けた後、そっと目を開け、人間の顔…ゾグゾが月夜の城へ保護した当時の姿を眺める。少し年老いてはいるが、ブロンドの髪は美しく、長いまつ毛が瞼の縁を飾っている。口元も月顔の時のように大きく裂けて歯が剥き出しになってはおらず、柔らかな感触が唇に伝わってくる。
    名残惜しいが、ずっと眺めていてはバレてしまうので、そっと唇から離れた。

    人間の姿に戻るという事は、悪魔からの解放を意味する。悪魔から解放されるという事は、魂が浄化されている証なのだ。
    即ち、天に召されるのも近いかもしれないという事。
    魂の救済が目的で保護活動を行っているゾグゾの身からすれば嬉しい事のはずだが、彼に召されて欲しくない、ずっとこの城へ幽閉して側に置いておきたいという気持ちがそれを邪魔している。
    もう少し…後少しだけで良い、このまま、気が付かないまま…。本来の目的とは正反対の行動である事は分かっている、しかし、彼を失いたくないのだ。

    またいつものように月顔へ口付ける。そっと目を開けて顔を見る。

    「(あっ)」

    目が合った。

    見つめ返された。

    急いで離れようとしたら、ガッと腕を掴まれ、離れられない。

    「いつから知ってた」

    唇を触れ合わせたまま、月顔…いや、今は人間の顔に戻った彼が、ゾグゾから目線を外さず問う。

    「…」

    「答えろ」

    ゾグゾは黙っているしかなかった。彼が居なくなるかもしれない恐怖がどっと押し寄せて来る。

    ドンッ!

    急に床に押し倒され鈍い痛みが走る。
    そのままゾグゾの上に覆いかぶさり、床に押さえつける。
    唇が離れてしばらくしても、月顔は人間の姿のままだ。いよいよかと本能で悟る。

    「…どうして黙っていた!!いつから…何故…こんな今更…」

    「…一ヶ月ほど前からです」

    ゾグゾは腹を決めて彼に全てを話した。
    唇を重ねるたび、人間の姿に戻っていた事、
    魂の浄化が始まっている事、日々人間に戻る時間が伸びていた事…。

    「あなたは天に召されるのです」

    「……それは、嬉しい事では無いのですか?」

    覆いかぶさる男がそっとゾグゾの仮面を外し、目元をもう黄色くはない指で拭った。
    泣いていたのか…。自覚してなお自然と涙が溢れて止まらない。
    とうとうこの時が来てしまった。彼もまもなくこの城を去る。私は、一人になる。

    「…あなたが天に召される事は、私の悲願です。嬉しくないわけがありません。しかし、あなたが私の側から離れていくのがどうしようもなく怖いのです…」

    「…」

    「私はあなたに何をしてしまったのでしょうか…?結果的に魂を救う事になりましたが、私は、あなたに…逝って欲しくないんです…。私はあなたを…愛してしまったから…」

    「…甲斐甲斐しく私を世話するあなたが嫌いでした。他人の為に尽くし、しかし、尽くした相手は何も返してはくれない。そんな状況でもなお尽くす…。昔の自分を見ているようで吐き気がしました。まぁ、私はそこでタガが外れてしまったわけですが…。つまり、この城に来た時は、良い機会だから利用してやろうと思っていたのです。地獄での責苦など、耐えられませんから」

    「…」

    「でも、あなたはそんな私を愛した。身体を重ねたのがきっかけであれなんであれ、あなたは私に愛情を持ってしまった。最初は無視しておけばそのうち飽きるだろうと思いましたよ。少なくとも生前の人間たちはそうでしたから。でも、ゾグゾさん、あなたは違った。そんなあなたを、私も愛してしまった」

    ああ、言ってしまった。とうとう認めてしまった。
    ゾグゾは目に涙を浮かべたまま驚いて動けずにいる。
    でも、もう遅い。身体が軽くなるのを感じる。満ち足りた気持ちになる。

    いかなければ…。

    「こんなのはあんまりだ…!愛し、愛される事があなたの魂を浄化するトリガーだったというんですか!?そんなの…残酷過ぎる…」

    「あなたはこんな私を天へ運んだんですよ…?自分のやるべき事を思い出してください。ただちょっと、上に行くだけです。」

    そしてゾグゾへ口付けた。初めて自分から。
    なんだか気恥ずかしいな…と感じた瞬間、身体が更に軽くなり光に包まれた。

    「っ!!」

    魂の救済が目的のゾグゾにとって、これは偉業である。しかし、先ほどまでそこにあったゾグゾ自身の救済は、永遠に失われてしまった。最後に愛を伝えて、彼は消えてしまった。

    今思えば、彼について何も知らない。名前ですらも。
    そしてそれは、彼なりの時間稼ぎだったのだと気がつく。お互いに深入りしない事が、この城に留まる手段でもあったのだ。それを月顔は分かっていたのだろう。

    冷たく陶器のような月顔の男だったが、最後の口付けは柔らかく、暖かかった。
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