缶詰K先生と料理人暁人くん遠くの海から潮の香り、それと混じる畳の匂い
蝉の声と青くうっそうと茂った木々のざわめく音
都会の喧騒から離れた少し古めかしい旅館
そこに男はいた
最上級の部屋ではなくどちらかといえば狭い部屋
当然風呂も、便所もない 用を足すには少し離れた大浴場の手前にある便所に行くよりほかない
扉を開けてすぐ電話、食事用の卓、文机それだけしかない、窓も小さい、脱出できないようにとのことだ
「ああ……ほんっと なんもねぇな」
万年筆を置き、頬杖をつく男、彼はここに軟禁されている
文筆業といえばいいのか、もともと雑誌の胡散臭い記事を書いていた男は、ほんの気まぐれで伝奇小説を書いたらすこしばかり売れた
そこからはその続きを望む声が多くなり、今では小説家という肩書になってしまったのに筆が遅く続きはなかなか出ない
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